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4、奪還のベリル

262、恐れながら、臣下にも都合があり/ わたくし、仮病は許しません。

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 ヘンリー・グレイ男爵に「予定より早くお会いできないかしら」と打診したフィロシュネーは、使者が告げた返答に耳を疑った。
 
『恐れながら、臣下にも都合があり。気鬱の病の悪化にて、当面お会いできる状態ではありません。予定は白紙にしていただきたい』
 ……と、言うのである。

「ええっ? 早く会うどころか、最初の予定自体がなしにされてしまう……?」
「仮病ですな」
「なんですって⁉︎」
 
 フィロシュネーはびっくりしたが、ダーウッドは「さもありなん」と残念そうに彼の気質を語る。

「あの男爵は、知識人でもありますし、善良な人間でもあるのですが、社会性には欠けるのでございます」
 
 社会性がもっとあれば国家への貢献度が高くなりそうな人材なのですが、と呟く声は残念そうだった。
 
「国をうれう気持ちはあるようで、会議には顔を出していましたが、根っこの気質が人嫌いで出不精でぶしょうですからな」

 ダーウッドはそう言って、青王の予定表に記載されていた『ヘンリー・グレイ男爵家を訪問する』という文字に訂正線を引いた。

「ええーーっ……」

 フィロシュネーは無くなった予定を呆然と見つめた。
 
「……彼は、相手の都合を押し付けられて自分のペースを狂わされるのを嫌うタイプです。予定変更を打診されて『人付き合いは面倒だ』という病が発症したのでしょう」

 そして、仮病という切り札を切られてしまった。
 と、ダーウッドは語る。
 
「では、どうすればいいの? ……家には、いらっしゃるのよね……」
「人付き合いなんてまっぴら、面倒……と言いながら本でも読んでいるでしょうな」
「うぬぬ……」

 フィロシュネーは少しの間、自分の予定と睨めっこした。
 そして、決めた。

「直接押しかけましょう。相手はお家にいらっしゃるのですもの。こちらから訪ねればよいだけですわ」

 ――わたくし、仮病は許しません。

 * * *

 穏やかな昼下がり。
 日の光が届かない男爵家の地下書庫で、ヘンリー・グレイ男爵は幸せな読書タイムを満喫していた。

 部屋は静かで、気持ちが安らぐ。
 ぱらりとめくる紙のページが愛しい。整然と並ぶ文字が、気持ちいい。
 
 国を心配して会議などに出てしまったが、あれは失敗であった。
 青王フィロシュネーは好ましい人物に思えたが、暗殺未遂は起きるし、モンテローザ公爵はどうみても無傷なのに負傷したなどと主張するし、しかも周り中がそれを否定せず「名誉の負傷」などと持ち上げる。

 あの騒動は、おそらくモンテローザ公爵が裏で糸を引いたのだ。
 
 政略だ。陰謀だ。
 決められた台本通りに役者がまんまと踊らされていたのだ。
 ああ、気持ち悪い!
 人間は醜い!
 公爵は腹黒だ!(外では言えない!)

 城から戻って書庫に引き篭もっていると、そんな「外の世界、嫌だ」「人間、怖い」という厭世えんせい気分が高まってくる。

 そこへ、あの青王が「予定を早めたい」などと手紙をよこしたので、咄嗟とっさに『やっぱり予定を白紙にできませんか』と返してしまったのだが……。

(あの陛下はお怒りになるだろうか。それとも、心配してくださるのだろうか)
 
 嘘は言ってない――気分は憂鬱なのだ。
 日ごろから体を動かさないし、少食だし、病弱なのだ。体調は、いつも悪い。今も、全身がだるい。
 他者と距離を置き、ひとりで本を読んでいたいのだ。

「……ふう」
 ため息をひとつ、ついて。
 ぱらり、と現実逃避するように本のページをめくったとき。
 
「男爵閣下、大変です」

 家臣が慌てて書庫に飛び込んでくる。とんでもない知らせを持って。

「青王陛下が屋敷の外にお越しです‼︎」

「……なにっ……⁉︎」
 
『ヘンリー・グレイ男爵へ。今、あなたの家の近くにいます。お手紙を拝見して、つい気になって、来てしまいましたの。
 あなたの現在の主君、青王フィロシュネーより』

 家臣が持ってきた青王直筆の手紙には可愛らしい文字が書かれていた。
 
「……暗殺未遂に遭ったばかりの王が、気になったからなどと軽率に臣下の家を訪ねてくるなど……‼︎」

 ありえない。
 でも、我が国の陛下は『来てしまった』。
 
 ヘンリー・グレイ男爵は慌てふためいて出迎えに向かおうと立ち上がり、分厚い本を何冊も靴の上に落として悶絶した。
 
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