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4、奪還のベリル
番外編、ハロウィン回1~ネネイの王がアルブレヒトでもハルシオンでも、私にとってはどうでもいいことです
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騎士道観覧会が終わった後。
大陸がこれから冬を迎えようという時期。
青王フィロシュネーは、婚約者からの手紙を見て驚いた。
「ダーウッド、サイラスがお手紙で教えてくださったの。『姫、紅国にはハロウィンがないのですよ。驚きましたか?』って」
ハロウィンは、青国と空国では伝統的な季節行事だ。
ダーウッドによると、起源はオルーサで、「現在を生きる人々に、過去の人々のことを忘れず、思いを馳せる時間を持たせたい」という感傷から始まった行事だったらしい。
オルーサの民は、初期はしんみりと夜を過ごし、過去を偲んだ。
しかし、世代交代していくうちに、だんだんと行事は娯楽に寄っていった。
「過去の人々が死霊としてハロウィンの夜に遊びにくるからお菓子をあげよう」「死霊がまざっても違和感がないように、生きている人々は死霊の仮装をしよう」と、お祭り行事のようになっていった。
「紅国って、最近は女王派と反女王派が対立を深めていて民も怖がっているのでしょう? わたくし、紅国に提案したの。紛争を中断してみんながお祭りをして過ごす日を設けては、と」
フィロシュネーは王族の瞳をきらきらさせた。
「紅国からは、よいお返事がきましたわ。だから、今年のハロウィンは青国、空国、紅国が一斉にお祭りをするのですっ。……もちろん、お兄様やアルブレヒト様の捜索はお休みしないでいただいて……」
* * *
「……と、フィロシュネー様はおっしゃったのです。細かい問題は挙げればキリがありませんが、主君の望みを叶えるのは臣下の務め。ですから、私は反対しなかったのでございます」
鳥の姿に変身した青国の預言者ダーウッドは、オルーサの遺した組織《輝きのネクロシス》の会合に参加していた。
場所は、反女王派のアルメイダ侯爵邸の衣装部屋。
部屋の真ん中に衝立を置き、男女で分かれて会話している。
メンバーは、六人。
青国の預言者ダーウッド。空国の預言者ネネイ。
空国で先日『呪術伯』の爵位を授かったフェリシエン。
紅国の反女王派アルメイダ侯爵夫人カサンドラ。
アルメイダ侯爵夫妻の配下であるシェイドとシューエンだ。
青王フィロシュネーの提案で、紅国は初めてのハロウィンをすることになった。
青国と空国のハロウィンよりも一日早いのは、外交官が情報伝達ミスでも起こしたのか。
「エリオット殿下は、政治の争いに胸を痛めておいででした。ハロウィンを全力で楽しんでいただきましょう」
自分が政治の争いを起こした元凶であることは棚に上げ、カサンドラは優しげなことを言う。
「ふふふ……、本日、エリオット殿下には、ねこの王子さま衣装をお召しいただきました。私の趣味です。皆さん、ねこの王子さまが喜ぶ仮装をしてくださいね」
「望む仮装の方向性があるなら具体的に言え」
「適当でいいのでは」
メンバーたちは協調性がなかった。
「あの……ダーウッド。きいてください。フェリシエンが、空国で大変なことを……しました……」
「ネネイの王がアルブレヒトでもハルシオンでも、私にとってはどうでもいいことです」
「あう」
空国の預言者ネネイはブラックタロン家がハルシオン王の天才を讃え、正統な空王だと支持した件を問題として取り上げたかった様子だが、ダーウッドは秒速で話題を終わらせた。
「愚かな小娘。どちらが王か、と悩むより、まず生きているかどうかの問題でしょうに」
「あ、あう」
ダーウッドは殺意すらこめて言い捨てた。
「くすくす、喧嘩をしないで」
カサンドラは第三者の立場で面白がっている。
そもそも、一年前の夏に多島海で船が混乱に陥ったのは、カサンドラやシェイドによるものだ。
その結果、自分たちの主君が失われたので、ダーウッドはカサンドラへの憎しみを胸に抱えていた。
(感情のままに振る舞っていいなら、今すぐ襲いかかって制裁したいほど、許しがたい)
ダーウッドは感情的になりそうな心を懸命に落ち着かせた。
――カサンドラとは長い付き合いだ。
利害も一致することが多い。
《輝きのネクロシス》の会合での情報交換は重要だ。
他国の『これから』がわかるし、カサンドラとの研究もある。行方不明の王についても、思いがけぬ情報がもらえるかもしれない。
……と、自分に言い聞かせていると、衝立の向こうでフェリシエンが陰気な低い声でなにか言っている。
「吾輩はハルシオン陛下を支持する。元々、弟も世話になっている」
「お好きに」
ネネイはおろおろしているが、「方針が定まったようで」とカサンドラは紅い唇に笑みを浮かべ、話題を終わらせた。
「ま、まっ……」
「私はお前のママではありません」
仮装を終えたメンバーが次々と部屋から出て行く。
泣きそうになりながら「あうあう」と慌てるネネイを置いて、ダーウッドは他のメンバーの後を追った。
大陸がこれから冬を迎えようという時期。
青王フィロシュネーは、婚約者からの手紙を見て驚いた。
「ダーウッド、サイラスがお手紙で教えてくださったの。『姫、紅国にはハロウィンがないのですよ。驚きましたか?』って」
ハロウィンは、青国と空国では伝統的な季節行事だ。
ダーウッドによると、起源はオルーサで、「現在を生きる人々に、過去の人々のことを忘れず、思いを馳せる時間を持たせたい」という感傷から始まった行事だったらしい。
オルーサの民は、初期はしんみりと夜を過ごし、過去を偲んだ。
しかし、世代交代していくうちに、だんだんと行事は娯楽に寄っていった。
「過去の人々が死霊としてハロウィンの夜に遊びにくるからお菓子をあげよう」「死霊がまざっても違和感がないように、生きている人々は死霊の仮装をしよう」と、お祭り行事のようになっていった。
「紅国って、最近は女王派と反女王派が対立を深めていて民も怖がっているのでしょう? わたくし、紅国に提案したの。紛争を中断してみんながお祭りをして過ごす日を設けては、と」
フィロシュネーは王族の瞳をきらきらさせた。
「紅国からは、よいお返事がきましたわ。だから、今年のハロウィンは青国、空国、紅国が一斉にお祭りをするのですっ。……もちろん、お兄様やアルブレヒト様の捜索はお休みしないでいただいて……」
* * *
「……と、フィロシュネー様はおっしゃったのです。細かい問題は挙げればキリがありませんが、主君の望みを叶えるのは臣下の務め。ですから、私は反対しなかったのでございます」
鳥の姿に変身した青国の預言者ダーウッドは、オルーサの遺した組織《輝きのネクロシス》の会合に参加していた。
場所は、反女王派のアルメイダ侯爵邸の衣装部屋。
部屋の真ん中に衝立を置き、男女で分かれて会話している。
メンバーは、六人。
青国の預言者ダーウッド。空国の預言者ネネイ。
空国で先日『呪術伯』の爵位を授かったフェリシエン。
紅国の反女王派アルメイダ侯爵夫人カサンドラ。
アルメイダ侯爵夫妻の配下であるシェイドとシューエンだ。
青王フィロシュネーの提案で、紅国は初めてのハロウィンをすることになった。
青国と空国のハロウィンよりも一日早いのは、外交官が情報伝達ミスでも起こしたのか。
「エリオット殿下は、政治の争いに胸を痛めておいででした。ハロウィンを全力で楽しんでいただきましょう」
自分が政治の争いを起こした元凶であることは棚に上げ、カサンドラは優しげなことを言う。
「ふふふ……、本日、エリオット殿下には、ねこの王子さま衣装をお召しいただきました。私の趣味です。皆さん、ねこの王子さまが喜ぶ仮装をしてくださいね」
「望む仮装の方向性があるなら具体的に言え」
「適当でいいのでは」
メンバーたちは協調性がなかった。
「あの……ダーウッド。きいてください。フェリシエンが、空国で大変なことを……しました……」
「ネネイの王がアルブレヒトでもハルシオンでも、私にとってはどうでもいいことです」
「あう」
空国の預言者ネネイはブラックタロン家がハルシオン王の天才を讃え、正統な空王だと支持した件を問題として取り上げたかった様子だが、ダーウッドは秒速で話題を終わらせた。
「愚かな小娘。どちらが王か、と悩むより、まず生きているかどうかの問題でしょうに」
「あ、あう」
ダーウッドは殺意すらこめて言い捨てた。
「くすくす、喧嘩をしないで」
カサンドラは第三者の立場で面白がっている。
そもそも、一年前の夏に多島海で船が混乱に陥ったのは、カサンドラやシェイドによるものだ。
その結果、自分たちの主君が失われたので、ダーウッドはカサンドラへの憎しみを胸に抱えていた。
(感情のままに振る舞っていいなら、今すぐ襲いかかって制裁したいほど、許しがたい)
ダーウッドは感情的になりそうな心を懸命に落ち着かせた。
――カサンドラとは長い付き合いだ。
利害も一致することが多い。
《輝きのネクロシス》の会合での情報交換は重要だ。
他国の『これから』がわかるし、カサンドラとの研究もある。行方不明の王についても、思いがけぬ情報がもらえるかもしれない。
……と、自分に言い聞かせていると、衝立の向こうでフェリシエンが陰気な低い声でなにか言っている。
「吾輩はハルシオン陛下を支持する。元々、弟も世話になっている」
「お好きに」
ネネイはおろおろしているが、「方針が定まったようで」とカサンドラは紅い唇に笑みを浮かべ、話題を終わらせた。
「ま、まっ……」
「私はお前のママではありません」
仮装を終えたメンバーが次々と部屋から出て行く。
泣きそうになりながら「あうあう」と慌てるネネイを置いて、ダーウッドは他のメンバーの後を追った。
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