260 / 384
4、奪還のベリル
257、私に、民の声を聞かせないでくれ/ ブラックタロン家は、ハルシオン様こそが真実の空王であると主張いたします
しおりを挟む
空国の王都サンドボックスで、民衆が広場に集まっていた。彼らが見つめる先には、ステージがある。
空王の肩書きと王冠を戴く二十一歳の青年、ハルシオンはこれからステージに登壇する予定だ。その耳には、預言者ネネイが呪術で運んでくれる民の声が聞こえている。
「我が国はこれからどうなるのだろう……しっかり者の弟君が空王になられて安心していたのに」
「ハルシオン様といえば、言いたくはないが……あまり大きな声では言えないが……お心に問題がおあり、と有名だったのだよな」
「新しい空王陛下は、ブラックタロン家に爵位を返すのだと言う。そんなことよりも優先すべきことがたくさんあるだろうに」
国旗がたくさん、風に揺れている。
「弟の預言者ネネイ。どうして、これから彼らの前に出る私に、こんな声を聞かせるのですか」
――預言者ネネイ。私に、民の声を聞かせないでくれ。
ハルシオンが言うと、預言者ネネイは気まずそうに呪術を止めた。
「も、申し訳……」
(ああ、萎縮させてしまった)
ハルシオンは罪悪感を胸に覚えた。
(気の弱い預言者ネネイは、最近すこしずつ自信を持てるようになってきた様子だったのに)
「ふふっ。……耳を塞いじゃだめですよねえ。アルなら、きっと真面目な顔で胃のあたりでも押さえながら、『民の声を聞かせてくれてありがとう、これからも遠慮なく真実を耳に届けてほしい』と言ったのでしょう」
ごめんね、と呟いて、ネネイに背を向ける。
だって、これから王様として振る舞うハルシオンは、自分が立派な王様だという自信を持たせてほしいのだ。勘違いをさせてほしいのだ。
自国の預言者が自分のせいでしょんぼりとしてしまったのを見ていたら、逆に「自分は立派じゃない」という気分ばかりが濃くなってしまうではないか……。
民の声が聞こえなくなってから、ハルシオンは腹心を手招きした。
揃いの騎士服姿をした、茶色の長い髪をひとつに結わえたミランダ・アンドルーテと、緑髪のルーンフォーク・ブラックタロンだ。
「いつか、幼い日。父王に抱き上げられて、第一王子だった私は、お前が王になるのだと教えられたものでした。でも、前世の記憶が蘇って……壊れちゃった」
腹心のルーンフォークは、「俺も最近、壊れちゃいました」と真面目な顔で言う。
ミランダは他の全てが存在しないみたいにハルシオンだけを見つめて、綺麗な緑色の瞳をきらきらさせた。
「本日の装いは、スタイルのよいハルシオン様にとてもよくお似合いです」
ミランダが褒めてくれるので、ハルシオンは嬉しくなった。
「王冠も、似合う?」
「大変、よくお似合いです」
「私は、あの民衆に『立派な王様だ』と思われたいんだ」
情けない声が出そうになって、ハルシオンは堪えた。
「我が君、ハルシオン様は、歴代のどの王より輝いています。ご立派です」
「ありがとう」
(自信がなかったんだ。大丈夫ですよって言って欲しかったんだ)
声に出さずに本音を抱いて、ハルシオンは足を前に踏み出した。
忠実な腹心が、後ろについてきてくれる。隣に預言者ネネイが並んで歩いてくれるので、ハルシオンはもう一度小声で言った。
「ネネイ。ごめんね」
空色のマントをひるがえして民衆の前に姿を現すと、歓声が湧いた。
視界に、白い花びらが大量に舞っている。
これは、呪術の花だ。
予定になかった演出だ。――ルーンフォークだ。
白い花びらは、空中でパァッと虹色の光を弾けさせた。そして、瞬きするほどの時間のあと、その見た目を無数のシャボン玉に変えた。
ワアッ、と歓声が大きくなる。
シャボン玉は、ハルシオンが一歩進むごとに光輝き、まんまるの形のはしっこから植物の芽のようなものをにょきっと生やして、しゅるしゅると虹色の蔦を伸ばし、空色や真珠色、黄金の花を咲かせて――ステージ上に、神秘的な植物園を形成した。
ハルシオンも内心でびっくりしてしまうほど器用で、濃密な魔力を感じさせる高等な呪術だ。
民が驚いて目を瞠り、「すごい」「なんだこれは」と興奮した声を交わしている。
「――……空王ハルシオン陛下は、呪術の天才であらせられる。大地に愛され、豊潤な魔力を恵まれた、特別な王者であらせられる」
民衆側に用意された小道からステージへと登る緑頭の男が、低い声を響かせた。
深緑色の髪と、血のような赤い目をした正装姿のフェリシエン・ブラックタロンだ。
「特別な王者には、凡人には想像もつかぬ苦行、試練が与えられるもの。陛下は少年時代よりおのれの特別な天才に苦しまれておられたが、強き意思と臣下の献身により、克服なされた。そして、満を持して王者の階を登られたのである」
よく通る声は、呪術を使って拡声している様子だ。
なにやら、褒めてくれている。
それはわかるのだが、その論調は大丈夫だろうか?
自分はアルブレヒトが見つかった後、王位を返す予定なのだが?
……喋るな、黙って登壇しろ、と言うわけにもいかない。
ハルシオンは困惑気味にフェリシエンの登壇を見守った。
「ブラックタロン家は、空王ハルシオン陛下に忠誠をお誓い申し上げる」
緑髪のフェリシエン・ブラックタロンが壇上で膝をつき、恭しく頭を下げる。
すると、そばに控えていたルーンフォークも兄を真似するように声を響かせた。
「ブラックタロン家は、ハルシオン様こそが真実の空王であると主張いたします。歴史上、例を見ない呪術の天才であり、心優しき王であります」
(あれ? えっ? 待って? ブラックタロン家さん?)
ワアアアアッ、と大歓声が湧く。
「いやいや、空国と青国の預言者が預言をしたではないか、アルブレヒト王は帰還するのだぞ」――という少数の声は、大歓声に呑まれ、消えていった。
空王の肩書きと王冠を戴く二十一歳の青年、ハルシオンはこれからステージに登壇する予定だ。その耳には、預言者ネネイが呪術で運んでくれる民の声が聞こえている。
「我が国はこれからどうなるのだろう……しっかり者の弟君が空王になられて安心していたのに」
「ハルシオン様といえば、言いたくはないが……あまり大きな声では言えないが……お心に問題がおあり、と有名だったのだよな」
「新しい空王陛下は、ブラックタロン家に爵位を返すのだと言う。そんなことよりも優先すべきことがたくさんあるだろうに」
国旗がたくさん、風に揺れている。
「弟の預言者ネネイ。どうして、これから彼らの前に出る私に、こんな声を聞かせるのですか」
――預言者ネネイ。私に、民の声を聞かせないでくれ。
ハルシオンが言うと、預言者ネネイは気まずそうに呪術を止めた。
「も、申し訳……」
(ああ、萎縮させてしまった)
ハルシオンは罪悪感を胸に覚えた。
(気の弱い預言者ネネイは、最近すこしずつ自信を持てるようになってきた様子だったのに)
「ふふっ。……耳を塞いじゃだめですよねえ。アルなら、きっと真面目な顔で胃のあたりでも押さえながら、『民の声を聞かせてくれてありがとう、これからも遠慮なく真実を耳に届けてほしい』と言ったのでしょう」
ごめんね、と呟いて、ネネイに背を向ける。
だって、これから王様として振る舞うハルシオンは、自分が立派な王様だという自信を持たせてほしいのだ。勘違いをさせてほしいのだ。
自国の預言者が自分のせいでしょんぼりとしてしまったのを見ていたら、逆に「自分は立派じゃない」という気分ばかりが濃くなってしまうではないか……。
民の声が聞こえなくなってから、ハルシオンは腹心を手招きした。
揃いの騎士服姿をした、茶色の長い髪をひとつに結わえたミランダ・アンドルーテと、緑髪のルーンフォーク・ブラックタロンだ。
「いつか、幼い日。父王に抱き上げられて、第一王子だった私は、お前が王になるのだと教えられたものでした。でも、前世の記憶が蘇って……壊れちゃった」
腹心のルーンフォークは、「俺も最近、壊れちゃいました」と真面目な顔で言う。
ミランダは他の全てが存在しないみたいにハルシオンだけを見つめて、綺麗な緑色の瞳をきらきらさせた。
「本日の装いは、スタイルのよいハルシオン様にとてもよくお似合いです」
ミランダが褒めてくれるので、ハルシオンは嬉しくなった。
「王冠も、似合う?」
「大変、よくお似合いです」
「私は、あの民衆に『立派な王様だ』と思われたいんだ」
情けない声が出そうになって、ハルシオンは堪えた。
「我が君、ハルシオン様は、歴代のどの王より輝いています。ご立派です」
「ありがとう」
(自信がなかったんだ。大丈夫ですよって言って欲しかったんだ)
声に出さずに本音を抱いて、ハルシオンは足を前に踏み出した。
忠実な腹心が、後ろについてきてくれる。隣に預言者ネネイが並んで歩いてくれるので、ハルシオンはもう一度小声で言った。
「ネネイ。ごめんね」
空色のマントをひるがえして民衆の前に姿を現すと、歓声が湧いた。
視界に、白い花びらが大量に舞っている。
これは、呪術の花だ。
予定になかった演出だ。――ルーンフォークだ。
白い花びらは、空中でパァッと虹色の光を弾けさせた。そして、瞬きするほどの時間のあと、その見た目を無数のシャボン玉に変えた。
ワアッ、と歓声が大きくなる。
シャボン玉は、ハルシオンが一歩進むごとに光輝き、まんまるの形のはしっこから植物の芽のようなものをにょきっと生やして、しゅるしゅると虹色の蔦を伸ばし、空色や真珠色、黄金の花を咲かせて――ステージ上に、神秘的な植物園を形成した。
ハルシオンも内心でびっくりしてしまうほど器用で、濃密な魔力を感じさせる高等な呪術だ。
民が驚いて目を瞠り、「すごい」「なんだこれは」と興奮した声を交わしている。
「――……空王ハルシオン陛下は、呪術の天才であらせられる。大地に愛され、豊潤な魔力を恵まれた、特別な王者であらせられる」
民衆側に用意された小道からステージへと登る緑頭の男が、低い声を響かせた。
深緑色の髪と、血のような赤い目をした正装姿のフェリシエン・ブラックタロンだ。
「特別な王者には、凡人には想像もつかぬ苦行、試練が与えられるもの。陛下は少年時代よりおのれの特別な天才に苦しまれておられたが、強き意思と臣下の献身により、克服なされた。そして、満を持して王者の階を登られたのである」
よく通る声は、呪術を使って拡声している様子だ。
なにやら、褒めてくれている。
それはわかるのだが、その論調は大丈夫だろうか?
自分はアルブレヒトが見つかった後、王位を返す予定なのだが?
……喋るな、黙って登壇しろ、と言うわけにもいかない。
ハルシオンは困惑気味にフェリシエンの登壇を見守った。
「ブラックタロン家は、空王ハルシオン陛下に忠誠をお誓い申し上げる」
緑髪のフェリシエン・ブラックタロンが壇上で膝をつき、恭しく頭を下げる。
すると、そばに控えていたルーンフォークも兄を真似するように声を響かせた。
「ブラックタロン家は、ハルシオン様こそが真実の空王であると主張いたします。歴史上、例を見ない呪術の天才であり、心優しき王であります」
(あれ? えっ? 待って? ブラックタロン家さん?)
ワアアアアッ、と大歓声が湧く。
「いやいや、空国と青国の預言者が預言をしたではないか、アルブレヒト王は帰還するのだぞ」――という少数の声は、大歓声に呑まれ、消えていった。
0
お気に入りに追加
280
あなたにおすすめの小説
お姉様と私の婚約者が駆け落ちしたので、お姉様の代わりに辺境伯に嫁ぎます。
山葵
恋愛
ある晴れた日の朝、何やら部屋の外が騒がしい。
「だ、旦那様ぁー!!大変で御座います。カトリーヌお嬢様が駆け落ちされました!」
お姉様付きの侍女のリンが青い顔してリビングで寛ぐお父様に報告に走っている。
「お姉様が駆け落ち?」
慌てて着替えを済ませ、私もリビングへと急いだ。
【完結】婚約破棄の危機に怯える王女様。痩せて見返すことを決意する
上下左右
恋愛
『太った貴様を愛することはできない! 婚約を破棄させてもらう!』
隣国の姫が太ったからと婚約破棄された知らせを聞き、第二王女のリーシャは焦りを覚える。彼女は絶世の美女として有名だったが、婚約してから美味しい食事を堪能し、太ってしまったのだ。
一方、リーシャの婚約者であるケイネスは、その見目麗しい容貌から、王国中の女性たちを虜にしていた。彼は彼女の事を溺愛してくれていたが、いつか捨てられるのではと不安に感じてしまう。
このままでは彼の隣に立つ資格はないと、リーシャはダイエットを決意する。だが彼女は知らなかった。太ってしまった原因は友人のアンが裏で暗躍していたからだと。
この物語はリーシャがケイネスと共にハッピーエンドを迎えるまでの物語である。
このパーティーは国民の血税で開催しています。それを婚約破棄という個人的な理由で台無しにした責任は取ってもらいますわ。
蓮
恋愛
アリティー王国の王太女であるフランチェスカの誕生祭にて、パーティーの場に相応しくない声が響く。
「ステラ・フィオレンツァ・ディ・モンフェラート! お前との婚約を破棄する!」
フランチェスカの友人であるモンフェラート侯爵令嬢ステラが婚約者のカノッサ公爵令息アントーニオから婚約破棄を告げられてしまう。アントーニオの隣にはソンニーノ男爵令嬢ベアータがいた。ステラはアントーニオからベアータを不当に虐げたなど冤罪をでっち上げられていた。フランチェスカは友人であるステラを助ける為に動き出した。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【完結】王女に婚約解消を申し出た男はどこへ行くのか〜そのお言葉は私の価値をご理解しておりませんの? 貴方に執着するなどありえません。
宇水涼麻
恋愛
コニャール王国には貴族子女専用の学園の昼休み。優雅にお茶を愉しむ女子生徒たちにとあるグループが険しい顔で近づいた。
「エトリア様。少々よろしいでしょうか?」
グループの中の男子生徒が声をかける。
エトリアの正体は?
声をかけた男子生徒の立ち位置は?
中世ヨーロッパ風の学園ものです。
皆様に応援いただき無事完結することができました。
ご感想をいただけますと嬉しいです。
今後ともよろしくお願いします。
妹に婚約者を寝取られた令嬢、猫カフェで癒しのもふもふを満喫中! ~猫カフェに王子と宮廷魔法使いがいて溺愛はじまりました!
朱音ゆうひ
恋愛
男爵令嬢シャルロットは、妹に婚約者を寝取られた。妹は「妊娠した」と主張しているが、シャルロットは魔眼持ちなので、妹のぽってりお腹が脂肪だと見抜いている。
別サイトにも投稿してます(https://ncode.syosetu.com/n0955ip/)
わたくし、今から義妹の婚約者を奪いにいきますの。
みこと。
恋愛
義妹レジーナの策略によって顔に大火傷を負い、王太子との婚約が成らなかったクリスティナの元に、一匹の黒ヘビが訪れる。
「オレと契約したら、アンタの姿を元に戻してやる。その代わり、アンタの魂はオレのものだ」
クリスティナはヘビの言葉に頷いた。
いま、王太子の婚約相手は義妹のレジーナ。しかしクリスティナには、どうしても王太子妃になりたい理由があった。
ヘビとの契約で肌が治ったクリスティナは、義妹の婚約相手を誘惑するため、完璧に装いを整えて夜会に乗り込む。
「わたくし、今から義妹の婚約者を奪いにいきますわ!!」
クリスティナの思惑は成功するのか。凡愚と噂の王太子は、一体誰に味方するのか。レジーナの罪は裁かれるのか。
そしてクリスティナの魂は、どうなるの?
全7話完結、ちょっぴりダークなファンタジーをお楽しみください。
※同タイトルを他サイトにも掲載しています。
優しい家族は私が護ります!
山葵
恋愛
「俺は、シャロン・グラベルドとの婚約を破棄し、ここに居るライナと婚約すると宣言する!」
バーロック王太子は、私ライナの腰を抱き寄せると、シャロン・グラベルドに婚約破棄を告げた。
シャロンは、震える声で「王太子殿下、婚約の破棄をお受け致します。」と了承した。
やった!やりましたわ♪
私は、バーロック殿下の横でニヤリと微笑んだ。
フリーターは少女とともに
マグローK
キャラ文芸
フリーターが少女を自らの祖父のもとまで届ける話
この作品は
カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/1177354054891574028)、
小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n4627fu/)、
pixiv(https://www.pixiv.net/novel/series/1194036)にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる