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4、奪還のベリル

255、お前は負けた。だから、ぼくを助けることはゆるさない。

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「どうやら、勝負はついたようですね」

 ハルシオンがカクテルグラスを傾けて、「そうそう」とフェリシエン・ブラックタロンに声をかけている。

「何代か前の空王が爵位を取り上げたのだよね。こんなに有能で特別な才能を輩出する血筋をないがしろにしてはいけない。と、私は思うのだけれど、ブラックタロン家の当主は国家や王室に対する忠誠心はあるだろうか」

 これは、返答しだいで爵位を返すという意味だ。
 周囲がびっくりして見守る中、フェリシエン・ブラックタロンはハルシオンに頭を下げた。

「ほどほどに」

 周囲が「それでいいのか」と心配してしまうほどの無感動な返答だった。
 けれど、ハルシオンは「そうか。では後日、爵位を返すからね」と微笑んだ。

 ブラックタロン家といえば、フェリシエンの弟でありハルシオンの腹心ルーンフォークだ。
 フィロシュネーはモンテローザ公爵が「やらないと君の弟くんを好き勝手改造する」と脅していたのを思い出した。

「モンテローザ公爵? 念を押しますけど、くれぐれも変な改造などはもうおやめなさいね?」
 
 フィロシュネーがモンテローザ公爵に釘を刺したとき、司会進行役が「西側の騎士小隊は、全員が要救助者を救助しました!」と晴れやかな声を響かせた。

「ただ、東側が……?」

 なにかあったらしい。
 フィロシュネーはステージ中央エリアへと視線を移した。

 * * *

 中央エリアは、一定時間が経過すると爆発する。

 魔法使いたちが盛り上げるために空中に残り時間を示している。
 もう、あとわずかだ。フィリップ・ローズモンシェ子爵は、世話係の侍従から離れてぼんやりと周囲の空気を感じていた。

 ――フィリップの竜騎士ジークは、どうやら負けたらしい。 

 西側の騎士小隊が自分たちの要救助者を残らず救助してから、数分後。
 ようやく東側の騎士小隊は第二関門を突破してきた。

「ちっ、負けてしまったか」
「救助は間に合いそうだが、腹が立つな。なんだ、あの問題は」
「勝負の内容が悪い! ドラゴンが活かせる内容じゃなかった。俺たちは悪くない!」

 竜騎士たちは、不満そうだった。そんな竜騎士たちに救助されて、要救助者たちも複雑な表情だ。

「フィリップ様。遅くなりました。さあ、帰りましょう。こんな催し、くだらない」

 竜騎士ジークはそう言って、フィリップを抱え上げようと手を伸ばした。
 ……不機嫌に。自分は劣っていない、という気配で。
 
 だから、フィリップは涙を落とした。
 
「負けました、って、もう言わないんだ」
 
 フィリップは手から逃れて、後退あとずさった。

「フィリップ様。お泣きにならないでください。俺は別に、失敗したとか、負けたとか思っていませんよ。こちらに不利だったんです。ドラゴンを使えば勝てました」

 竜騎士ジークが言い訳する声は、言い訳というより「心の底からそう思っている」という声だった。

 だから、フィリップは右手の指輪を突き出した。

「おまえは、ジークじゃない。近づいたら、ぼくは死ぬ」
「フィリップ様……!?」
 
 右手の指輪は、ポイズンリングだ。
 貴族が名誉のために死を選ぶとき、使うのだ。

 目を見開いて口をあんぐりと開ける竜騎士ジークの頭上で、残り時間がカウントされている。
 心臓が脈打つみたいに、刻一刻、時間は流れて、止まらないのだ。
 
「……ぼくがすきだった騎士ジーク・バルトは、死んだ。ほんもののジークは、負けたら『負けました』ってちゃんと言うのだもの」

 フィリップははらはらと涙を流して、目の前の騎士を拒絶した。

 人間は、変わるのだ。
 ――それが、悲しい。
 
 ああ、もう残り時間がない。爆発するという演出設定の通り、ぼくは死のう。
 お前は負けたから、要救助者は死ぬんだ。
 
 ――その結果が、ジークになにか変化を与えられたらいい。
 
 フィリップは、首を振った。

「お前は負けた。だから、ぼくを助けることはゆるさない」

 指輪を口元に寄せたタイミングで、視界がパッと光に染まった。
 カウントが達して、中央エリアが爆発した演出がされたのだ。
 
「……フィリップ様!」

 * * *

 会場中が、中央エリアで揉めている二人を見ていた。

 竜騎士が手を伸ばした瞬間にカッと爆発光が視界を染める。
 その光は強烈で、ドォン、という爆発の音まで添えられていて、観客はどきりとして冷や汗を流した。

 まさか本当に爆発したのでは? と思ってしまうほど、本物っぽい爆発だったのだ。

「きゃああああ!」
「大丈夫か!?」
「毒をあおろうとなさっていたぞ! 救護班……!」

 パニックに陥りかけた会場に、視界進行役が懸命に呼びかけている。

「みなさん、大丈夫です! 演出ですから、爆発は……ほら、もう落ち着きました。救護班が向かいましたが、……あ、無事だそうです。よかったです!」

 大騒ぎの会場の隅で、画家の親子は並んで絵筆を手にしていた。

 天才という呼び声の高い、空国の画家バルトゥスは「竜騎士と比べると地味な西側の騎士が勝利したのは、美談になるだろう」と言いつつ、画面作りを考えてスケッチブックに構想をたくさん描いていた。

 バルトゥスの幼い息子は爆発がおさまったステージ中央で小さな主君フィリップ・ローズモンシェ子爵を抱きしめて泣く竜騎士ジーク・バルトをじっと見ていた。

「ぼくは、あれを描く」

 幼い声がそう言ってスケッチブックに線を描くと、画家バルトゥスは父親の顔になって息子の横顔を見た。

「そうか。それはいい。父さんは仕事で勝者を描かなければならないが、お前は心の赴くまま、お前の心が熱くなるもの、好きなものを描きなさい」
 
 息子に語る父の声は優しく、息子の返事もまた、やわらかだった。

「パパは、おしごとして、えらいね」

 ――唯一無二の主君を抱き上げ、竜騎士ジーク・バルトが観覧席に頭を下げる。

 会場からは、勝者と敗者へのあたたかな拍手が贈られた。
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