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4、奪還のベリル

242、わたくしの忠実な臣下が暗黒微笑してくる

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 パーティの時間になり、フィロシュネーは会場に移動した。
 
 会場は、群青色のテーブルクロスがかけられたテーブルに、白い布ですっぽりと覆われた椅子が並んでいる。
 青王せいおう空王くうおうの席は同じテーブルで向かい合う位置に用意されており、それぞれの王の両隣は預言者の席となっていた。

 足元は靴音をやわらかく吸収する絨毯で、テーブル席から少し離れたところにダンスフロアがある。
 
 会場の大きな窓からは、夜空で二つの月が遠く光り輝く姿が見えていた。とても綺麗だった。

「フィロシュネー様は、今宵もお美しい……!」
「しかし、政治を任せるのはいかがなものか」
 
(聞こえていますわよ)

 貴族たちの声に笑顔をたたえつつ、フィロシュネーは会場の上座に用意された席に向かった。首元に青薔薇の飾りが麗しく咲く群青色のドレスの袖はゆったりとしたボリュームがあって、細い手首を引き立ててくれる。
 
 隣に座ったハルシオンが「とてもよくお似合いです!」と目を輝かせて褒めてくれる。
 フィロシュネーはその笑顔に励まされるような心地で会場を見渡した。

 主催国の王として、フィロシュネーは挨拶をするのだ。
 モンテローザ公爵が「女神様ですよ」と念押しするような視線を向けている。

(わたくしがあなたの弱みを握って忠誠を誓わせたのに、なぜかあなたの方が立場が上みたいになっていません?)
  
 ――これが経験豊富な不老症の大貴族の威厳というものかしら。
 
 フィロシュネーはそんな感想を抱きつつ、堂々と声を響かせた。
 
「ごきげんよう、皆様。フィロシュネーが感謝と親愛の心を謳いたいと思います」

 青国勢と他国勢両方に公平に視線を向けて優雅に一礼すると、拍手が湧いた。それが収まるまで待って、フィロシュネーは言葉を続けた。
 
「今宵は皆さまとお会いできましたことを、心より嬉しく思っております。政治を担う責任は重大である……、と、若輩者のわたくしは痛感しております」

 モンテローザ公爵が視線で「低姿勢はいけませんよ」と訴えかけてくる。
 視線は雄弁だ。フィロシュネーは苦笑しそうになった。

「この国を築いてきた偉大な先祖たちの足跡を踏まえ、皆さまのご支援とご助言にありがたく頼らせていただき……」

 一瞬、「アーサーお兄様をお助けして、王位をお返しします」と言おうかと迷ったフィロシュネーは、ひりひりしたモンテローザ公爵の黒い笑顔に口をつぐんだ。
 恋愛物語でたまに出てくる、暗黒微笑という種類の笑顔だ。怖い。
 
(わ、わたくしの忠実な臣下が暗黒微笑してくる……)
  
「……がんばります」
  
 なんだか幼い印象の挨拶になってしまった。
 フィロシュネーは恥じらいつつ、締めくくりにドリンクグラスを掲げた。下の方が薄い金色に輝くジュースは、マスカット味らしい。

「お祝いに来てくださった、友好国の方々との友情に。王家を支えてくださる皆様に。大陸の民に幸いあらんことを祈って――乾杯」

 会場の人々がグラスを掲げて声を揃える。

 あまりうまく言えなかったけれど、自分の言葉で会場が動いた。モンテローザ公爵も黒くない笑顔だ。及第点といえるのだろう。
 
 フィロシュネーは高揚感をおぼえながら着座した。

 次々と席に近付いて挨拶や祝辞を唱える招待客に笑顔でこたえながら料理を味わっていると、楽団が華やかな曲を張り切って演奏し始めた。

 ミストドラゴンも大喜び、青国自慢の楽団の奏でる曲は会場の隅々まで澄んだ音色、息の合ったハーモニーを響かせた。

「一曲、いかがですか?」
 男性が女性にダンスを申し込んで、次々とペアがダンスフロアへと向かっていく。
 
「シュネーさん、私と踊っていただけますか?」 
 
 ハルシオンは「約束ですよね」と悪戯っぽく微笑み、上品な仕草で礼をして手を差し出した。

 手を重ねると、周囲からは「国王同士、お似合いですね」という感嘆の声が聞こえてくる。

「なにがお似合いなものですか。終わったら次は俺ですよ」

 ダンスフロアに向かう途中で、不満そうな声が聞こえてくる。
 見れば、あの『紅国の預言者』らしき少年魔法使いがいた。

(えっ)
 フィロシュネーは目を丸くして、その少年魔法使いを見つめた。

 パーティ用の上質な装いをした少年魔法使いは、目元を覆う仮面をしている。
 十代の前半から半ばぐらいの年頃で、背は高い。
 褐色の肌に、黒い髪。髪は長めで、うなじのあたりでひとつに結わえていた。
  
 目元は仮面のせいで見えないが、仮面の奥の瞳は黒いように思える。
 その全身の印象は、サイラスに似ていた。
 
「あれっ、ノイエスタルさんのご親戚です?」

 と、ハルシオンが問いかけるほどだ。
 
「いいえ。さあ、さっさと一曲踊って、俺と交代してください」

 ハルシオンへと少年魔法使いが言い放つ声は、不遜だ。
 周囲は「なんという態度!」と驚いたり顔をしかめたり青ざめたりしたが、ハルシオンは鷹揚おうように笑った。

「いやです」

 短く断り、ハルシオンは青国のセリオス ・クスフル外務大臣に美しい微笑を向けた。

「貴国の魔法使いですか? 魔法使いが貴重といっても、社交場での礼儀が身についていない子どもを会場に入れるのはよくありませんねえ」

 声はゾッとするほど不機嫌を伝えていた。

「……ハルシオン様。わたくしの護衛が、失礼いたしました」

 フィロシュネーはあわててハルシオンに詫びた。
 
「んふふ。いえいえ。めでたく、楽しい場ですから。いいのですよう」

 ふわふわと微笑み、ハルシオンは一瞬で穏やかで優しい気配に戻った。

(ああ、ハルシオン様らしいわ。この、ちょっと油断できない不安定な感情の豹変ぶりが)

 フィロシュネーはそんなハルシオンにほっとしつつ、ダンスフロアでステップを踏んだ。

 
  
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