上 下
233 / 384
4、奪還のベリル

230、『新王を案ずる会』『よしよし、しめしめ、慰め隊』『無法騎士』

しおりを挟む
 即位式の後。
 自然な青い発色をした石壁の通路を進み、フィロシュネーは臣下たちが待つ会議室に赴いた。
 
 身に纏う衣装は、式典用の華やかな衣装から動きやすい衣装へと着替えている。頭には、存在感たっぷりの王冠があった。結構、重い。
 
(人間は、頭に王冠を載せても、パッと別人に変わったりはしない。肩書きが王様になっても、わたくしはわたくしね)
 
「フィロシュネー陛下……」
 
 会議室の前で、シフォン補佐官が耳打ちしてくる。
 シフォン補佐官は、王妹時代からフィロシュネーの所有領地を管理していた臣下だ。
 政略結婚をしたのに不倫されて離婚の憂き目にあったという、不幸の人でもある。
 
「陛下、対抗貴族の方々がご機嫌を損ねていらっしゃいます。演説を悪く解釈されてしまったようで」
「悪く言ったのよ」
「エドワード・ウィンスロー男爵などは支持者を集めて『新王を案ずる会』なるものを開いています。いわく、女性は感情的で、陛下には学がない。未成熟なお子様に政治ができるか、と」
「こちらも安心して悪く言えるわね。助かるわ」

 フィロシュネーは目を細めた。
 わかりやすく敵対してくれるエドワード・ウィンスロー男爵は、脅威でもなんでもない。

 会議室に入ると、緑髪のソラベル・モンテローザ公爵を筆頭としたモンテローザ派が迎えてくれる。

「モンテローザ公爵、聞いてくださる?」
「はっ」

 上座の席に座り、フィロシュネーはモンテローザ公爵に話を振った。

「エドワード・ウィンスロー男爵が『新王を案ずる会』をお楽しみ中らしいの。ご心配をおかけして申し訳ないですわ」

 頰に手を当てて首を傾げてみせると、モンテローザ公爵は優しい表情を浮かべた。この世の誰よりも善人ですよ、という顔だ。

「おお、我が君フィロシュネー陛下。彼らは心配性なのです。その脆弱ぜいじゃくな心を慰め合いたいのです。誰かによしよし、しめしめと撫でてもらわねば、夜眠ることもできぬのでしょう」
「繊細なのね」

 よしよし、しめしめとは、父王クラストスを思い出させる言い方だ。サイラスもよく言っている。
 フィロシュネーはしんみりとした。数秒間の沈黙をどう解釈したのか、モンテローザ公爵は柔らかな声で言った。

「か弱き人にとって、不安の種は常につきまとい、ひとりでは耐えられぬもの。つどって不安を吐き出して慰め合うのは、必要な時間なのです。どうか許してあげてください。彼と気が合いそうな者に、会合の存在を教えて差し上げましょう」
「ふむ」

 差し出された青薔薇柄のティーカップの中で、紅茶が揺れている。透明感のある茶の色を見つめながら、フィロシュネーは考えた。

「あなたは、同じご心配を抱える不穏分子を一か所にまとめてしまおうとおっしゃるのね」
「おっしゃる通りでございます」
 
 なるほど、あちらこちらに隠れている火種をウィンスロー男爵のもとに集結させてしまえば、より対応しやすくなる。
 フィロシュネーはこくりと紅茶を飲み、言葉を返した。

「モンテローザ公爵、ぜひそのように手配してちょうだい」
「かしこまりました、陛下」

 陛下、という称号が耳にこそばゆい。
 慣れない呼称に軽く眉を寄せつつ、フィロシュネーは思い付きを口にした。

「わたくしは、心配性の臣下たちを率先して慰めてあげます。よしよし、しめしめする係をつくり、彼らを大いに慰めましょう」
 
 モンテローザ公爵が口元を楽しげに緩めている。

「さすがフィロシュネー陛下。お優しくていらっしゃる。では、陛下の慈悲のもとに『よしよし、しめしめ、慰め隊』を結成いたしましょう」

 ふざけた名前だが、集まっている臣下たちは文句を言わなかった。
 モンテローザ公爵に面と向かって文句を言えるのは、国内でも限られているのだ。

「陛下ッ、他国の情勢についての報告がございますッ」

 話がひと段落したのを察してか、リッチモンド・ノーウィッチ外交官が進み出る。
 復職した彼は、人となりをよく知っているというのと、貸しがあるというのとを理由に、フィロシュネーに重用されていた。

「まずッ、紅国では政変が起きていますッ。そのため、それとッ、隣国からの招待客、空王ハルシオン陛下が直接お祝いを捧げたいと会談をご希望ですッ、あとは……」
 
 微妙に暑苦しい風情でノーウィッチ外交官が話すのを聞きながら、フィロシュネーはサイラスを想った。
 紅国がごたごたしているというので、サイラスは紅国で有事の解決に努めていて、フィロシュネーの即位式に参列できなかったのだ。
 
(お手紙をくださったから、あとでゆっくり読んでお返事を書きましょう)
  
 と、フィロシュネーが予定を練っていると、会議室にヘルマン・アインベルグ侯爵からの使いがやってきた。アインベルグ侯爵は、国防を担う騎士団の長だ。

「ご報告いたします」

 血相を変えている。緊急事態らしい。
 フィロシュネーは顎を引き、ティーカップをテーブルに置いた。
  
「城下にあやしげな魔法の仕掛けがあり、数人の民が巻き込まれて意識を失い、運ばれております。居合わせた魔法使い殿が……」 

 ――国外でも国内でも、問題ばかり。

 今は同席していない、預言者ダーウッドの声が脳裏に蘇る。
 
『姫殿下、王族は教養があることが望ましいですが、別になんでもできる天才である必要はございません。おひとりでなんでもこなそうとなさらず、有能な臣下に仕事を任せるのも大切な王者の資質でございます』 

 いつか紅国で言われたことだ。
 なるほど、「本人が優れている」という問題ではなく、「仕事をする人を選び、仕事を任せる」が重要になるわけだ。

「我が国の優秀な騎士たちは、当然指示を出すまでもなく、模範的な働きをしてくださっていると思うのだけど」

 前置きをしながら、フィロシュネーの頭には「最近は無法な騎士が増えている」という情報がチラつく。
 
「……民の安全を最優先に、速やかな問題解決を望みます。わたくしも現場に参りますから、模範的な騎士の活躍をぜひわたくしと民に見せてくださいね」

 魔法チェスではキングは腰が重い駒だったけれど、フィロシュネーは兄アーサーを思い出した。アーサーはよく、自分が率先して槍を持ち、街にも出て、騎士たちの尊崇の念を集めていたのだ。

「わたくしの筒杖をお持ちなさい」

 兄が槍を持つ代わりに、自分は筒杖を携え、騎士たちに主君と認めさせよう。
 フィロシュネーは白銀の髪をなびかせ、颯爽と現場へと向かった。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

忘れられた妻

毛蟹葵葉
恋愛
結婚初夜、チネロは夫になったセインに抱かれることはなかった。 セインは彼女に積もり積もった怒りをぶつけた。 「浅ましいお前の母のわがままで、私は愛する者を伴侶にできなかった。それを止めなかったお前は罪人だ。顔を見るだけで吐き気がする」 セインは婚約者だった時とは別人のような冷たい目で、チネロを睨みつけて吐き捨てた。 「3年間、白い結婚が認められたらお前を自由にしてやる。私の妻になったのだから飢えない程度には生活の面倒は見てやるが、それ以上は求めるな」 セインはそれだけ言い残してチネロの前からいなくなった。 そして、チネロは、誰もいない別邸へと連れて行かれた。 三人称の練習で書いています。違和感があるかもしれません

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

処理中です...