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4、奪還のベリル
229、青王フィロシュネーの即位
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わたくしの国は、民が不自由なく暮らす、光あふれる豊かな国になるといい。
わたくしの大切な人たちは、みんなみんな、幸せになれるといい。
青王と呼ばれたお父様もお兄様もいないけれど、わたくしが、神様みたいな存在でいよう。光となろう。
秋を迎えた青国の王都で、新青王となるフィロシュネーは青いマントをひるがえし、儀式の壇上で椅子に座った。
預言者ダーウッドは王冠を持ち、表情を隠してフィロシュネーのそばに立つ。
ここで、預言者は本来、宣言するのだ。
この人物こそが王である。自分はこの王を選び、お支え申し上げる、と。
――けれど、ダーウッドは無言であった。
彼女の王は、一年前の夏から行方不明のアーサーなのだ。
フィロシュネーは痛いほどに預言者の忠義心と正義の心を感じながら、命じた。
「演じなさい。装いなさい。欺きなさい。国のため、民のため、……お兄様のために」
呼吸が感じられる。
頷き、従う気配がする。
預言者ダーウッドは、慣れた様子で厳かで冷たく響く声を放った。
「冬のあとに春が訪れるがごとく、時代とは移ろうもの。民は知るがよいでしょう。本日たった今、この国の王は変わり……フィロシュネー王の時代が始まるのです」
ああ、微妙な言い回し。自分が能動的に選ぶというよりは、仕方なく自然に王は変わってしまいましたよと言いたいみたい。
詐欺師だ悪だと自称するくせに、可愛いところのある預言者だ。
笑いたくなるような、泣きたくなるような衝動を覚えつつ、フィロシュネーは女神のように超然とした自分を装った。
父クラストス――オルーサの教育により、外面を取り繕う能力は、高いのだ。
王冠がかぶせられて、歓声が湧く。
「青王フィロシュネー陛下、ばんざい!」
「聖女陛下の誕生だ!」
民の声に、フィロシュネーは耳をそばだてた。
(わたくしは、いかが? 新しい時代の始まりにふさわしき、希望の象徴のように見えまして?)
フィロシュネーは、他者にとって、よき存在でありたい。
以前は「特別な自分でありたい」と傲慢に思っていたものだが、最近はすっかりその意識は薄れている。
自分が特別であることには、なんの幸せも伴わない。
それより、好ましく思っている誰かとの仲が良好であったり、大切な誰かが健在で、幸せでいる方が嬉しい。
「みなさま……わたくしの大切なみなさま」
王冠を頭に輝かせ、フィロシュネーは立ち上がった。
預言者の手を引き、民へと視線を注いだ。
その眼差しが偉そうではなく、あたたかに感じられるといい。そう思った。
「わたくしは、兄が生きていると思っています。兄が帰還するまで、代わりにこの国をお預かりし、よき形にてお返しできればと考えておりますの」
打ち合わせになかった演説を唱えれば、臣下が目をひん剥いて驚いている。
「みなさまも、お気づきでしょう? この預言者は、わたくしを選ぶとは言いませんでしたの。わたくしは、選ばれていません。けれど、空の玉座をお預かりして留守を守るのは、他のどの王位継承者にもお任せできません。……わたくしこそが、ふさわしい」
正統な青王、アーサーをこの国に取り戻す。
そして、王位を返すのだ。
そうであるべきなのだ。そんな未来を導きたいのだ。
アーサーと仲睦まじかったのを知られている優しく特別な聖女フィロシュネーが切々と願いを口にすると、隣に佇む預言者ダーウッドがこらえきれないといった様子で透明な涙を零すのがわかった。
アリューシャ、テオドール、クラストス、アーサー。歴代の王を選び、支えてきた不老症の預言者は、神秘的な存在だった。
いつも冷静で、理知的で、その心のうちは謎に包まれていて、その他大勢の人間たちとは感性が異なり、別の存在であるように思われていた。
その預言者が、泣いている。
そんな現実の光景は、人々の心を揺さぶった。
「わたくしは、諦めない。わたくしは、不幸を認めない。わたくしは、わたくしたちの神を取り戻す。ここにこれだけの人が、集まっています。わたくしの心に共感する人もいれば、眉を寄せる人もいらっしゃるでしょう。けれど、わたくしは今、権力を手にしていて、望みを叶えるために自分ができることをしたい」
フィロシュネーは、十六歳になったばかりの少女だ。
その少女が懸命に、健気に心を伝えようとしている。民は、それを感じて真剣な顔で聞き入った。
「わたくしたちの手は、他者を虐げるためにあるのではなく、助け合い、道を切り開くためにある。わたくしはこの手をお兄様やこの泣き虫の預言者や、みなさまを助けるために働かせます。だから、どうかわたくしが努力する時間をお許しください。きっと、良い結果をつかみますから」
民は皆、フィロシュネーの言葉に共感し、涙した。
「フィロシュネー様、ばんざい!」
迷った様子で、新たな声があがる。
「……アーサー陛下、ばんざい……!」
誰かが言うと、他の誰かも同調する。
声はどんどん増えて、人々の熱情が膨らんでいく。やがてその場は、自分たちの国を大切に想う声でいっぱいになった。
「青国ばんざい!」
「不幸な現在があろうとも、これから挽回していけばいい……!」
こうして、代理青王を自称する聖女フィロシュネーは、即位したのだ。
わたくしの大切な人たちは、みんなみんな、幸せになれるといい。
青王と呼ばれたお父様もお兄様もいないけれど、わたくしが、神様みたいな存在でいよう。光となろう。
秋を迎えた青国の王都で、新青王となるフィロシュネーは青いマントをひるがえし、儀式の壇上で椅子に座った。
預言者ダーウッドは王冠を持ち、表情を隠してフィロシュネーのそばに立つ。
ここで、預言者は本来、宣言するのだ。
この人物こそが王である。自分はこの王を選び、お支え申し上げる、と。
――けれど、ダーウッドは無言であった。
彼女の王は、一年前の夏から行方不明のアーサーなのだ。
フィロシュネーは痛いほどに預言者の忠義心と正義の心を感じながら、命じた。
「演じなさい。装いなさい。欺きなさい。国のため、民のため、……お兄様のために」
呼吸が感じられる。
頷き、従う気配がする。
預言者ダーウッドは、慣れた様子で厳かで冷たく響く声を放った。
「冬のあとに春が訪れるがごとく、時代とは移ろうもの。民は知るがよいでしょう。本日たった今、この国の王は変わり……フィロシュネー王の時代が始まるのです」
ああ、微妙な言い回し。自分が能動的に選ぶというよりは、仕方なく自然に王は変わってしまいましたよと言いたいみたい。
詐欺師だ悪だと自称するくせに、可愛いところのある預言者だ。
笑いたくなるような、泣きたくなるような衝動を覚えつつ、フィロシュネーは女神のように超然とした自分を装った。
父クラストス――オルーサの教育により、外面を取り繕う能力は、高いのだ。
王冠がかぶせられて、歓声が湧く。
「青王フィロシュネー陛下、ばんざい!」
「聖女陛下の誕生だ!」
民の声に、フィロシュネーは耳をそばだてた。
(わたくしは、いかが? 新しい時代の始まりにふさわしき、希望の象徴のように見えまして?)
フィロシュネーは、他者にとって、よき存在でありたい。
以前は「特別な自分でありたい」と傲慢に思っていたものだが、最近はすっかりその意識は薄れている。
自分が特別であることには、なんの幸せも伴わない。
それより、好ましく思っている誰かとの仲が良好であったり、大切な誰かが健在で、幸せでいる方が嬉しい。
「みなさま……わたくしの大切なみなさま」
王冠を頭に輝かせ、フィロシュネーは立ち上がった。
預言者の手を引き、民へと視線を注いだ。
その眼差しが偉そうではなく、あたたかに感じられるといい。そう思った。
「わたくしは、兄が生きていると思っています。兄が帰還するまで、代わりにこの国をお預かりし、よき形にてお返しできればと考えておりますの」
打ち合わせになかった演説を唱えれば、臣下が目をひん剥いて驚いている。
「みなさまも、お気づきでしょう? この預言者は、わたくしを選ぶとは言いませんでしたの。わたくしは、選ばれていません。けれど、空の玉座をお預かりして留守を守るのは、他のどの王位継承者にもお任せできません。……わたくしこそが、ふさわしい」
正統な青王、アーサーをこの国に取り戻す。
そして、王位を返すのだ。
そうであるべきなのだ。そんな未来を導きたいのだ。
アーサーと仲睦まじかったのを知られている優しく特別な聖女フィロシュネーが切々と願いを口にすると、隣に佇む預言者ダーウッドがこらえきれないといった様子で透明な涙を零すのがわかった。
アリューシャ、テオドール、クラストス、アーサー。歴代の王を選び、支えてきた不老症の預言者は、神秘的な存在だった。
いつも冷静で、理知的で、その心のうちは謎に包まれていて、その他大勢の人間たちとは感性が異なり、別の存在であるように思われていた。
その預言者が、泣いている。
そんな現実の光景は、人々の心を揺さぶった。
「わたくしは、諦めない。わたくしは、不幸を認めない。わたくしは、わたくしたちの神を取り戻す。ここにこれだけの人が、集まっています。わたくしの心に共感する人もいれば、眉を寄せる人もいらっしゃるでしょう。けれど、わたくしは今、権力を手にしていて、望みを叶えるために自分ができることをしたい」
フィロシュネーは、十六歳になったばかりの少女だ。
その少女が懸命に、健気に心を伝えようとしている。民は、それを感じて真剣な顔で聞き入った。
「わたくしたちの手は、他者を虐げるためにあるのではなく、助け合い、道を切り開くためにある。わたくしはこの手をお兄様やこの泣き虫の預言者や、みなさまを助けるために働かせます。だから、どうかわたくしが努力する時間をお許しください。きっと、良い結果をつかみますから」
民は皆、フィロシュネーの言葉に共感し、涙した。
「フィロシュネー様、ばんざい!」
迷った様子で、新たな声があがる。
「……アーサー陛下、ばんざい……!」
誰かが言うと、他の誰かも同調する。
声はどんどん増えて、人々の熱情が膨らんでいく。やがてその場は、自分たちの国を大切に想う声でいっぱいになった。
「青国ばんざい!」
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こうして、代理青王を自称する聖女フィロシュネーは、即位したのだ。
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