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幕間のお話3

216、四人の船人と三人の客人

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 青国と空国の王族の特徴といえば、角度や光加減で複雑に色合いが変化する美しい瞳だ。
 オルーサの配下であり、青国の預言者をしていたダイロスは、特別な瞳を所有している者のことを残らず把握している。
 一夜の過ちで生まれ落ちた庶子であろうと、隔世遺伝だろうと、後発的に変異させられた亜人であろうと。

 ……だというのに、ここにはダイロスが知らぬ王族の瞳所有者が二人もいる!

 二人の青年は、親しい友人同士のようだった。
 筋肉質で体格の良い『エリュタニア』という青年が年上のようで、どことなく神経質そうな青年『ノルディーニュ』は弟のような参謀のような気配をしている。兄弟なのかもしれない。
 エリュタニアは青国の王族のみが名乗れる王室の家名で、ノルディーニュは空国の王族のみが名乗れる王室の家名だ。
 
 そうすると、この二人はやはり王族? こんな二人、知らないのだが?

 混乱するダイロスの肩をぽんっと叩き、ソルスティスは保護者のように微笑んだ。まるで父親のような、安心させてくれる存在感だ。
 ソルスティスの名を持つ者は善である。ダイロスはそう思った。
 自分が同じ名をつけた王も、好ましい人物に育ったのだ。そして、死んでしまった。
 
「ダイロスくんは恥ずかしがり屋のようだ。それに、くたびれている。配慮してくれ」

 ソルスティスに牽制するように言われて、「顔は見せないのか?」と好奇心旺盛に近寄ろうとしていたエリュタニアが頷いた。先に座っていたノルディーニュがしっかり者の弟のように「こちらに」と促して、エリュタニアが隣に座る。グレイという青年は椅子ひとつ分を空けて座り、エリュタニアに「隣に座ればいいのに」と言われていた。

 船人のトール爺さんは、そんな彼らを空気のように無視して問いかけを発した。

「貴殿の国の王は、なんという名前であろうか」

 その質問に、客人たちが興味津々の視線を寄せてくる。

「わしの国の王は……」
 ダイロスは一瞬、「ソルスティス」と言いたくなった。だが、かの王の時代はもう、幕を下ろしたのだ。
「アリューシャ王」

 ぽつりと名を唱えると、部屋の中にいた客人たちが「未来です」「過去だ」と言っている。なんだそれは、意味不明だ。
 ダイロスが理解しかねていると、トール爺さんが答えをくれた。

「扉をくぐって訪れた客人は、さまざまな時代から現在に迷い込んでくるのじゃて。ここにいるグレイはアリューシャ王の次の王、テオドール王の時代の貴族じゃ」

 本を読みながらサンドイッチをつまんでいたグレイが控えめに顎を引く。
 アリューシャ王の次の王とは? ダイロスはぽかんとした。

「俺が教えてやるぞっ。テオドール王の次は、クラストス王だ」

 エリュタニアが、なぜか誇るように声を張る。隣にいるノルディーニュは「その次はアーサー王というのですよ。私はアーサー王の時代から来たのです」とにこにこしていた。
 すると、エリュタニアはそんなノルディーニュに満面の笑みを浮かべ、「俺は空王アルブレヒトの時代から来たのだ!」と言う……。

 いやいや、なにを言っているのだ。
 いや、なにを言われているのかはわかるのだが、納得しろと言われても困るではないか?

「……どうなっているのじゃ?」

 年寄りめいた喋り方をする自分が、ダイロスには道化のように思えた。
 ここにいる人間たちの中で、いちばん無知なのが自分なのだ。この集団が、もたらされる情報が、寄せられる視線や接し方の空気感が、そんな感覚をひしひしと植え付けてくるのだ。
 
「アリューシャ王の時代の青国勢ならば、紅国のことはわからないかしら」

 黒髪のルエトリーが艶のある声を響かせると、アエロカエルスが「暗黒郷時代だからな」と相槌を打つ。
 ダイロスは、知っている。なぜなら、オルーサの配下だからだ。しかし、それだけにダイロスは情報を心に秘めた。
 
 情報とは、至高の宝である。
 それは蒐集するべきものであるが、出し惜しむべきものでもある。
 ダイロスの場合は特に『オルーサの配下として青国の預言者を演じていて、死んだと思われている』という特殊すぎる身の上なのだ。
  
 トール爺さんは、周り全てを無視して淡々と話の続きをした。
 
 こちらがその話を理解したり、信じたりしてもしなくても構わない。
 ただ、言うべきことを言うだけ。
 そんな事務的な説明ぶりを、ダイロスは好ましく感じた。理解する、信じる、という期待をされていないのだ。

 実際、聞かされる話は普通の青国の民が聞いても「そうなのか」と飲みこみにくい。
 
 ダイロスは無言で話を聞き、頭痛を覚えて頭をおさえた。
 ソルスティスは優しく「疲れただろう」といたわってくれて、個室へと案内してくれた。部屋は、調度品が最低限しかなくて、青国にいた頃の預言者の部屋と比べるとだいぶ狭い。だが、ダイロスが滞在するために急いで部屋を準備したというのだ、ありがたい話だ。
 
「今夜はゆっくり眠るといい。また明日」
「ありがとう存じます」
  
 感謝の意思を伝えて、ダイロスは部屋の隅に置かれたベッドに潜り込み、聞いた話を思い返した。
 
 * * *
 
 まず、地上にある遺跡の扉は、三つあるらしい。

 この船を訪れた客人は、自力では元いた世界や時代に戻ることができない。
 けれど、客人側と相手側とが互いに好意的に思っている知人が元いた世界で扉を開けてくれると、帰ることができる。
 その際は、船に滞在していた間の記憶を失う、という代償付きだ。

(となると、わしは帰れぬじゃろう。わしが生きていることは弟子たちしか知らぬ。弟子たちはわしに好意を抱いているかもしれぬが、わしは特に弟子たちを好んだりしておらぬ……)

 師匠としてあるまじき自分の心を自覚しながら、ダイロスは目を閉じた。
  
 現在この船にいる船人は、ソルスティス、アエロカエルス、トール、ルエトリーの四人だ。彼らは、自分たちのことを『正義派』と名乗った。船人にも派閥があったらしい。
 客人は、グレイ、エリュタニア、ノルディーニュの三人だ。
 
(この船の存在は、オルーサ様もご存じないのじゃろう。とんでもない現実じゃて)
  
 聞いた話によれば、船人たちは、滅びかけた別の世界から船で脱出して、星の海を渡ってきたらしい。
 
 船人たちはこの世界を見つけたのだが、この世界は彼らの出身世界よりも空気や大地の魔力成分が濃く、しかも彼らが降り立ったとき、自然にこの世界に生まれた人類はほとんど絶滅しかけていて、異常なほど魔力の高い生き残りの不老症の人間がひとりで人形を量産して人類を復興させようとしていたという。

 船人たちは、この時代に『旧人類時代』と名前をつけている。

 そして、その後の時代、船人たちはふしぎな石を手に入れて、その石にも名前をつけた。
 
 移ろいの石。あるいは、星の石。……と。
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