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3、変革のシトリン

212、預言者はわたくしを王にお選びなさい(三章エンディング)

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 月隠事変のあと、船はしばらく海に落ちた者の捜索・救助活動に明け暮れた。

 そして、限界まで捜索を続けた結果、調査隊は戻らず、二人の王も見つからぬまま、帰還することになった。

 * * *

 ――後日。
 青国、サン・エリュタニアの王城の一角で、国の行く末を左右する大会議がひらかれていた。

「隣国では、新空王にハルシオン殿下が決まったらしい」
「我が国も遅れをとるわけには参りません」

 主君を失い憔悴した預言者が杖を床に転がしてからの玉座の隣に力なくへたりこんでいる。その視線は、喧々囂々と自分を売り込む王位継承者たちを虚ろに見ていた。

(私の陛下が……)

 国家の一大事に集められた王位継承権を持つものたちが次々と前に出る。

「この私が今こそ強いリーダーシップを発揮し、祖国をよりよき光の道へと導きましょう!」
 陽気と言えば聞こえがいいが何も考えてない笑顔のエドワード・ウィンスロー男爵。髪は長く乱れ、派手な服装を好む。常に笑顔を絶やさず、快楽主義の四十三歳。

「ごほっ、……ウィンスローだけは、いけません。ほんとうに国が滅びます。しかし僕を選べとも言いたくない」
 咳をしながらふらついているヘンリー・グレイ男爵。病弱で、知識を愛し、書物に囲まれた生活をしている人嫌いの三十八歳。

「家族や領地のものは、私こそがふさわしいという。ならば期待に応えねばと思って参ったのだ」
 威風堂々とした風体のレオン・ウィンザム侯爵。誠実で調和を好む姿勢を持つと見せかけてプライドが高く、見栄っ張りな三十六歳。

「ふええ。ふえええ」
 乳母にあやされ泣きじゃくるフィリップ・ローズモンシェ子爵――六歳。

 全員、男性。紅国と違い、青国では王位は男性が継ぐものなのだ。
 揃いし継承者たちは王族の遠縁にあたるものの、王族の証である移り気な空の青チェンジリング・ブルーの瞳は持っていない。

「預言者どの。選ばねばなりませんぞ、誰かを」
 
 預言者が選べば、正当な王になる。
 どんなに資質に欠けていても、皆は安心して「預言者の選んだ王だから」と言うのだろう。

 これまでであればこんな場面で、預言者ダーウッドはそれこそ神の使いのように超然と振る舞ったものだ。
 ――けれど、今は。
 
(こんなことになるのなら、こたえればよかった。この想いをお伝えすればよかった)

 誰を王にするか迫られているこの瞬間も、その心は狂おしい喪失感に打ちひしがれていた。

 ――自分は、罪深い。
 
 預言者はそれを自覚していた。

「預言者どの――」

 エドワード・ウィンスロー男爵が距離を詰めようとして、ヘンリー・グレイ男爵の出した脚につまづいて前のめる。

「おっと、脚が長いもので。ごほっ、……失礼」
「はっは! 彼は私に構って欲しくて仕方ないのですよ、人望があって困りますな!」

 レオン・ウィンザム侯爵は父親のような顔で「二人とも、喧嘩はよしたまえ」とおおらかに宥めようとしながらさりげなーく自分が前に出ている。

「ふええ、ふええええ!」
 フィリップ・ローズモンシェ子爵が床に座り込み、「もうかえるーー」と言い出した。

 と、そのとき。
 
 
「お待ちなさい!」

 扉がひらき、麗しき姫君が入ってくる。

 女の身で、と不快げにつぶやく者がいた。
 また別のものは、救世主を見るような眼になった。

 殺伐とした場にひらりと一枚の花弁が舞い込んだように、その姫姿は華奢で可憐だ。
 足元に向けてふわりと広がるドレスは華やかで、肌は透けるように白い。
 美しい顔立ちは、勝気な表情で彩られている。
 姿勢はよく、居並ぶ中年、壮年の貴族たちの中でひときわ際立つ特別な気品がある。

「……フィロシュネー姫殿下!」
 
 入ってきたのは、今や大陸中に様々な呼称付きで知られる青国の直系王族、フィロシュネー姫だった。

 十六歳になるフィロシュネー姫は、先先代の王クラストスの愛娘にして、先代の王アーサーの妹姫。
 女性王族であることと、他国者との婚姻予定があることから、この泥沼の王位継承争いからは除外されていたのだが。

「姫は引っ込んでいてくださいますかな、政治は男のすなるもの。もうすぐ他国に嫁ぐ姫君は、嫁入り道具の手入れでもなさっては」

 レオン・ウィンザム侯爵が道理をわきまえた大人の声でいい、エドワード・ウィンスロー男爵が「婚前の火遊びをご所望でしたらお相手してもよろしいですが」と言い出して全員に睨まれる。

 ヘンリー・グレイ男爵は、泣いているフィリップ・ローズモンシェ子爵にハンカチを差し出して「いあない!」と拒絶されながら、フィロシュネーにつづいてモンテローザ公爵が入場したことに気づき、面白そうに目を光らせた。

 しゃらり、と白銀の髪が光のヴェールのように揺れて、フィロシュネーの至高の瞳、王族の煌めく瞳が会議場を見渡した。

 亡き王クラストスに大切に大切に溺愛されていた箱入りの姫君は、神鳥の加護を持つ。
 
 国家の危機に際して黒旗派と共に戦争を中止させる祭りを開き、紅国の仲介のもとで国際紛争を裏から操っていた黒幕の正体を暴き、討伐した。

 お忍びで市井を巡っては悪を裁いているとか、悪しき呪術師を何人も倒したとかいう噂もある。

 紅国では、フレイムドラゴンの群れを勇ましく釣り上げ、街から離したという武勇伝もある。

 人魚の心を射止め、友好を導いたとか、愛の女神の加護があるとか、その逸話は無限にある――民に夢と希望を持って語られる存在である。

「王になるのは、わたくしよ」

 形のよい姫の唇が、ついに全員が恐れ、あるいは期待していた言葉を言い放った。

「そもそも、我が国の建国の祖は女性王族でした。女性だからと王になれないとは、おかしな伝統」

 その言葉には迷いがなく、澄み切った王者の響きがあった。

「預言者はわたくしを王にお選びなさい!」

 王者の言葉に、預言者は雷に打たれたようにびくりと全身を震わせた。
 そして、細く痩せた手が杖を握り、カツンと床に杖を立てる。

 ――静寂が場に満ちる。

 全員が音を発するのを恐れるほどの静けさの中、預言者はフィロシュネー姫の前にはっきりと膝まづき、頭を下げた。

 誰も、何も言えない。
 神聖なこの空気を、壊してはいけない。

 そんな空気の中、青国の預言者ダーウッドはすがるように声を発した。

「フィロシュネー様」

 居並ぶ者の心臓の音が聞こえそうなほどの静寂が数秒訪れ、緊張が高まる。

「フィロシュネー様が、次の王です」

 フィロシュネー姫が頷き、手を差し伸べる。
 白くたおやかな手の甲に、預言者が忠誠を捧げるように頭を垂れる。

 その瞬間、静寂が破られた。

 ワッと歓声と拍手が湧き、誰からともなく国歌を歌い始め、文官は交わされた一文一句を漏らさず手元の記録紙に書き留めた。

「これは素晴らしいことだ! 聖女であるフィロシュネー姫様が王様におなりだと」
「いや、私もフィロシュネー姫殿下を置いてほかにふさわしき王者の器はないと思っていたのですよ」

 皆、調子の良いことを言っている。
 兎にも角にも、王は決まった。
 
 ――青王フィロシュネーの誕生である。

「一時的なものだわ。お兄様が見つかるまでわたくしが、玉座をお預かりするだけ」
 
 預言者の手を引き、自分の部屋へと導きながら、フィロシュネーは勤めて明るい口調で言った。

 預言者がぼんやりと顔を上げる。今何を言ったのか、と。

「わたくしとあなたとで、お兄様が留守中のこの国を守るのよ。そしてなにより、お兄様をお救いするの」
 
 フィロシュネーはそんな臣下を痛ましく眉を下げながら、優しく言った。
 
「わたくしは、お兄様が生きていると思うの。勘みたいなものだけど、わたくしの勘ってけっこう、当たるのよ。聖女ですものね! ……助けてあげるから、元気をお出しなさいな」

 もうすぐ十六歳になる新青王の少女フィロシュネーと、預言者を偽るダーウッド――アレクシア。
 
 二人分の移り気な空の青チェンジリング・ブルーの瞳が、しっかりと見つめ合う。

(わたくしの生まれ育った故国。わたくしのお友だち。わたくしの預言者。みんなも、このお姫さまとお兄様も、わたくしはぜんぶぜんぶ、幸せにしてみせる)

 物語を愛するフィロシュネーは思うのだ。
 大切な彼らにふさわしいのは、ハッピーエンドだ、と。

「わたくしを信じなさい。だってわたくし――たくさんの神々に加護をいただいている聖女ですからね!」
 
 ――こうして、『兄が見つかるまでの代理王』青王フィロシュネーが即位することになったのである。
 
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