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3、変革のシトリン
207、俺が手を放したのだからお前も手を放せ
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ハルシオンの合図で奏でられるのは、ゆったりした優雅なワルツだ。
二対のペアとなった四人は堂々と会場に進み、主役は自分たちだと言わんばかりにダンスを披露するに至った。
くるり、ふわり、とドレスをゆらして踊るフィロシュネーは関係者の反応をこっそりと窺った。
* * *
(この恐ろしい状況……私はこれからどうなるというのでしょうか? ソラベル?)
『アレクシア・モンテローザ公爵令嬢』はこの状況におおいに困惑していた。
走馬灯のように半生が脳裏によぎる。
ソラベル・モンテローザ公爵との出会いは、さらった側とさらわれた側という関係で始まった。
モンテローザ公爵の緑色の髪色は、ブラックタロン家の血統がまざっている証拠なのだと言われた。
『ほうら、お父様と似た髪色じゃないかい、親戚だよ、仲良くしようねえ』なんて言われたのだ。
「我がモンテローザ家は、積極的に他家の血に染まりたがってきたのだ。滑稽だろう?」
自嘲するように言ったソラベル・モンテローザ公爵――血の繋がりのない義理の父となったその男は、禁忌の研究に明け暮れていた。
不老症であることを利用しての、実に気の長い試み……自分の妻に宿した胎児を弄り、理想の子どもを作れないかという実験だ。
性別、髪の色、瞳の色、肌の色。呪術の才能、不老症が発症する体質、その発症する年齢まで思い通りに定め、『預言者になる子ども』を自家生産しようとした。
けれど研究は失敗し続けた。
アレクシアは、実験台になった夫人や子供が可哀想だと思ったものだ。ソラベルという男は、生命倫理の点において最低である。許されざる罪人である。
なのに、善人であるかのような顔で未来を語る。
『ブラックタロン家から子どもを攫わなくても自家製で預言者の素質のある子どもを生産できるようになるといいね。そうしたら、さらわれる子どもはいなくなる。平和になるよ』
美しい理想を語る眼差しで自分の妻の腹を愛でるソラベル・モンテローザ公爵は、アレクシアにとってまったく頭のおかしな『義父』だった。
(ソラベル? なぜこんなことに……?)
リッチモンド・ノーウィッチ伯爵公子とワルツを踊りながら、『アレクシア・モンテローザ公爵令嬢』は現実逃避したい思いでいっぱいだった。
事の次第はシンプルで、呼び出されてフィロシュネー姫の部屋に行ったら着せ替え人形よろしくドレスアップさせられて、あれよという間にパーティ会場に連れてこられたのだ。
事前の打ち合わせも何もない。ひどい。
空国のブラックタロン家に生まれ、青国のモンテローザ公爵家にさらわれたアレクシアが『モンテローザ公爵令嬢』というご令嬢ごっこをさせられるのは、二度めだ。
さてその『令嬢』、血筋は父親がソラベル・モンテローザ公爵、母親は王の従姉妹筋に当たるロザンナ姫。臣籍降嫁した姫は他界済み……と、ここまで全て偽りである。
この滑稽な披露宴はなんのためなのか。自分はこれからどうなるのか。何を目指しているのか? 混乱極まりない視界に、唯一無二の青王が動くのが見えた。
白銀の髪に至高の冠を戴き、移り気な空の青の瞳で気高くこちらを睨む、凛々しき青年王、やんちゃでちょっと困ったところのあるアーサーが。
* * *
目の前のダンスフロアで、アーサーの永遠の少女が他の男と踊っている。
策略だ。すべてモンテローザ公爵の手のうちだったのだ。
(これはどういうことだ。モンテローザ公爵……!)
沸騰しそうな思考を必死に落ち着かせながら、青王アーサーは自分がエスコートしているカタリーナ・パーシー=ノーウィッチ公爵令嬢を気遣った。
モンテローザ公爵が彼女を婚約者候補に推薦したのだ。別の婚約者を勧めておいて元婚約者を後から出してくるとは、何事か。嫌がらせだの遊戯だのでは済まされない。
(俺にも彼女にも、失礼な話ではないか。人の心をなんだと思っているのか)
哀れなカタリーナは、リッチモンドを切ない眼差しで見ている。
(んっ?)
――なんだ、その恋する乙女のような眼差しは?
戸惑うアーサーの耳には、青国貴族たちの噂を楽しむ声が聞こえてくる。
「帰国したら求婚すると言っていたら青王陛下の勘気に触れて職を失い、お流れに……」
(……それはノーウィッチが悪いのだろう。というか、お前たち恋仲だったのか?)
考えを裏付けるように、リッチモンドが切なそうな視線をカタリーナに送る。
(おい見るな。こっちを見るな。お前はパートナーのリードに集中しろよ)
アーサーは奥歯を噛み締めてリッチモンドを睨んだ。ぎょっとした顔でリッチモンドが顔を背ける。
ほう、とため息をつくカタリーナは、まるで悲劇のヒロインな……となると、アーサーの役は?
――ふざけている!
「――モンテローザ公爵を呼べ!」
アーサーはカタリーナから手を放した。もはや彼女に触れているだけで自分の滑稽さがどんどん高まっていく気がしてならなかった。
リッチモンドがチラチラとこちらを見ながらモンテローザ公爵令嬢の手を取り、ワルツのリードをしているのが、実に腹立たしい。
(俺が手を放したのだからお前も手を放せ!)
と、怒鳴りつけてやりたいがダメなのだろうか。
不快なワルツをやめよと言ったら、さぞ暴君のようであろう。
「俺が手を放したのだからお前も手を放せ」
暴君で結構――冷えた声が口から出た。リッチモンドは意外にも落ち着いた様子でダンスを辞めて、慎重に手を放している。怯えるどころか「待ってました!」って感じの目が無性にむかつく。
(だいたい、リード中に他の女を見るな! パートナーに専念せよ! お前がリードしているのは国一番の特別な令嬢、か弱く貴きモンテローザ公爵令嬢なのだぞ、俺の婚約者だ。もっと世界一の壊れ物の宝物を扱うようにせよ。光栄に思え……!)
――俺だって、アレクシアとダンスを踊ったことはないのだぞ!!
二対のペアとなった四人は堂々と会場に進み、主役は自分たちだと言わんばかりにダンスを披露するに至った。
くるり、ふわり、とドレスをゆらして踊るフィロシュネーは関係者の反応をこっそりと窺った。
* * *
(この恐ろしい状況……私はこれからどうなるというのでしょうか? ソラベル?)
『アレクシア・モンテローザ公爵令嬢』はこの状況におおいに困惑していた。
走馬灯のように半生が脳裏によぎる。
ソラベル・モンテローザ公爵との出会いは、さらった側とさらわれた側という関係で始まった。
モンテローザ公爵の緑色の髪色は、ブラックタロン家の血統がまざっている証拠なのだと言われた。
『ほうら、お父様と似た髪色じゃないかい、親戚だよ、仲良くしようねえ』なんて言われたのだ。
「我がモンテローザ家は、積極的に他家の血に染まりたがってきたのだ。滑稽だろう?」
自嘲するように言ったソラベル・モンテローザ公爵――血の繋がりのない義理の父となったその男は、禁忌の研究に明け暮れていた。
不老症であることを利用しての、実に気の長い試み……自分の妻に宿した胎児を弄り、理想の子どもを作れないかという実験だ。
性別、髪の色、瞳の色、肌の色。呪術の才能、不老症が発症する体質、その発症する年齢まで思い通りに定め、『預言者になる子ども』を自家生産しようとした。
けれど研究は失敗し続けた。
アレクシアは、実験台になった夫人や子供が可哀想だと思ったものだ。ソラベルという男は、生命倫理の点において最低である。許されざる罪人である。
なのに、善人であるかのような顔で未来を語る。
『ブラックタロン家から子どもを攫わなくても自家製で預言者の素質のある子どもを生産できるようになるといいね。そうしたら、さらわれる子どもはいなくなる。平和になるよ』
美しい理想を語る眼差しで自分の妻の腹を愛でるソラベル・モンテローザ公爵は、アレクシアにとってまったく頭のおかしな『義父』だった。
(ソラベル? なぜこんなことに……?)
リッチモンド・ノーウィッチ伯爵公子とワルツを踊りながら、『アレクシア・モンテローザ公爵令嬢』は現実逃避したい思いでいっぱいだった。
事の次第はシンプルで、呼び出されてフィロシュネー姫の部屋に行ったら着せ替え人形よろしくドレスアップさせられて、あれよという間にパーティ会場に連れてこられたのだ。
事前の打ち合わせも何もない。ひどい。
空国のブラックタロン家に生まれ、青国のモンテローザ公爵家にさらわれたアレクシアが『モンテローザ公爵令嬢』というご令嬢ごっこをさせられるのは、二度めだ。
さてその『令嬢』、血筋は父親がソラベル・モンテローザ公爵、母親は王の従姉妹筋に当たるロザンナ姫。臣籍降嫁した姫は他界済み……と、ここまで全て偽りである。
この滑稽な披露宴はなんのためなのか。自分はこれからどうなるのか。何を目指しているのか? 混乱極まりない視界に、唯一無二の青王が動くのが見えた。
白銀の髪に至高の冠を戴き、移り気な空の青の瞳で気高くこちらを睨む、凛々しき青年王、やんちゃでちょっと困ったところのあるアーサーが。
* * *
目の前のダンスフロアで、アーサーの永遠の少女が他の男と踊っている。
策略だ。すべてモンテローザ公爵の手のうちだったのだ。
(これはどういうことだ。モンテローザ公爵……!)
沸騰しそうな思考を必死に落ち着かせながら、青王アーサーは自分がエスコートしているカタリーナ・パーシー=ノーウィッチ公爵令嬢を気遣った。
モンテローザ公爵が彼女を婚約者候補に推薦したのだ。別の婚約者を勧めておいて元婚約者を後から出してくるとは、何事か。嫌がらせだの遊戯だのでは済まされない。
(俺にも彼女にも、失礼な話ではないか。人の心をなんだと思っているのか)
哀れなカタリーナは、リッチモンドを切ない眼差しで見ている。
(んっ?)
――なんだ、その恋する乙女のような眼差しは?
戸惑うアーサーの耳には、青国貴族たちの噂を楽しむ声が聞こえてくる。
「帰国したら求婚すると言っていたら青王陛下の勘気に触れて職を失い、お流れに……」
(……それはノーウィッチが悪いのだろう。というか、お前たち恋仲だったのか?)
考えを裏付けるように、リッチモンドが切なそうな視線をカタリーナに送る。
(おい見るな。こっちを見るな。お前はパートナーのリードに集中しろよ)
アーサーは奥歯を噛み締めてリッチモンドを睨んだ。ぎょっとした顔でリッチモンドが顔を背ける。
ほう、とため息をつくカタリーナは、まるで悲劇のヒロインな……となると、アーサーの役は?
――ふざけている!
「――モンテローザ公爵を呼べ!」
アーサーはカタリーナから手を放した。もはや彼女に触れているだけで自分の滑稽さがどんどん高まっていく気がしてならなかった。
リッチモンドがチラチラとこちらを見ながらモンテローザ公爵令嬢の手を取り、ワルツのリードをしているのが、実に腹立たしい。
(俺が手を放したのだからお前も手を放せ!)
と、怒鳴りつけてやりたいがダメなのだろうか。
不快なワルツをやめよと言ったら、さぞ暴君のようであろう。
「俺が手を放したのだからお前も手を放せ」
暴君で結構――冷えた声が口から出た。リッチモンドは意外にも落ち着いた様子でダンスを辞めて、慎重に手を放している。怯えるどころか「待ってました!」って感じの目が無性にむかつく。
(だいたい、リード中に他の女を見るな! パートナーに専念せよ! お前がリードしているのは国一番の特別な令嬢、か弱く貴きモンテローザ公爵令嬢なのだぞ、俺の婚約者だ。もっと世界一の壊れ物の宝物を扱うようにせよ。光栄に思え……!)
――俺だって、アレクシアとダンスを踊ったことはないのだぞ!!
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