上 下
200 / 384
3、変革のシトリン

197、わたくしがリボンを結んであげる

しおりを挟む
 『ラクーン・プリンセス』が再び海の上を移動し始めた朝。
 海は波が高くて、船はいつもより揺れが感じられた。
 
 本日は、船内で競売イベントがある。

 侍女のジーナは明るい青色の長いリボンでフィロシュネーの髪を二つに結わえてくれた。主催国である空国側が競売に参加する招待客に所属国家の色のリボンを渡し、身に着けてくるようにと求めたのだ。
 
 防犯の術がかけられている、という触れ込みのリボンは、事前に敷かれた呪術と連動して、会場内にいる間限定で魔法が使えないようにする効果があるらしい。
  
(お兄様は競売のパートナーにカタリーナ様を誘っていましたけれど、わたくしが異性だと教えたのとお見舞いに行かせたことで、心境に変化が生じていないかしら?)
 
 サイラスも『本人だと気付きそうなものですけどね』と言っていた。
 フィロシュネーが愛読する恋愛物語でも、姿を変えた想い人をヒーローが見抜いてくれる展開はよくある。
 
(お兄様なら見抜いてくださるのでは~?)
 愛があるなら気付いてほしい! ……そんな夢見る乙女心が、フィロシュネーにはある。

 見抜いた兄が「アレクシアが生きていたのだから、俺の伴侶は当然、彼女だ!」的なセリフを言いながら各国の婚約者候補に断りを入れ、愛する婚約者との麗しい未来を選ぶ姿を想像する。
 周囲がびっくりする中、フィロシュネーは二人を応援してあげるのだ。
 
(よろしいのでは? さあお兄様、わたくしが味方しますからね。ちゃんと気付いていてくださいねっ?)
  
 期待を胸に訪ねたアーサーは、競売に出品される商品のリストを手にしていた。
 その地位を主張する王冠を頭に輝かせ。ゆったりとした厚い生地の紺色のクロークを纏い。上品な黒いジレとシャツの上にリボンのクラヴァットをつけて、堂々たる美青年ぶりである。

「お兄様、格好良いですわ。競売で競う相手も、お兄様の高貴な出で立ちに札を上げることを控えて譲ってくださるのではないかしら」 
「シュネー、おはよう」
 アーサーは溌剌とした笑顔だ。いつも通りのように見えた。
「お兄様~、昨日はいかがでしたの?」
 
 お見舞いに行った結果、兄はどう思ったのか――そんな探りを入れる妹へと、アーサーは穏やかな瞳を返した。風が凪いで波の立たない湖水のような眼差しだった。
 
「兄さんは見舞いをして謝罪した。本日からは、我が国の預言者には適切な距離感と礼儀を守って接しようと思う」
「適切な距離感と礼儀?」
 
 思っていたのと違う。フィロシュネーは目を丸くした。

「陛下、メリーファクト準男爵閣下がお越しです」
「ああ。シュネー、可愛いお前が自分から兄さんの部屋を訪ねてくれたのはとても嬉しいし、帰したくないくらいなのだが、すまないが兄さんはメリーファクト準男爵と話がある。こちらから呼んだので、妹を優先するわけにいかぬ」
「わかりましたわ、お兄様。お忙しいお時間に失礼いたしました」
 
 兄アーサーは、預言者が亡くなった婚約者だと気付いている様子がない。

(ではダーウッドは? 体調はよくなったの?)
 フィロシュネーはそのままダーウッドの部屋を訪ねてみた。

 訪ねてみれば、ダーウッドはいつも通りの全身ローブ姿で、長い白銀の髪もきっちりと三つ編みにしている。ぺたりと額に手を当ててみれば、熱はないようだった。
 
「体調はよくなりました。ところで、私の私物がひとつ戻ってきたかと思えば、またひとつ無くなったのです」
「体調がよくなったのはよかったですわ。杖のことなら、わたくしが借りていました」
 
 フィロシュネーが杖を返すと、「いつ持っていかれたのでしょう?」と記憶を探っている。

「昨日、お部屋であなたとお話ししたときに」
「どちらのお部屋で?」
 
 ダーウッドは不思議そうだ。
 そういえばそれらしき夢を見たかもしれない、と呟く様子はまったくいつも通り。
 
「あなた、さては覚えていませんわね……そして、昨日は特別な変化はなかったのね……ご参考までに、その『それらしき夢』にはお兄様はいらっしゃいまして?」
「床に座って謝っておいででしたな」
 
 兄の姿を想像し、フィロシュネーは眉を下げた。
 
「……謝って、それから……?」
「謝って帰っていかれました、かな……意味不明、でしたな……」
「それはねえ……、たぶん……夢ねえ……」
  
 フィロシュネーは自分の『乙女の夢』が夢に過ぎなかったのだと理解した。

「今日は競売ですけど、あなたは会場に行きますの? 悪いことしちゃだめですわよ?」
 
 空国の預言者ネネイへのリアクションを思い出して言えば、ダーウッドは素直に頷いた。
 
「私はなにもいたしません」
「ほんとうね?」
 
 フィロシュネーは顔を覗き込むようにして、小指を差し出した。

「なんですかな」
「小指の約束よ」

 小指と小指をからめて、言い含めるようにする。
 
「あなたは密偵さんです。悪役さんではありません。よろしいですわね」
 
 冬の凍える空みたいな預言者の瞳が、フィロシュネーの言葉で雪解けを迎えたように緩む。自分のこころが響いて変わる柔らかさがフィロシュネーは愛しいと思った。
 
「わたくしがリボンを結んであげる。競売に行くなら、一緒に行きましょう」
 
 微笑めば、こくりと頷いてくれる。三つ編みの結び目にリボンを結びながら、フィロシュネーはにこにこした。

「ねえ、今度わたくしの服を貸して差し上げるわ。着せてみたいの」
 
 お人形遊びするような気分になって言えば、ダーウッドは恐ろしい言葉をきいたように後退った。
 
「結構です」
「次のパーティがいいかしら。ジーナに言って、用意してもらいましょう」 
 
 フィロシュネーは妙案にこころ躍らせながら、競売場にダーウッドを引っ張って行った。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私はあなたの前から消えますので、お似合いのお二人で幸せにどうぞ。

ゆのま𖠚˖°
恋愛
私には10歳の頃から婚約者がいる。お互いの両親が仲が良く、婚約させられた。 いつも一緒に遊んでいたからこそわかる。私はカルロには相応しくない相手だ。いつも勉強ばかりしている彼は色んなことを知っていて、知ろうとする努力が凄まじい。そんな彼とよく一緒に図書館で楽しそうに会話をしている女の人がいる。その人といる時の笑顔は私に向けられたことはない。 そんな時、カルロと仲良くしている女の人の婚約者とばったり会ってしまった…

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

処理中です...