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3、変革のシトリン
182、会場を変えればいいだけです/いいえ、会場を変えてはなりません
しおりを挟む紅国の預言者からの手紙を拾ったフィロシュネー。
フィロシュネーの兄、青王アーサーとその預言者ダーウッド。
空王アルブレヒトと、その預言者ネネイ。
――空国と青国の王族が集まる白テントに、ハルシオンの声が響く。
競売会場の件と、青王の婚約者候補の件と。
二つの議題が突然持ちかけられた現場で最初に声を返したのは、空王アルブレヒトだった。
「兄上! なにをおっしゃるのです、突然……そんな理由で婚約者候補の取り下げなど……」
「俺は構わぬが」
「アッ、アーサー陛下」
アーサーは婚約の話よりも手紙に興味がある様子で、「紅国にも預言者はいるのか? 知らなかったな」と覗き込み、「それにしても下手な字だな。まるでわざと下手に書いたみたいだ」と素直な感想を告げた。
「わざと……たしかに、そう見えるかも……」
フィロシュネーは手紙を見た。
字はとてもバランスが悪く、線がふにゃふにゃしていて、わざとじゃないとなかなかこうは書けないのでは、という見た目である。
「字といえば、わたくしもうひとつ気になることがあるのですが……あの石版については、なにかわかりまして?」
洞窟で見つけた石版を思い出して言えば、「いいや」と返事がされる。
「わたくし、あの字も気になっていますの。だってお兄様の字によく似ている気がしたから……」
アーサーは「俺じゃないぞ、当たり前のことだが」と言いながらテント内の預言者たちに問いかけるような視線を投げた。
「というか、この機会に聞いてみたいが、預言者とはどのような生き物なのだ?」
(あっ、お兄様。それは繊細な質問ですわ……)
フィロシュネーは正解を知っている。預言者は悪しき呪術師オルーサがつくった亜人で、王様も民も全て騙してきたのだ。
しかし、フィロシュネーの心配を他所に預言者たちは落ち着いていた。こういう問いかけに慣れているのだろう。
「鳥類でないことは確かですな」
青国の預言者ダーウッドは冷笑するように言い、たまに自分を鳥扱いするアーサーに「ですから、もう鳥扱いはおやめください」と釘を刺す。
ネネイは真面目に「王様を、お支えする者……です。古い時代に、決められております」と答えている。
そして、二人の意見は競売場の件についても述べられた。
「競売場の会場を、変えればいいだけ、です」
空国の預言者ネネイが言えば、それに間髪入れず、青国の預言者ダーウッドが首を振る。
「は? いいえ、競売場の会場を変えてはなりません」
真逆の意見を述べた二人の預言者に、全員が困惑の表情を浮かべた。
「……」
ダーウッドは凍えるような眼でネネイを一瞥し、言葉を加えた。
「まず、預言者とは青国と空国にしかいないのですからして、その紅国の預言者を名乗る者からの手紙はいたずらでしかありえません。そのようないたずらに踊らされて予定を変えては、国家の誇りや尊厳にかかわるのですぞ」
理知的な声には、説得力がある。
「このたびの主催国は空国ですので、本来は私が申し上げることではないのですが。おそれながら『空国の王族は預言者を名乗って要求すれば手紙ひとつで言いなりになる』と軽んじられてもよろしいのですかな!?」
苦手な海から陸に上がったからだろうか。
ダーウッドは船上にいたときよりも声に張りがあって、自信に溢れて余裕があるようだった。
フィロシュネーはその様子に安心感を抱きつつ、「本来は私が申し上げることではないのですが」という言葉に対して「たしかに」と思った。
以前、青国の迎賓館『アズールパレス』ではじめて青い鳥に変身してみせたダーウッドは、空王アルブレヒトに冷たかったのだ。
『まあ、あの変態の空王はうちの王じゃありませんし。あの王様は王道よりも兄優先、というのがハッキリしているので、私の好みではないのです』
と、言っていたのだ。
(主催国は空国。となると、いたずらに踊らされて落ちるのは空国の威信よね)
そこで「知りません、我が国には関係ありません。お好きになさいませ」ではなく、丁寧に理由まで解説して「会場を変える必要はない」と意見を言うのだ。
なんて親切なのだろう? ……と、言っているのだ。
微妙に親切を押し付けているが、間違ったことは言っていない。
(空王陛下も変わられたので、ダーウッドの好感度もすこし改善されたということなのかしら? それとも、アーサーお兄様と仲が良いから……?)
さて、ダーウッドの言葉をきいて、空王アルブレヒトは「なるほど、それはおっしゃるとおりですね」と納得顔をした。その上で、ネネイに視線を合わせた。
「しかし、我が国の預言者ネネイは競売場の会場を変えた方がよいと思っているのだな?」
声色は優しかった。
その優しさに勇気をもらったように、ネネイは言い放った。
「――これは、預言です!」
ダーウッドが「は?」と眉をあげている。
ネネイはそちらを見ないようにして、言った。
「よからぬ者……あの、あ、……悪しき呪術師の仲間は、黄金の林檎のゼリーを、ねらっているのです……! か、会場に、仕掛けをするとおもわれ」
その預言がもたらされた瞬間、ほんの一瞬だけではあったがダーウッドが殺意めいた感情を滲ませた視線をネネイに向けたので、フィロシュネーはぎくりとした。
(お待ち。その反応だと、あなたが狙っている犯人みたいじゃなくて? ダーウッド?)
フィロシュネーがはらはらするのを背景に、アーサーは場違いなほどのほほんとした様子で首をかしげた。
「ううむ。それが預言なのか? 具体的だな? そして、俺の預言者ダーウッドは別に預言をしたわけではないのだな?」
「っ?」
アーサーは「そうだよな?」と念を押すように言ってから、アルブレヒトに笑いかけた。
「我が友、アルブレヒト陛下。俺は俺の預言者ダーウッドが言うことがもっともだと思う。だが、貴殿の預言者ネネイが預言をしたというなら、そちらに従うのがいいとも思うぞ」
アーサーの声には、主催国を立てる外交の温度感と、友人アルブレヒトへの敬意があった。
「主催国は空国でもあることだし、多くは口を出すまい。というか、悪しき呪術師の仲間とやらが気になるのだが」
「ぬ、ぬぬ……」
フィロシュネーには、ダーウッドが『自身も預言だと言って対抗するか』を迷うのが感じられた。
それを察知したのかはわからないが、アーサーは選択肢を奪うように言った。
「預言者が二人して真逆の預言をしては、片方が外れてしまう。そうなると預言者の信ぴょう性も薄らぐというものだ。なあ、ダーウッド?」
「むっ……」
「では、決まりということで!」
ハルシオンが手を叩き、「ついでに婚約者候補の取り下げもネネイの預言なのですよ!」とちゃっかり主張している。
(ハルシオン様、それは明らかに嘘です……――)
フィロシュネーは「さすがにその嘘は通らないでしょう」と思ったが。
「……そのとおりですっ」
ネネイは少し迷ってからハルシオンの味方をして、婚約者候補の取り下げを後押ししたのだった。
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