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3、変革のシトリン

179、再会の人魚と鎮魂歌

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 サイラスは石に願った。
 その願いが叶うのだという確信を胸に。

【俺のお姫様は、恋人同士の再会を望まれる。ゆえに、俺はこの死霊を人魚に会わせたい】

 恋愛物語を愛するフィロシュネー姫の好みは、把握している。

「この哀れな死霊が、洞窟の外で待つ恋人と再会できるように」

「光が……」
 同行していた探検隊の兵たちが騒ぎ出す。

 石を光らせたサイラスの胸には彼らを取りに足らない下位存在として軽侮する感情が起きて、そんな自分にぞくりと肌が粟だった。

「あっ、し、死霊が出たぞ」 

 シトリンの光に導かれるようにして、死霊はもやもやとした灰色の姿で入り口まで漂っていく。

 探検隊は、そのあとを追いかけた。
 
 
 洞窟の外の海で、ちゃぷりちゃぷりと海水をすくっては落とし、すくっては落とししていた十人目の人魚。彼女の目が、死霊と出会う。
 死霊はふわふわと漂っていき、その曖昧な煙のような体で愛しい人魚を包み込むようにした。

 人魚は、人間の言葉を話さない。
 死霊もまた、話せないようだった。
 
 けれど、変わり果てた存在に抱きしめられた人魚は、相手が恋人だとわかったようだった。

 人魚は喜びにあふれた綺麗な笑顔を咲かせ、自分の尾ひれをくるりと巻く形にして両腕を伸ばし、実体のない恋人をほわほわと抱きしめた。

 きらきらと日差しを浴びて輝く波間で、やわらかな抱擁ほうように溶けるようにして、恋人の死霊は少しずつその魂の存在感を薄くしていった。

 そして、消えたのだった。


 * * *


「生き返ったとかじゃないのね」
「死んだ人間は、生き返らないのです」
 
 サイラスは事の顛末てんまつを語り終え、フィロシュネーのご機嫌を取るように白い貝殻やシーグラスをテーブルの上に並べた。

「お土産です」
「……ありがとう……?」

 移り気な空の青チェンジリング・ブルーの瞳が、綺麗な土産に注がれる。

 綺麗な輝きをみせる少女の瞳には、綺麗なものが映るといい――サイラスは保護者感覚でそんな感慨を抱いた。
 
「十人目の人魚は男の死を受け入れました。浮いて自分から離れていった真相に気付かずにいるより、よかったのでは」
「そういうものかしら」

 フィロシュネーはシーグラスをつまみ、光にかざして色を鑑賞している。

 そのあどけない仕草が可愛らしくて、サイラスは自然と頬を緩めた。癒されつつ、目の前の姫君と自分との生きた年数の違いを思い出す――しかし、自分は不労症になったのだ。

 この年数の差はこれから縮まるのだ。
 そう思うと、未来が輝いて見えた。
  
 石に願いを唱えたときに感じた不穏な超越感は、今はどこかへと消えていた。こうしていると、自分がただの男である、というような、地に足がついている心地だ。変わらぬ日常を感じる。
 
(俺はこんな時間に日常を感じるのだな)

 冷静な脳が思ったとき、遠くからオカリナの旋律が聞こえてきた。

 優しく、穏やかで、どことなく寂しい。そんな音色だ。
 あれは空国の王兄ハルシオンが吹いているのだ――姿を見ずともわかるのが、不思議だった。ハルシオンがオカリナを吹く姿を何度か見たので、印象付けられているのかもしれない。
 
 視線を一瞬だけ音色につられたように彷徨わせてから、フィロシュネーは肩をすくめた。

「わたくしが全知全能の神様だったら、生き返って海の中で生きられるようにしてあげるのに」

 フィロシュネーが本気の声色で言うのが、可愛らしい。

 しかし、今の一瞬の動きから察するに、その言葉の裏には「ハルシオン様のように」という心情がある。
 この姫は、ハルシオンを全知全能の存在として頼りに思っているのだ。
 
「姫が望まれるなら、俺が代わりに……」

 言いかけて、サイラスは自分がいつの間にかあの移ろいの石を取り出していることに気付いてぎくりとした。

「なあに」
「あ……いえ」

 今、自分は言いかけたのだ。
【俺が代わりに願いましょう。俺だって、なんでも姫の望みを叶えられますよ】――と。
 
「ハルシオン様は、鎮魂曲ちんこんきょくを奏でているのね」

 フィロシュネーはすこし音に耳を澄ますようにして、やがて鎮魂歌を歌い始めた。

 その澄んだ歌声はオカリナに寄り添うようで、サイラスは「自分にも楽器の心得があれば」とこっそりと嫉妬したのだった。
 
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