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3、変革のシトリン

177、おまけ:ここに悪が集っているのでございます

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「退屈な明日に、愉しみを」

【この組織は、死を望む贖罪人しょくざいにんが創ったのでございます】

 ――知識がこころの中で言葉の形を取る。
 
 船上で過ごすシューエンが聴く波の音は絶えることがない。
 耳が静寂を忘れたようで、音があるのが当たり前になっていた。もしかしたら音がしていないときでも、変わりなく音があるように錯覚している可能性すらある。

【姫殿下、お聞きください。ここに悪がつどっているのでございます】

 ここにいない人物へのメッセージが、シューエンのこころの中で綴られる。
 
 豪華客船『ラクーン・プリンセス』の船の下層に、競売場がある。現在、シューエンはそこにいた。

 紅国こうこくのカサンドラ・アルメイダ侯爵夫人付き護衛役という肩書を有するシューエンは、頭まですっぽり覆い隠す全身鎧を着こみ、置物の鎧人形のように営業時間外の競売場の隅で縮こまっている。
 手には、紅国で生活するようになって入信したばかりの神様の聖印がある。
 シューエンが思うに、これは魔導具だ。

 シューエンは、この魔導具を使えるようになっていた。
 紅国の民からは「奇跡を神から授かるのが早い。入信したての他国出身者なのに」と驚かれている。
 
「夫と船上パーティ楽しい。今夜も押し倒しちゃおうかしら」

 カサンドラは競売場のステージにあがり、鼻歌まじりに呪術の仕掛けを施していく。
 シューエンの認識によると、このカサンドラは夫シモン・アルメイダ侯爵が大好きだ。玩具のようにからかったりしつつ、惚気のろけている日常だ。
 

【カサンドラ・アルメイダ侯爵夫人は、黄金の林檎とやらに関する研究をしています。競売品の中に『黄金の林檎』という名前の商品があるので、欲しがっているようです】

 シューエンは沈黙を守ったまま思考する。


 この場にいるのは、カサンドラ・アルメイダ侯爵夫人の悪友たちだ。
 アルメイダ侯爵に忠誠を誓う、呪われし獣人シェイド。
 空国の没落名家の当主であるフェリシエン・ブラックタロン。……という三名が、集まっている。
 
「人魚の生命力を吸って殺めたのだろう。海も汚して……挑発するのはやりすぎではないかね。船が沈んでは困る」

 うっそりと言いながら競売参加者用の席に座って手元のスケッチブックになにかを描いているのは、フェリシエンだ。
 その緑色の髪は兄弟だけあってシューエンの友人であるルーンフォークに似ている。

「あら、フェリシエンはまるで善人みたいなことをおっしゃいますね。船くらい、どんどん沈めてまいりましょう。私は夫をお姫様抱っこして逃げてみたいのです」 

 カサンドラがくすくすと鈴を転がすような声で笑う。

【カサンドラ・アルメイダ侯爵夫人は、生命力を吸い取る術を使うようです。人魚を襲ったり海を汚して、人魚に船を襲わせようとした様子】
 
「俺の死霊の呪いをアルメイダ侯爵が気遣ってくれるんだ。あの人、結構いい人だよな……人魚は手懐けられちゃったのが残念だったなぁ……。それに、警備が厳重なんだな。空国の呪術技術は高いね」 

 獣人のシェイドがカサンドラの後ろをついてまわっている。まるで忠犬だ。

 シューエンは知っている。
【シェイドはアルメイダ侯爵に忠誠を誓っており、青国勢を憎んでいます。船旅の間、隙あれば青国勢を襲おうとしていたようですが、阻まれていますね】 
 
「私の弟が警備用の呪術を張り巡らせたようだ。花火も打ち上げていた。見ただろう、あの華やかな光の芸術を」
「お前の弟が打ち上げた花火なんてどうでもいい……」

 シェイドは面倒そうに言って視線をシューエンに移した。

 友人に対するような自然な距離感で禿げかけの尾を揺らして近づいて来るシェイドに対して、シューエンは奇妙な苦手意識があった。
 
「その恰好、なんか重苦しいな」
 ほら、人懐こく笑いかけてくる。

「知人がたくさんいますから」
 置物のように固まったまま答える。
 
「ここは身内しかいないのに?」 

 シェイドは、無感情で無感動な返答にも嫌そうな顔をしない。
 健康ではないのだと視覚的に悟らせるような禿げた尻尾を健気に振って、コミュニケーションをつづけようとするのだ。身内だと呼ぶのだ。

「いつなにが起きてもよいように」
 シューエンは聖印を握る手に力を籠めた。そして、こころの中で言葉を紡いだ。

【姫殿下、ここに悪が集っているのでございます。積極的に止めることのない僕も、その悪の中に含まれるのは、申し上げるまでもございません】

【けれど僕の中には、正義を思う気持ちもあるのです……】

 ゆえに、聖印にその知識を閉じ込める。


 紅国の民が知識神トールの信仰で得られる奇跡、魔法だと信じている『知識の共振』。 

 それは、他者と知識を共有することができるのだ。
 
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