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3、変革のシトリン
160、青王の婚約者選定1~正義を執行するべきでは?
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兄アーサーは縁談に関する資料を見せてくれた。
姿絵や家柄や性格、素行などがまとめられた資料は、モンテローザ公爵から提出されたものだ。
青国貴族からはモンテローザ公爵と別派閥のカタリーナ・パーシー=ノーウィッチ公爵令嬢が選ばれていた。国内派閥の力関係のバランスを取ろうという政治的意図があるらしい。
長い銀髪と透き通るような青い瞳をしたカタリーナは、芯の強さと高い教養で評価されている。フィロシュネーと同じ年ごろの外見をしているが、アーサーよりも年上だ。
パーシー=ノーウィッチというのが家名で、ノーウィッチ外交官はこの家の分家の生まれである。簡単に言うと親戚だ。
(ノーウィッチ外交官はお元気かしら)
太陽神の法廷を終えた後、アーサーは「俺の決定は覆らない」と言って彼をクビにしたのだ。
(ご親戚ですものね、恨まれていたりして)
恨む理由があるのに、モンテローザ公爵と預言者ダーウッドは「問題なし」と判断して選んでいるわけだ。フィロシュネーはそこに興味を覚えた。
紅国からは、十七歳のアリス・ファイアハート侯爵令嬢が婚約者候補者となっている。
こちらは紅国女王の遠縁にあたる令嬢で、女王に似た美貌だ。令嬢は太陽神ソルスティス信徒で、聖印に聖句を唱えることで『太陽の炎』という灼熱の炎を生み出す魔法を行使できるのだとか。それもあってか、燃えるような魅力がある、夏がよく似合う女性だった。
空国からはミランダ・アンドラーデ伯爵令嬢……。
「んっ……、ミランダ……?」
二度見したが、そこには誤解しようもなくミランダが候補者として記載されていた。
(伯爵令嬢ですから、考えてみれば縁談もありますわよね)
年齢も近いし、思えばお似合いかもしれない?
(そうなるとわたくし、ミランダを『お義姉様』と呼ぶのね。まあ、まあ。素敵なのではなくて?)
フィロシュネーはふわふわと夢を描いた。
もちろん本人たちの気持ちも気になるが、王侯貴族の婚姻は身分が高いほど政略目的でするケースが多い。フィロシュネーは当然その認識を持っているし、兄アーサーもそのはずだ。
(でも、やっぱりちょっと心配になるのがご本人のお気持ちなのよね……お兄様の最初の婚約は恋愛感情があったのだし)
アーサーの王太子時代の禁じられた恋の話は、有名だ。
恋愛物語を好むフィロシュネーにとってドラマチックな恋愛は興味があるが、アーサーの恋愛相手の令嬢は亡くなっているので、興味を示しにくい話でもあった。
(シュネー、お兄様の気持ちを考えて。自分だったらどう? 好意を抱いていた婚約者が亡くなって、新しい婚約者を選ばないといけないのよ)
それにミランダは……ハルシオンに好意があるのでは?
「あまり深刻な顔をするなシュネー、モンテローザ公爵が相手を厳選してくれたので、正直どれを選んでもいいのだ。くじ引きで決めようかな」
「えっ。く、くじ引きは流石に、どうかしら」
姿絵と調書を渡す兄の視線が会場を彷徨う。視線を追いかけて、フィロシュネーは妙な集まりを見た。
青国のソラベル・モンテローザ公爵と、預言者ダーウッド、空国の爵位を持たない没落名家の当主フェリシエン・ブラックタロン。その三人が一緒に何かを話している。
「変な組み合わせだな。いや、モンテローザ公爵はわかるが……あの緑頭はブラックタロン家であろう。両家は犬猿の仲で知られているが、揉めたりしないのか」
アーサーは三人の一挙一動をじっとりと注視しながらグラスを傾ける。こんなとき、以前はアーサーの騎士シューエンが空気のように当たり前の存在感でそばにいた――フィロシュネーはしんみりとした喪失感を覚えつつ、三人のつながりに気付いた。
《輝きのネクロシス》だ。あの三人は、仲間なのだ。
「モンテローザ公爵は夫人を放ったらかしにして何をやってるんだ。親類筋なのは知っているがベタベタ触りすぎではないか。あれはよろしくない、俺はよくないと思うぞ。正義を執行するべきでは?」
「ベタベタ? ああ……」
モンテローザ公爵がダーウッドの頭を撫でている。とても親しげだ。そのまま見守っていると、なんと後ろから腕を回して膝に乗せるように抱っこしようとするではないか。本人が剣呑に腕を払って距離を取っているが、三人から離れたテーブル席でモンテローザ公爵夫人が複雑な視線を注いでいる……。あと、アーサーも「何をしているのだ」と剣呑な気配になっていく。
「夫人を放ったらかしは確かによくありませんわね。親類筋と言っても預言者への敬意に欠ける振る舞いもあるようですし……」
「シュネーもそう思うか」
「でも、正義を執行する案件かと問われればそれも違うような」
フィロシュネーはモンテローザ公爵夫人を見た。
二十代後半のウィスカ・モンテローザ公爵夫人は、つややかな金髪と明るい緑の瞳をしている。肌は綺麗な乳白色で、どこか儚げで、薄幸という雰囲気だ。
不老症のソラベル・モンテローザ公爵は、最初の妻を亡くし、後妻を迎えている。それも、三人目だ。
大貴族であり国内最大派閥の公爵夫人の地位は高いが、社交界ではその夫婦関係にあれこれと下世話な憶測を囁かれていたりする。
曰く、仮面夫婦どころか公の場でも夫婦らしい振る舞いをしないとか。
公爵夫人は「あなたを愛することはない」と初夜に言われたのだとか。
そういった噂の信ぴょう性を高めているのが、現実のモンテローザ公爵夫妻ではないか。フィロシュネーは眉を寄せた。
「……お兄様、まずは実態を確認して、あまり夫人を蔑ろにしているご様子なら改めよと指導してはいかがでしょうか? それでも客観的に見て公爵が酷いと思うなら……」
フィロシュネーの目には、ウィスカ・モンテローザ公爵夫人がとても寂しそうに見えた。
――わたくし、女性をいじめる男は一番きらいなの。例え相手がモンテローザ公爵でも。
寂しそうな表情を見るうちに、じわじわとモンテローザ公爵への疑問と不満の思いが湧いてくる。
「……正義を執行するべきでは?」
ぽつりと零れたのは、そんな言葉だった。
姿絵や家柄や性格、素行などがまとめられた資料は、モンテローザ公爵から提出されたものだ。
青国貴族からはモンテローザ公爵と別派閥のカタリーナ・パーシー=ノーウィッチ公爵令嬢が選ばれていた。国内派閥の力関係のバランスを取ろうという政治的意図があるらしい。
長い銀髪と透き通るような青い瞳をしたカタリーナは、芯の強さと高い教養で評価されている。フィロシュネーと同じ年ごろの外見をしているが、アーサーよりも年上だ。
パーシー=ノーウィッチというのが家名で、ノーウィッチ外交官はこの家の分家の生まれである。簡単に言うと親戚だ。
(ノーウィッチ外交官はお元気かしら)
太陽神の法廷を終えた後、アーサーは「俺の決定は覆らない」と言って彼をクビにしたのだ。
(ご親戚ですものね、恨まれていたりして)
恨む理由があるのに、モンテローザ公爵と預言者ダーウッドは「問題なし」と判断して選んでいるわけだ。フィロシュネーはそこに興味を覚えた。
紅国からは、十七歳のアリス・ファイアハート侯爵令嬢が婚約者候補者となっている。
こちらは紅国女王の遠縁にあたる令嬢で、女王に似た美貌だ。令嬢は太陽神ソルスティス信徒で、聖印に聖句を唱えることで『太陽の炎』という灼熱の炎を生み出す魔法を行使できるのだとか。それもあってか、燃えるような魅力がある、夏がよく似合う女性だった。
空国からはミランダ・アンドラーデ伯爵令嬢……。
「んっ……、ミランダ……?」
二度見したが、そこには誤解しようもなくミランダが候補者として記載されていた。
(伯爵令嬢ですから、考えてみれば縁談もありますわよね)
年齢も近いし、思えばお似合いかもしれない?
(そうなるとわたくし、ミランダを『お義姉様』と呼ぶのね。まあ、まあ。素敵なのではなくて?)
フィロシュネーはふわふわと夢を描いた。
もちろん本人たちの気持ちも気になるが、王侯貴族の婚姻は身分が高いほど政略目的でするケースが多い。フィロシュネーは当然その認識を持っているし、兄アーサーもそのはずだ。
(でも、やっぱりちょっと心配になるのがご本人のお気持ちなのよね……お兄様の最初の婚約は恋愛感情があったのだし)
アーサーの王太子時代の禁じられた恋の話は、有名だ。
恋愛物語を好むフィロシュネーにとってドラマチックな恋愛は興味があるが、アーサーの恋愛相手の令嬢は亡くなっているので、興味を示しにくい話でもあった。
(シュネー、お兄様の気持ちを考えて。自分だったらどう? 好意を抱いていた婚約者が亡くなって、新しい婚約者を選ばないといけないのよ)
それにミランダは……ハルシオンに好意があるのでは?
「あまり深刻な顔をするなシュネー、モンテローザ公爵が相手を厳選してくれたので、正直どれを選んでもいいのだ。くじ引きで決めようかな」
「えっ。く、くじ引きは流石に、どうかしら」
姿絵と調書を渡す兄の視線が会場を彷徨う。視線を追いかけて、フィロシュネーは妙な集まりを見た。
青国のソラベル・モンテローザ公爵と、預言者ダーウッド、空国の爵位を持たない没落名家の当主フェリシエン・ブラックタロン。その三人が一緒に何かを話している。
「変な組み合わせだな。いや、モンテローザ公爵はわかるが……あの緑頭はブラックタロン家であろう。両家は犬猿の仲で知られているが、揉めたりしないのか」
アーサーは三人の一挙一動をじっとりと注視しながらグラスを傾ける。こんなとき、以前はアーサーの騎士シューエンが空気のように当たり前の存在感でそばにいた――フィロシュネーはしんみりとした喪失感を覚えつつ、三人のつながりに気付いた。
《輝きのネクロシス》だ。あの三人は、仲間なのだ。
「モンテローザ公爵は夫人を放ったらかしにして何をやってるんだ。親類筋なのは知っているがベタベタ触りすぎではないか。あれはよろしくない、俺はよくないと思うぞ。正義を執行するべきでは?」
「ベタベタ? ああ……」
モンテローザ公爵がダーウッドの頭を撫でている。とても親しげだ。そのまま見守っていると、なんと後ろから腕を回して膝に乗せるように抱っこしようとするではないか。本人が剣呑に腕を払って距離を取っているが、三人から離れたテーブル席でモンテローザ公爵夫人が複雑な視線を注いでいる……。あと、アーサーも「何をしているのだ」と剣呑な気配になっていく。
「夫人を放ったらかしは確かによくありませんわね。親類筋と言っても預言者への敬意に欠ける振る舞いもあるようですし……」
「シュネーもそう思うか」
「でも、正義を執行する案件かと問われればそれも違うような」
フィロシュネーはモンテローザ公爵夫人を見た。
二十代後半のウィスカ・モンテローザ公爵夫人は、つややかな金髪と明るい緑の瞳をしている。肌は綺麗な乳白色で、どこか儚げで、薄幸という雰囲気だ。
不老症のソラベル・モンテローザ公爵は、最初の妻を亡くし、後妻を迎えている。それも、三人目だ。
大貴族であり国内最大派閥の公爵夫人の地位は高いが、社交界ではその夫婦関係にあれこれと下世話な憶測を囁かれていたりする。
曰く、仮面夫婦どころか公の場でも夫婦らしい振る舞いをしないとか。
公爵夫人は「あなたを愛することはない」と初夜に言われたのだとか。
そういった噂の信ぴょう性を高めているのが、現実のモンテローザ公爵夫妻ではないか。フィロシュネーは眉を寄せた。
「……お兄様、まずは実態を確認して、あまり夫人を蔑ろにしているご様子なら改めよと指導してはいかがでしょうか? それでも客観的に見て公爵が酷いと思うなら……」
フィロシュネーの目には、ウィスカ・モンテローザ公爵夫人がとても寂しそうに見えた。
――わたくし、女性をいじめる男は一番きらいなの。例え相手がモンテローザ公爵でも。
寂しそうな表情を見るうちに、じわじわとモンテローザ公爵への疑問と不満の思いが湧いてくる。
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