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2、協奏のキャストライト

139、太陽神の法廷3~ネネイの証言。知識神トールの奇跡…は、必要ありません

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 ろうそくの先の小さな炎みたいに、弱々しい声で。
 指先を震わせながら、空国の預言者ネネイが注目を集めている。

(ええと、どういうおつもりかしら? 味方? それとも?)
 フィロシュネーはその意図をはかりかねて、ドキドキした。 

「……アンネ……やはり、殺しておくべきだった……」
 ダーウッドが小さく呟く声が、フィロシュネーの耳に届いた。その瞬間、記憶がよみがえる。

『アンネ・ブラックタロン』 
『半分排除済み』
 ダーウッドの手で紙に書かれた文字と、二人で交わした会話。 
『半分ってなあに?』
『生きているけど無力化済み、という意味ですかな』

(あーーーーー!! あ、あなた、やらかしたわね!!)
 
 アンネというのは、ネネイなのではないか。無力化済みとは、石にした状態を指すのではないか。
 フィロシュネーの脳に稲妻のようにそんな考えが閃いた。

『じゅ、呪術師に、石にされました……石でいた間、ずっと意識がありました……!』  
 ネネイの言葉を思い出して、フィロシュネーは蒼褪めた。
(う、恨まれているんじゃないのぉ……!?) 

 はらはらとする耳に、ネネイの懸命な声がきこえる。
 
「わ、私は、石にされた後、偶然……預言者ダーウッドに拾われて、……その日々を見守っていました。本物のダーウッドは、青王陛下と一緒でした。ずっと、ずっとです。……ですから、そこにいるのは、本物の預言者ダーウッドです」

「!?」
 ダーウッドが驚いている。

(あら、庇ってくれているのでは?)
 ネネイは嘘をついてくれている。フィロシュネーは目を丸くした。

「あの、あの。ダーウッドは、よ、よい人、です。わ、わるいこと……し……しません」
 一生懸命、嘘をついている。フィロシュネーの隣で、ダーウッドがそっと俯いた。ゆったりとしたローブの袖の先にのぞく白い指先が震えている。フィロシュネーはこっそりとそれに気付いて、気付かないふりをした。 

 カーリズ公爵は、顎に手をあてて考える仕草をみせている。
「むむ。空国の預言者どのは、石になっていた間のご記憶がおありなのですね」
「は、はっきりと、あります」

「興味深いですね。さて、ただいまの大変興味深いお話をしてくださった預言者どのを含めた証人の皆さん。ここで一度こちらへお集りください」
 カーリズ公爵はそう言って、証人たちを集めた。そして、聖職者を呼んだ。
 
「こちらは私の家臣。知識神トールの神官です。彼はとても優秀で、使い手の少ない『知識の共振』という魔法を会得しておりまして、その魔法の行使も教義の関係で厳しい使用条件があり、みだりにはできないものなのですが……他者の知識を周囲と共有できるのです」

(な、なんですって)
 フィロシュネーは動揺した。それはまるで、自分が以前行使していた神鳥の奇跡のようではないか。 

「このたびは、その使用条件をクリアしてまいりましたので、ここでパァーッと証人たちの知識を全員で確認してみましょう」

(な、なんですってーーー!!)
 それはもしかして、嘘がバレてしまうのではっ!?

 フィロシュネーが恐ろしい未来を予想した、まさにその時。

 かつ、かつと会場に複数の足音が近づいて、扉が開かれた。
 扉が開いた隙間から光と影がサアッと伸びて、その存在感が会場中の意識を一気に攫う。

「た、ただいま裁判の最中――」
 止めようとしてできなかったと思しき警備の声にかぶさるようにして、凛とした声が響く。

「お待ちください、カーリズ公爵。奇跡は必要ありません」

 ――サイラスだ。
 後ろには、部下の騎士たちがいる。
 サイラスの精悍な顔は厳しい表情を浮かべていて、不思議と会場の誰も逆らえないような神聖な雰囲気があった。

「ノーブルクレスト騎士団第二師団は、放火魔犯である呪術師を捕らえましてございます」
「えっ?」
 フィロシュネーは思わずダーウッドの袖をつかんで、その存在を確かめた。
 サイラスが突き出してみせるのは、しっかりと拘束された『預言者ダーウッド』――ダーウッドにそっくりな外見をした存在だった。

「ニ、ニセモノ?」
「ニセモノだ!」
 同じ人物が二人いる。そんな現実を目の当たりにして、会場がざわざわとする。
  
 そんな会場へと、サイラスは堂々と告げた。
「こちらの者です。ご覧のとおり、そこにおられる密……預言者どのに化けています。おい、術を使って他の姿になってみせろ。言う通りにすれば減刑されるかもしれないぞ」

(あなた今『密偵さん』って呼びかけたわね) 
 フィロシュネーと目が合うと、サイラスは一瞬優しい瞳をみせた。

「減刑などは望みませんが、よいでしょう。みせてあげましょう、移ろいの術を!」
 拘束された『預言者ダーウッド』はそう言って、術を使ってみせる。

 その姿はウィンタースロット男爵令嬢になり、スーン男爵令嬢になり、ドワーフのゴルムになり、……アルメイダ侯爵夫人カサンドラの姿になってアルメイダ侯爵にぱちりとウインクすると、アルメイダ侯爵は貧血を起こしたように蒼白の顔色になった。

「ま、まさか……カサンドラ……? お前……っ?」

「落ち着いてください、アルメイダ侯爵。夫人ではありませんよ。移ろいの術です」
 サイラスはアルメイダ侯爵の想像を否定した。
「さあ、犯人はこのノイエスタル率いる第二師団が捕まえましたので、皆さんはご安心ください。とうとき皆様の貴重なお時間を奪う裁判はこれにて終わり、でいかがでしょうか? 叶うなら、私は婚約者候補である麗しのフィロシュネー姫が紅都でお過ごしになる限られた時間を裁判ではなく、もっと楽しくて有意義な思い出で彩りたいのです」
 
「まあ、素敵なことを……」
 フィロシュネーは扇で口元を隠した。真剣な状況で油断していたところに思いがけず心地よい言及があったので、ときめいてしまったのだ。
「あいつめ、意外とよく口がまわる」
 兄アーサーは面白くなさそうに眉を寄せている。 

「では、ギネス。呪術師は連れて行くように」
「はっ」
 どよどよと会場中が騒ぐのを、フィンスミス裁判官が静まらせる。
「皆さん、どうも驚いたことに我々を悩ませていた犯人は捕まったようです。本日は閉廷としましょうか」
 
 フィロシュネーはそれを聞いて安心しつつ、「やっぱり、参考に意見を聞くというよりは犯人だとはっきりさせて捕まえようとしてたのよね?」と思った。
 
「あの捕まった犯人は移ろいの術を使うようですが、誰なのでしょうかな。フェリシエン? カサンドラ……? んん……おかしいですな」 
 ダーウッドが不思議そうにしている。
「ひとまず、お、お、おわったわね。よ、よかったわ……」
 胸をなでおろすフィロシュネーの視界で、ギネスに連れて行かれる呪術師がパチンとウィンクするのが見えた。

「あら……?」
 ……今、犯人がわたくしにウィンクを。

 フィロシュネーが困惑する中、裁判は終わった。

 青王アーサーが同伴している青国の預言者ダーウッドは本物であり、悪しき呪術師による事件に巻き込まれた被害者であった。悪しき呪術師は捕まった。
 
 ――この日、人々はそう認識したのだった。

 
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