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2、協奏のキャストライト
127、俺の女を守るのだ。そうだろう?
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姫や女王の寵姫たちが愛する恋愛物語。
彼女らの趣味を理解しようと読んだ本には、よく王子様キャラが出てくる。
高貴で、知的で、優雅で。
余裕があって、美しくて、優しい。
そんなヒーローキャラを読んでいるとき、サイラスは、たまにハルシオンを連想するのだった。
(姫が好むヒーローとはつまり、ハルシオンではないか)
……そう思ってしまうのだった。
年下の空国の王兄、ハルシオンは白馬が似合う。
白銀の髪をさらさらと風に揺らして白馬を駆る姿は絵になる。白馬の王子様、というやつだ。
この王兄殿下ときたら、フリーダムで。
余裕で。
能力も高くて。
大胆で、不敵で。
(俺が決してなれない理想の王子様そのものといった存在で、悔しくなるのだ。努力してもかなわない高い壁が隣に立っているようで、劣等感を刺激されるのだ)
「ハルシオン殿下。ついてこないでください」
むすりとして言えば、ハルシオンの瞳がサイラスを見た。
「違いますよ、ノイエスタルさん」
愛想のよい青年の声は、この時は驚くほど冷たかった。
「私はあなたではなく、シュネーさんを追っているのです。当然ではありませんか」
お前は何を思い上がっているのだ、お前ごときどうでもいい。
そんな気配に満ちた声に、サイラスはガンッと頭を打たれたような心地がした。
そんなサイラスへと、ハルシオンは一瞬、自分より遥かに劣る生き物を見下す超越者の顔を見せた。そして、すぐに興味を失ったように視線を進行方向の空へと移した。
そこには、空飛ぶ魔法生物に騎乗した紅国の騎士たちがいる。
彼らはフィロシュネー姫の背後を追っていた。
ハルシオンはわかりやすく怒りの感情をみせた。
「あの騎士たち……シュネーさんに武器を向けて……許せませんね。許しませんよ」
パキッ、と金属が砕ける音がする。
ハルシオンの魔力を抑えていた指輪が砕けたのだ。
「今日は……断罪日和ですねぇ……んふふ……」
(断罪日和とは何だ)
サイラスはゾッとして言葉を挟んだ。
「紅国の騎士は鳥の呪術師を警戒しているだけで、常識的に考えて他国の王妹殿下であるフィロシュネー姫を傷つけたりはしないはずです」
自国の騎士を大量虐殺されてはたまらない。
――騎士たちの悲鳴が聞こえる。
「あああっ!? 急になんだっ!?」
武器が落ちてくる。
ひとつ、ふたつ、みっつ……大量に。
騎士本人に怪我がないらしいのが幸いだ。
しかし、膨れ上がるこの魔力と殺意は。
「無礼である。断罪する。断罪する。断罪する」
ハルシオンが発する不穏極まりない声は。
「燃やそうか、落としてぐしゃりと潰そうか、土に埋めようか、それとも海に沈めようか……」
(紅国の騎士としては止めるべきだろうか?)
しかし、姫に武器を向けて追いかけ回している騎士たちが悪いのでは?
俺の立場は止める側でいいのか?
ハルシオンのようであるべきなのではないのか?
つまり、つまり――
【俺も 怒りを感じているだろう?】
沸々とマグマのように滾る熱がある。
【なぜ 怒りをおさえる必要がある?】
それは、俺が人の社会に生きているからだ。
責任ある立場だからだ。
大人だからだ。
低い身分に生まれた元傭兵なのに、乱暴者ではない、と思われたいからだ。
野蛮で低俗な男ではなく、理性的な男だと思われたいのだ。
【ハルシオンは奔放ではないか】
ハルシオンは自由ではないか。
誰にどう思われても自分が一番えらいのだから、気にすることなどない――ハルシオンには、そんな気位の高さがあるではないか。
「ああ」
蕩けるような声が聞こえる。ハルシオンの声だ。
「シュネーさん、格好いいな」
――恍惚としている。
「格好いいとは――、……なっ……?」
視線を追いかけたサイラスは愕然とした。
お気に入りらしき筒杖を撃ち鳴らし、フィロシュネー姫がフレイムドラゴンを挑発している。
気高く、凛然と青国の騎士たちを鼓舞し、密偵さんと共に空のフレイムドラゴンを釣り上げている。
紅国の騎士たちと違い、フレイムドラゴンは高貴な姫への遠慮も政治的配慮もない。
「グオオオオオオオオオオッ!!」
空を赤く埋め尽くすような群れには、獲物を狙う捕食者の殺意があった。
「なんですか、お声が大きいですねぇ。私の姫が怖がってしまうでしょう。ああっ、あのドラゴン、火を噴きました!! なんて危ないのでしょう!!」
ハルシオンが不機嫌に言い放ち、呪術を使っている。
地上を黒馬と白馬に乗って共に駆け、大空を翔る姫とドラゴンの群れを追いながら、サイラスは劣等感を高めた。
ハルシオンは守っている。
その呪術による防護結界で、フィロシュネー姫と密偵さんを幾度となくドラゴンの火炎から守っている。
俺は?
【俺は? 俺は、手の届かない高みを下から見上げるだけなのか?】
駄目だ。
そんな自分は、いけない。
周囲の景色が後ろへとどんどん流れていく。
地形が変わり、樹木の種類や密度が変化していく。木々の高さや茂みの厚さが変わっていく。メクシ山だ。霧のような死霊たちのあふれる山地だ。
黒馬ゴールドシッターの足元で影が揺らめき、もやもやと吹きあがる死霊たちがいる。
「姫……!!」
追いかける視界で、落ちていく鳥がいる。
【守らなければならない】
もはや、ハルシオンはどうでもよかった。
【守れ】
命令するように思いが湧いた。
自分に。あるいは、別の何かに。
「ひひん!」
愛馬が猛っている。
【――来い】
山頂から。中腹から。ふもとから。
雪のない山の至る所から、白い死霊があふれでる。
緑の山を白く染め上げるように。
過去が現在を侵食するように。
死霊がふわふわと湧きあがる。自分に向け頭を垂れて、拝んで、従う意思をみせている。
(俺は何を見ているんだ)
夢の中にいるような心地で、片手を上にあげた。限界まで絞り出すように魔力を手のひらへと集めていく。
(俺は何をしているんだ)
これで何ができるんだ? 自分でもわからないまま、気づけば限界を越えようとしている。
(あまり無茶をすると肉体が壊れてしまうだろう? 俺は人間なのだから)
そんな思いと。
【この程度で壊れる肉体など知らん】
そんな思いが一瞬、せめぎ合う。
【俺の女を守るのだ。そうだろう?】
魂の奥底から、自分が叫ぶ。
【……守れない俺など、壊れてしまえ!!】
「そうだ」
壊れるのを心配して止まるくらいなら、いっそ壊れてしまえ。
大事な姫の危機に自分が壊れる心配をするような情けない俺など、いらない。
「壊れろ」
手のひらに力を集めるようにして、腕を振り下ろす。
すると、死霊たちは命令に従うようにぶわりと一斉に動いた。
白い群れとなり、一斉に天翔けて、雪崩れるようにフレイムドラゴンの群れへと踊りかかった。
「ギャアアアアアアアッ!!」
耳をつんざく悲鳴が響き、空から地上を狙って降りようとしていた赤いフレイムドラゴンたちが逃げていく。
俺だ。
俺がやったのだ。
「今のは……、ノイエスタルさんっ……!?」
ハルシオンの声が聞こえる。
慌てた気配が感じられて、気分がよい。
神様になった気分だ。
いや――神様だろう? 俺は、そうなのではなかったか?
サイラスは満足感をおぼえながら、愛馬の背でぐらりと体を傾けて、落ちた。
彼女らの趣味を理解しようと読んだ本には、よく王子様キャラが出てくる。
高貴で、知的で、優雅で。
余裕があって、美しくて、優しい。
そんなヒーローキャラを読んでいるとき、サイラスは、たまにハルシオンを連想するのだった。
(姫が好むヒーローとはつまり、ハルシオンではないか)
……そう思ってしまうのだった。
年下の空国の王兄、ハルシオンは白馬が似合う。
白銀の髪をさらさらと風に揺らして白馬を駆る姿は絵になる。白馬の王子様、というやつだ。
この王兄殿下ときたら、フリーダムで。
余裕で。
能力も高くて。
大胆で、不敵で。
(俺が決してなれない理想の王子様そのものといった存在で、悔しくなるのだ。努力してもかなわない高い壁が隣に立っているようで、劣等感を刺激されるのだ)
「ハルシオン殿下。ついてこないでください」
むすりとして言えば、ハルシオンの瞳がサイラスを見た。
「違いますよ、ノイエスタルさん」
愛想のよい青年の声は、この時は驚くほど冷たかった。
「私はあなたではなく、シュネーさんを追っているのです。当然ではありませんか」
お前は何を思い上がっているのだ、お前ごときどうでもいい。
そんな気配に満ちた声に、サイラスはガンッと頭を打たれたような心地がした。
そんなサイラスへと、ハルシオンは一瞬、自分より遥かに劣る生き物を見下す超越者の顔を見せた。そして、すぐに興味を失ったように視線を進行方向の空へと移した。
そこには、空飛ぶ魔法生物に騎乗した紅国の騎士たちがいる。
彼らはフィロシュネー姫の背後を追っていた。
ハルシオンはわかりやすく怒りの感情をみせた。
「あの騎士たち……シュネーさんに武器を向けて……許せませんね。許しませんよ」
パキッ、と金属が砕ける音がする。
ハルシオンの魔力を抑えていた指輪が砕けたのだ。
「今日は……断罪日和ですねぇ……んふふ……」
(断罪日和とは何だ)
サイラスはゾッとして言葉を挟んだ。
「紅国の騎士は鳥の呪術師を警戒しているだけで、常識的に考えて他国の王妹殿下であるフィロシュネー姫を傷つけたりはしないはずです」
自国の騎士を大量虐殺されてはたまらない。
――騎士たちの悲鳴が聞こえる。
「あああっ!? 急になんだっ!?」
武器が落ちてくる。
ひとつ、ふたつ、みっつ……大量に。
騎士本人に怪我がないらしいのが幸いだ。
しかし、膨れ上がるこの魔力と殺意は。
「無礼である。断罪する。断罪する。断罪する」
ハルシオンが発する不穏極まりない声は。
「燃やそうか、落としてぐしゃりと潰そうか、土に埋めようか、それとも海に沈めようか……」
(紅国の騎士としては止めるべきだろうか?)
しかし、姫に武器を向けて追いかけ回している騎士たちが悪いのでは?
俺の立場は止める側でいいのか?
ハルシオンのようであるべきなのではないのか?
つまり、つまり――
【俺も 怒りを感じているだろう?】
沸々とマグマのように滾る熱がある。
【なぜ 怒りをおさえる必要がある?】
それは、俺が人の社会に生きているからだ。
責任ある立場だからだ。
大人だからだ。
低い身分に生まれた元傭兵なのに、乱暴者ではない、と思われたいからだ。
野蛮で低俗な男ではなく、理性的な男だと思われたいのだ。
【ハルシオンは奔放ではないか】
ハルシオンは自由ではないか。
誰にどう思われても自分が一番えらいのだから、気にすることなどない――ハルシオンには、そんな気位の高さがあるではないか。
「ああ」
蕩けるような声が聞こえる。ハルシオンの声だ。
「シュネーさん、格好いいな」
――恍惚としている。
「格好いいとは――、……なっ……?」
視線を追いかけたサイラスは愕然とした。
お気に入りらしき筒杖を撃ち鳴らし、フィロシュネー姫がフレイムドラゴンを挑発している。
気高く、凛然と青国の騎士たちを鼓舞し、密偵さんと共に空のフレイムドラゴンを釣り上げている。
紅国の騎士たちと違い、フレイムドラゴンは高貴な姫への遠慮も政治的配慮もない。
「グオオオオオオオオオオッ!!」
空を赤く埋め尽くすような群れには、獲物を狙う捕食者の殺意があった。
「なんですか、お声が大きいですねぇ。私の姫が怖がってしまうでしょう。ああっ、あのドラゴン、火を噴きました!! なんて危ないのでしょう!!」
ハルシオンが不機嫌に言い放ち、呪術を使っている。
地上を黒馬と白馬に乗って共に駆け、大空を翔る姫とドラゴンの群れを追いながら、サイラスは劣等感を高めた。
ハルシオンは守っている。
その呪術による防護結界で、フィロシュネー姫と密偵さんを幾度となくドラゴンの火炎から守っている。
俺は?
【俺は? 俺は、手の届かない高みを下から見上げるだけなのか?】
駄目だ。
そんな自分は、いけない。
周囲の景色が後ろへとどんどん流れていく。
地形が変わり、樹木の種類や密度が変化していく。木々の高さや茂みの厚さが変わっていく。メクシ山だ。霧のような死霊たちのあふれる山地だ。
黒馬ゴールドシッターの足元で影が揺らめき、もやもやと吹きあがる死霊たちがいる。
「姫……!!」
追いかける視界で、落ちていく鳥がいる。
【守らなければならない】
もはや、ハルシオンはどうでもよかった。
【守れ】
命令するように思いが湧いた。
自分に。あるいは、別の何かに。
「ひひん!」
愛馬が猛っている。
【――来い】
山頂から。中腹から。ふもとから。
雪のない山の至る所から、白い死霊があふれでる。
緑の山を白く染め上げるように。
過去が現在を侵食するように。
死霊がふわふわと湧きあがる。自分に向け頭を垂れて、拝んで、従う意思をみせている。
(俺は何を見ているんだ)
夢の中にいるような心地で、片手を上にあげた。限界まで絞り出すように魔力を手のひらへと集めていく。
(俺は何をしているんだ)
これで何ができるんだ? 自分でもわからないまま、気づけば限界を越えようとしている。
(あまり無茶をすると肉体が壊れてしまうだろう? 俺は人間なのだから)
そんな思いと。
【この程度で壊れる肉体など知らん】
そんな思いが一瞬、せめぎ合う。
【俺の女を守るのだ。そうだろう?】
魂の奥底から、自分が叫ぶ。
【……守れない俺など、壊れてしまえ!!】
「そうだ」
壊れるのを心配して止まるくらいなら、いっそ壊れてしまえ。
大事な姫の危機に自分が壊れる心配をするような情けない俺など、いらない。
「壊れろ」
手のひらに力を集めるようにして、腕を振り下ろす。
すると、死霊たちは命令に従うようにぶわりと一斉に動いた。
白い群れとなり、一斉に天翔けて、雪崩れるようにフレイムドラゴンの群れへと踊りかかった。
「ギャアアアアアアアッ!!」
耳をつんざく悲鳴が響き、空から地上を狙って降りようとしていた赤いフレイムドラゴンたちが逃げていく。
俺だ。
俺がやったのだ。
「今のは……、ノイエスタルさんっ……!?」
ハルシオンの声が聞こえる。
慌てた気配が感じられて、気分がよい。
神様になった気分だ。
いや――神様だろう? 俺は、そうなのではなかったか?
サイラスは満足感をおぼえながら、愛馬の背でぐらりと体を傾けて、落ちた。
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