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2、協奏のキャストライト
122、そこにいるのは、悪しき呪術師です!
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真っ青な空を鳥の群れが飛んでいく。
風に乗って気持ちよさそうに飛んでいく。
旗がその下で風に揺れていても、見向きもされずに遠くへ遠くへ飛んでいく。
彼らにとっては、どうでもいいのだ。
……雪白の地に青い鳥が描かれた旗は、国旗なのに。とても特別な旗なのに。
「アレクシア、何を見ているんだい」
お父様がお人形を手に、檻の向こうで問いかける。
心配性のお父様。目は落ちくぼんでいて、頬はこけていて、ちょっと怖い。
「鳥を」
「お外に出たいのだろうね?」
「いいえ」
はい、という返事を怖れる気配に、アレクシアは首を横に振った。
かちゃり、と足かせが音を立てる。
うっとりと自由を夢みる心を、不自由な現実に戻す音だ。
この子には才能があるから、隣国に奪われる前に隠さなければならない。
そう言って狂気めいた眼をギラギラさせた親族たちは、ずっとずっとアレクシアを隠していた。
「見てるだけ。見てるだけで、楽しいの」
あの鳥になったような気分になって、空想するだけでいい。
鳥たちは、みんなで旅をしているのだ。
自分の知らない世界があの先に広がっていて、どこまでもどこまでも旅するのだ。
行きたい場所に飛んでいくのだ。
けれど私は、どこかへ行ったりはしないのだ。
お父様や一族と一緒にひっそりと生きて――……生きて、どうするのだろう。
お父様が亡くなるまで愛玩動物のようにおそばにいて、亡くなったあとは……?
結局、そんな疑問はすぐに解消されて、自分は発見され、檻の外へと連れ出されたのだけど。
* * *
窓の外を鳥の群れが飛んでいて、追憶に耽ってしまいそうになる。
預言者ダーウッドは軽く首を振って、意識を現在へと落ち着かせた。
長く生きた心には思い出がたくさん蓄積されていて、たまに溺れそうになるのだ。
時折思い出したように日記をつけてみては、虚しくなって放り出したりもして……そうだ。日記は焼却しないと。秘め事を形に残すなんて、迂闊にも程がある。
――♪
自己嫌悪に陥りそうな心を優しく宥めてくれるようなミニハープの音が響く。
朝食を終えたフィロシュネー姫が爪弾いているのだ。
その姿は絵画のように美しく、見ていると謎の親心めいた誇らしさが湧いてくる。
(私の姫殿下は、とても良い子)
顔が自然と綻んでしまう。だから、ローブのフードを前に引っ張って、俯きがちになって表情を隠す。
――顔を隠せば、ミステリアスな預言者の出来上がりだ。
(これでいい)
情が湧いている様子を、あまり知られたくはなかった。
もう手遅れかも知れないけれど。
(仕方ないのでは? だって、ずっと見守ってきた王族の姫が相手だもの)
可愛くて、可哀想な一族なのだ。
騙されているのに、自分を慕ってくれて、頼りにしてくれて。
子供を作って、見せてきて。名前をつけてくれと言って。抱っこしてくれと言って。その子供が育って、また子どもを作る……。ずっとずっと、見守ってきたのだ。
そんなの、情が湧いても仕方がないではないか。
(私のことを心配してくれて、抱き枕になさって)
そんなの、可愛く思えて仕方なくなってしまうではないか。
生まれたときの姫の姿が、ありありと思い出せる。
クラストスが誕生を楽しみにしていた御子は、オギャアオギャアと元気に泣いていた。おお、おおと笑って、クラストスになりすましたオルーサは本物の父親のようにはしゃいでいた。
『さあさあ、わが国の預言者ダーウッドよ。これから生まれる娘には、特別ふさわしき名があると申していたな。さえずるがよい』
事前に言い含められていたのは、『フィロソフィア』という名前だった。
それを口にしようとして、ダーウッドは亡きクラストスの幸せそうな顔を思い出した。
『フィロシュネーと名前を付けようと思うんだ……どうかな』
遺体を燃やす炎の赤が脳裏によみがえる。
邪悪な黒い煙が濛々とあがっていた、あの日。
自分が遺体を燃やしたのだ。
……自分が王の死を火炎と黒煙の幕で隠したのだ。
『フィロシュネー様、でございます』
預言者の声が名前をつむぐと、オルーサは一瞬、身も心も凍えるような殺気を見せた。
けれど、赤ん坊の姫が怯えて泣いて周囲が大慌てになったので、オルーサは預言者を咎めることなく、気弱で善良なクラストスの顔に戻った。
猫撫で声で『間違いないか? もう一度さえずるがよい』と問いかける偽青王に、ダーウッドは自信満々に同じ名を繰り返した。結果、姫の名はフィロシュネーと決まったのだった。
そのあと、ダーウッドはオルーサに手荒く折檻されることにはなったが、肉体の痛みや苦しみなどは全く気にならなかった。
自分はせめてもの忠義を果たしたのだ。そう思うと、少しだけ胸が空く思いがして――そんな自分に愕然とした。
『クラストス陛下が亡くなられた後で忠義を果たしたつもりになって、許された気分になっているのか』
オルーサが成り代わろうとしているという真実を打ち明けてお救いしなかった時点で、臣下失格なのに。
自分の行動しだいで助かったかもしれないのに、助けなかったのだ、自分は。
赤子の名前を望み通り付けただけで忠臣ヅラをするなど、ありえない。
その時、ダーウッドは自分がとても醜い生き物だと思ったのだった。
――あの姫が、こんなに大きくなって。
預言者ダーウッドは部屋の窓際で置物のように静かに微笑んだ。
外は、快晴。
窓から差し込む陽光は明るくて、世の中に秘め事なんて何もないような気になってくる。
心配しなければいけないことや、気鬱になることなんて何もないような気になってくる。
……けれど、そんなことはないのだ。
「お部屋を改めさせていただきます」
巌のような声で紅国の騎士たちが踏み込んできたのは、ちょうどフィロシュネー姫が一曲を奏で終えたタイミングだった。
「何事です? こちらにいらっしゃる方をどなただと思っておいでですかっ! 無礼な!」
青国の騎士たちが騒いでいるが、紅国の騎士たちは止まらない。徽章をみると、アルメイダ侯爵の息がかかった第一師団だ。
「火急の事態につき、ご容赦されたし」
騎士は、火が燃え広がるように、急がないと危険な事態だというのだ。
そして、剣を抜いて部屋の中の悪党を睨むのだ。
「我々は御身をお守りするために参ったのです、姫殿下」
「そこにいるのは、竜害を引き起こした移ろいの術の使い手にして火炎使い――悪しき呪術師です!」
騎士の声が、響き渡った。
風に乗って気持ちよさそうに飛んでいく。
旗がその下で風に揺れていても、見向きもされずに遠くへ遠くへ飛んでいく。
彼らにとっては、どうでもいいのだ。
……雪白の地に青い鳥が描かれた旗は、国旗なのに。とても特別な旗なのに。
「アレクシア、何を見ているんだい」
お父様がお人形を手に、檻の向こうで問いかける。
心配性のお父様。目は落ちくぼんでいて、頬はこけていて、ちょっと怖い。
「鳥を」
「お外に出たいのだろうね?」
「いいえ」
はい、という返事を怖れる気配に、アレクシアは首を横に振った。
かちゃり、と足かせが音を立てる。
うっとりと自由を夢みる心を、不自由な現実に戻す音だ。
この子には才能があるから、隣国に奪われる前に隠さなければならない。
そう言って狂気めいた眼をギラギラさせた親族たちは、ずっとずっとアレクシアを隠していた。
「見てるだけ。見てるだけで、楽しいの」
あの鳥になったような気分になって、空想するだけでいい。
鳥たちは、みんなで旅をしているのだ。
自分の知らない世界があの先に広がっていて、どこまでもどこまでも旅するのだ。
行きたい場所に飛んでいくのだ。
けれど私は、どこかへ行ったりはしないのだ。
お父様や一族と一緒にひっそりと生きて――……生きて、どうするのだろう。
お父様が亡くなるまで愛玩動物のようにおそばにいて、亡くなったあとは……?
結局、そんな疑問はすぐに解消されて、自分は発見され、檻の外へと連れ出されたのだけど。
* * *
窓の外を鳥の群れが飛んでいて、追憶に耽ってしまいそうになる。
預言者ダーウッドは軽く首を振って、意識を現在へと落ち着かせた。
長く生きた心には思い出がたくさん蓄積されていて、たまに溺れそうになるのだ。
時折思い出したように日記をつけてみては、虚しくなって放り出したりもして……そうだ。日記は焼却しないと。秘め事を形に残すなんて、迂闊にも程がある。
――♪
自己嫌悪に陥りそうな心を優しく宥めてくれるようなミニハープの音が響く。
朝食を終えたフィロシュネー姫が爪弾いているのだ。
その姿は絵画のように美しく、見ていると謎の親心めいた誇らしさが湧いてくる。
(私の姫殿下は、とても良い子)
顔が自然と綻んでしまう。だから、ローブのフードを前に引っ張って、俯きがちになって表情を隠す。
――顔を隠せば、ミステリアスな預言者の出来上がりだ。
(これでいい)
情が湧いている様子を、あまり知られたくはなかった。
もう手遅れかも知れないけれど。
(仕方ないのでは? だって、ずっと見守ってきた王族の姫が相手だもの)
可愛くて、可哀想な一族なのだ。
騙されているのに、自分を慕ってくれて、頼りにしてくれて。
子供を作って、見せてきて。名前をつけてくれと言って。抱っこしてくれと言って。その子供が育って、また子どもを作る……。ずっとずっと、見守ってきたのだ。
そんなの、情が湧いても仕方がないではないか。
(私のことを心配してくれて、抱き枕になさって)
そんなの、可愛く思えて仕方なくなってしまうではないか。
生まれたときの姫の姿が、ありありと思い出せる。
クラストスが誕生を楽しみにしていた御子は、オギャアオギャアと元気に泣いていた。おお、おおと笑って、クラストスになりすましたオルーサは本物の父親のようにはしゃいでいた。
『さあさあ、わが国の預言者ダーウッドよ。これから生まれる娘には、特別ふさわしき名があると申していたな。さえずるがよい』
事前に言い含められていたのは、『フィロソフィア』という名前だった。
それを口にしようとして、ダーウッドは亡きクラストスの幸せそうな顔を思い出した。
『フィロシュネーと名前を付けようと思うんだ……どうかな』
遺体を燃やす炎の赤が脳裏によみがえる。
邪悪な黒い煙が濛々とあがっていた、あの日。
自分が遺体を燃やしたのだ。
……自分が王の死を火炎と黒煙の幕で隠したのだ。
『フィロシュネー様、でございます』
預言者の声が名前をつむぐと、オルーサは一瞬、身も心も凍えるような殺気を見せた。
けれど、赤ん坊の姫が怯えて泣いて周囲が大慌てになったので、オルーサは預言者を咎めることなく、気弱で善良なクラストスの顔に戻った。
猫撫で声で『間違いないか? もう一度さえずるがよい』と問いかける偽青王に、ダーウッドは自信満々に同じ名を繰り返した。結果、姫の名はフィロシュネーと決まったのだった。
そのあと、ダーウッドはオルーサに手荒く折檻されることにはなったが、肉体の痛みや苦しみなどは全く気にならなかった。
自分はせめてもの忠義を果たしたのだ。そう思うと、少しだけ胸が空く思いがして――そんな自分に愕然とした。
『クラストス陛下が亡くなられた後で忠義を果たしたつもりになって、許された気分になっているのか』
オルーサが成り代わろうとしているという真実を打ち明けてお救いしなかった時点で、臣下失格なのに。
自分の行動しだいで助かったかもしれないのに、助けなかったのだ、自分は。
赤子の名前を望み通り付けただけで忠臣ヅラをするなど、ありえない。
その時、ダーウッドは自分がとても醜い生き物だと思ったのだった。
――あの姫が、こんなに大きくなって。
預言者ダーウッドは部屋の窓際で置物のように静かに微笑んだ。
外は、快晴。
窓から差し込む陽光は明るくて、世の中に秘め事なんて何もないような気になってくる。
心配しなければいけないことや、気鬱になることなんて何もないような気になってくる。
……けれど、そんなことはないのだ。
「お部屋を改めさせていただきます」
巌のような声で紅国の騎士たちが踏み込んできたのは、ちょうどフィロシュネー姫が一曲を奏で終えたタイミングだった。
「何事です? こちらにいらっしゃる方をどなただと思っておいでですかっ! 無礼な!」
青国の騎士たちが騒いでいるが、紅国の騎士たちは止まらない。徽章をみると、アルメイダ侯爵の息がかかった第一師団だ。
「火急の事態につき、ご容赦されたし」
騎士は、火が燃え広がるように、急がないと危険な事態だというのだ。
そして、剣を抜いて部屋の中の悪党を睨むのだ。
「我々は御身をお守りするために参ったのです、姫殿下」
「そこにいるのは、竜害を引き起こした移ろいの術の使い手にして火炎使い――悪しき呪術師です!」
騎士の声が、響き渡った。
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