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2、協奏のキャストライト
110、おまけ:ゴールドシッターはちょっと寂しい
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夕暮れの騎士団厩舎は、どこか郷愁を誘う雰囲気がある。
賑やかな商会での一件の後、馬房に落ち着いたゴールドシッターは美味しいニンジンをもらっていた。
ゴールドシッターは知っている。あの優しいお姫様がくれたのだ。
「よしよし、しめしめ」
ご主人のサイラスはそう言って柵の前で本を広げた。恋愛小説――ではなく、領地経営についての本だ。ご主人は領地をもらえるかもしれないので、勉強中らしい。
周囲にはフワフワとした霧のような影のような死霊がいて、何をしてるのかと見守っている様子。
ゴールドシッターのご主人は変わった。
前はよく訪れていた南の土地にはぜんぜん行かなくなったし、前はつけていなかった人工的な香りをつけているし、旅をしなくなった。
南の土地にいたときは泥や埃にまみれていたのに、今はあまり汚れたりしていない。ご主人が嫌っていた貴族の格好をして、貴族みたいな顔をしている。
前は夜に顔を寄せて話しかけてきたり、一緒に眠ったりしていたのに、そんな機会も減ってしまった。
出かけるときに魔法生物に騎乗することも増えて、お留守番をすることが多くなった。世話をするのも他人任せにすることが頻繁にある。一日に一度も会いにこないことも……。
だから、ゴールドシッターはちょっと寂しい。
空が飛べたら、ご主人はまた自分を好きになってくれるだろうか。
魔法生物たちは空が飛べる。
ゴールドシッターよりも便利なのだ。
だからきっと、ご主人は自分よりも魔法生物たちが気に入ったのだ。
「なんだ、食欲がないのか。そのニンジンは姫がくださったんだぞ」
ニンジンは美味しい。
だけど、ひんひんと鳴いてみても人間と馬とではイマイチ気持ちは伝わらない。
「お前、最近元気がないな。獣医は異常がないと言ってたが、別の医者を呼んでみるか」
ゴールドシッターは、少しだけしょんぼりとして真っ黒なご主人の髪をはむはむとした。イタズラ好きな死霊たちが「いいぞ、やってやれ」とやいのやいのと楽しそうにしている。
そんな存在を前はよく見ていて「意外と愛嬌があるな」と笑っていたご主人が今はチラリとも見やしない。ゴールドシッターはそれを少し残念に思った。
「こちらにいらっしゃいましたか」
そんな厩舎にやってきたのは、従士であるギネスだった。
「カーリズ公爵がお呼びですよ。お早く」
カーリズ公爵、という名前を聞いて、ご主人はパッと顔をあげた。
カーリズ公爵というのは、最近知り合った人物で、ご主人の出世の世話をしてくれる人間なのだ。
「すぐに行く」
いそいそと厩舎を出て行くご主人の眼は、過去ではなく未来をみている。
ご主人は、えらい人間になりたいのだ。
誰にも頭を下げる必要がないくらい、えらくなりたいのだ。
今まで自分が頭を下げてきた全員を見返すことができるくらい、高みに登りたいのだ。
……ゴールドシッターのご主人には、そんな欲があるのだ。
賑やかな商会での一件の後、馬房に落ち着いたゴールドシッターは美味しいニンジンをもらっていた。
ゴールドシッターは知っている。あの優しいお姫様がくれたのだ。
「よしよし、しめしめ」
ご主人のサイラスはそう言って柵の前で本を広げた。恋愛小説――ではなく、領地経営についての本だ。ご主人は領地をもらえるかもしれないので、勉強中らしい。
周囲にはフワフワとした霧のような影のような死霊がいて、何をしてるのかと見守っている様子。
ゴールドシッターのご主人は変わった。
前はよく訪れていた南の土地にはぜんぜん行かなくなったし、前はつけていなかった人工的な香りをつけているし、旅をしなくなった。
南の土地にいたときは泥や埃にまみれていたのに、今はあまり汚れたりしていない。ご主人が嫌っていた貴族の格好をして、貴族みたいな顔をしている。
前は夜に顔を寄せて話しかけてきたり、一緒に眠ったりしていたのに、そんな機会も減ってしまった。
出かけるときに魔法生物に騎乗することも増えて、お留守番をすることが多くなった。世話をするのも他人任せにすることが頻繁にある。一日に一度も会いにこないことも……。
だから、ゴールドシッターはちょっと寂しい。
空が飛べたら、ご主人はまた自分を好きになってくれるだろうか。
魔法生物たちは空が飛べる。
ゴールドシッターよりも便利なのだ。
だからきっと、ご主人は自分よりも魔法生物たちが気に入ったのだ。
「なんだ、食欲がないのか。そのニンジンは姫がくださったんだぞ」
ニンジンは美味しい。
だけど、ひんひんと鳴いてみても人間と馬とではイマイチ気持ちは伝わらない。
「お前、最近元気がないな。獣医は異常がないと言ってたが、別の医者を呼んでみるか」
ゴールドシッターは、少しだけしょんぼりとして真っ黒なご主人の髪をはむはむとした。イタズラ好きな死霊たちが「いいぞ、やってやれ」とやいのやいのと楽しそうにしている。
そんな存在を前はよく見ていて「意外と愛嬌があるな」と笑っていたご主人が今はチラリとも見やしない。ゴールドシッターはそれを少し残念に思った。
「こちらにいらっしゃいましたか」
そんな厩舎にやってきたのは、従士であるギネスだった。
「カーリズ公爵がお呼びですよ。お早く」
カーリズ公爵、という名前を聞いて、ご主人はパッと顔をあげた。
カーリズ公爵というのは、最近知り合った人物で、ご主人の出世の世話をしてくれる人間なのだ。
「すぐに行く」
いそいそと厩舎を出て行くご主人の眼は、過去ではなく未来をみている。
ご主人は、えらい人間になりたいのだ。
誰にも頭を下げる必要がないくらい、えらくなりたいのだ。
今まで自分が頭を下げてきた全員を見返すことができるくらい、高みに登りたいのだ。
……ゴールドシッターのご主人には、そんな欲があるのだ。
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