上 下
108 / 384
2、協奏のキャストライト

105、青空の商会戦線1~ふたつの契約と王妹の剣

しおりを挟む
 ここに、二人の王族がいる。
 それぞれ空国の王兄と青国の王妹として愛国心を抱いて、向かい合っている。

「われわれ二国は、元を辿れば、ただひとつのカントループの国だったのです。オルーサの支配下に置かれてからなぜか二つに分かれたようですが、カントループはどちらの国の民も愛しいと思っています」
 
 ハルシオンは商業神の聖印をお守りのように握りしめ、外した仮面を見つめた。自分とカントループは別なのだ、と意識している。だから「私」と言わずに「カントループ」と言うのだ。フィロシュネーにはそう思えた。
 
「ですから、青国と手を結んで二国の立場を強くする、というアルブレヒトの方針には大賛成なのですよ」
「わたくしも、空国とは仲良くしたいと思っていますわ」

 兄アーサーから届いた手紙の内容は、理解している。
 フィロシュネーが微笑めば、ハルシオンは嬉しそうに指を折りながら考えを共有してくれた。
 
「仲良く一緒に紅国に恩を売りましょう、シュネーさん。まず……私が解呪用の魔導具を開発すると、私はノイエスタルさんにひとつ恩を売れますね」
「そうですわね」
「解呪用の魔導具開発はノイエスタルさんとの契約です。彼は報酬を払い、魔導具を使って手柄を立てるでしょう。問題解決、めでたいですね! でも、それですと紅国の騎士が問題を解決しただけになってしまい、われわれは紅国に恩が売れないのです」

 なんだか話の方向性があやしい。あれえ?
 フィロシュネーはどきどきした。ハルシオンは反応をうかがうような目をしている。

「シュネーさん、……せっかく紅国が何に困っていてどうしたいのかわかっているのですから、恩を売る機会は逃したくありませんよねえ?」 
「お待ちになってハルシオン様」
「待ちません! よい子のシュネーさん、お話は最後まで聞いてください!」
 ハルシオンは拒絶される前にと指を立てた。
  
「私はなにも、お手柄を横取りしたり商売上の契約違反をするつもりはないのですよ。依頼いただいた魔導具はつくりますし、納品いたします。ただ、そこで終わらずにもっとサービスしてあげるのです。ノイエスタルさんもにっこりではないでしょうか?」

「サ、サービスをしてあげる?」
「ええ! 助けて差し上げるのです。ミランダ! 紙とペンを」
 
 ハルシオンが書類をしたためる。

『この契約書は、下記に署名する各当事者(以下「契約当事者」と称す)の神聖なる家系の名誉と繁栄のために、協力と共同の精神に基づき締結されるものである。
 本契約の目的は、契約当事者間の協力関係を築き、双方の王国の繁栄と発展を促進することである……』

 差し出されたのは、契約書だ。
(これは軽率にサインはできないわよ、シュネー。あやしい文章がないかちゃんと読むのよ) 
 ハルシオンは親しいが、油断していると何をしでかすかわからない相手でもある。フィロシュネーは隅々まで文章を読み込み、ペンを執った。

「念のため一文を加えてもよろしいでしょうか、ハルシオン様?」
「どうぞ、シュネーさん」
 ハルシオンがニコニコと頷いた。
「では」

『共有された情報は機密情報として取り扱われ、他者に漏洩することはない』
 これは大切なことね――フィロシュネーは文を書き足した。

「シュネーさん、せっかく考えてくださったところ申し上げにくいのですが、その文……情報を活かしにくいですね」
「あら」  
 ハルシオンは文をさらに書き足した。

『共有された情報は、契約当事者および契約当事者が指定する信頼できる者に対して、共同の目的の達成に必要な範囲内でのみ機密情報として取り扱われる』 

「これでいかがでしょうか、シュネーさん」
「……よいのではないかしら」
 フィロシュネーは頷いて、自分が先に書いた文に訂正線を引いた。
 
 サインを交わすと、ハルシオンは嬉しそうにはにかんだ。
「形のなかった私たちの関係が、契約の形で目に見えるようになりましたね。素晴らしい! この一枚のもたらす、私とあなたが協力関係にあるという安心感といったら……」
 

 ――こうしてこの日、二人は協力関係を結んだのである。
 

 * * *
 
 
 明るい夏の日差しを受けて、白銀の髪がきらきらと煌めく。
 フェニックスに化けたダーウッドがフィロシュネーのそばで神々しさを演出すると、集まった騎士たちは感極まったように吐息をこぼし、表情を引き締めて真剣に耳を傾けた。

「カントループ商会は、先の二国間紛争で窮地のわたくしを保護してくださった商会です。彼らは今、紅国の悪い商会に目を付けられているみたいなの。おかわいそうに」
 
 フィロシュネーは愛らしく声を響かせた。
 
「わたくし、自分の騎士団を動かしてカントループ商会をお手伝いして差し上げたい気分なの。困っているときは、お互いさまだもの……! 外交官を通して紅国に騎士団の活動許可をおねだりしたら、こころよくお許しくださいましたわ」

 というのが、騎士団を動かす表向きの事情だ。

「安心して武勇をふるってくださいませね」
 
 フィロシュネーは筒杖を指揮杖のように振った。
 フェニックスの姿に化けたダーウッドが杖の動きに指揮されるように上空を飛翔して火の粉をきらきらと降らす。煌めく火の粉は空中で溶けるように消えていく。
 
(綺麗ね)
 フィロシュネーは感嘆した。  
(触れても熱くない。わたくしの小鳥さんは、器用ね) 
 
 その幻想的で神々しい演出は騎士たちの士気も高揚させている。演出を台無しにしないように、フィロシュネーは優雅に声を響かせた。
 
「わたくしに加護をくださる神鳥様は、真実を教えてくださいます。青空と神鳥の加護のもと、太陽の妹、青王アーサーの杖、聖女にしてエリュタニアの王妹にしてノルディーニュの友、フィロシュネーが唯一絶対の正義を掲げましょう」 

 氷雪騎士団が一斉に剣をかかげる。元が寄せ集めの騎士たちは、毎日誇らしげに練習してきた動作をそれはもう張り切ってやって見せた。

「我らは王妹殿下の剣にして、大空と海を統べる王者の盾。胸に宿りしは、勇気と」
 シューエンが凛々しく唱えると、「よしきた!」とばかりに声が続く。
「博愛!」
「高潔!」
「信念!」

「正義は我らにあり!」
 溌剌とした声がピッタリ揃うと、聞いている側も背筋が伸びる。

(よくできました)
「卿らの献身と努力を誇らしく思います」
 
 フィロシュネーはにっこりと微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

殿下!婚姻を無かった事にして下さい

ねむ太朗
恋愛
ミレリアが第一王子クロヴィスと結婚をして半年が経った。 最後に会ったのは二月前。今だに白い結婚のまま。 とうとうミレリアは婚姻の無効が成立するように奮闘することにした。 しかし、婚姻の無効が成立してから真実が明らかになり、ミレリアは後悔するのだった。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m

愛されなかった公爵令嬢のやり直し

ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。 母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。 婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。 そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。 どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。 死ぬ寸前のセシリアは思う。 「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。 目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。 セシリアは決意する。 「自分の幸せは自分でつかみ取る!」 幸せになるために奔走するセシリア。 だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。 小説家になろう様にも投稿しています。 タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

夫が離縁に応じてくれません

cyaru
恋愛
玉突き式で婚約をすることになったアーシャ(妻)とオランド(夫) 玉突き式と言うのは1人の令嬢に多くの子息が傾倒した挙句、婚約破棄となる組が続出。貴族の結婚なんて恋愛感情は後からついてくるものだからいいだろうと瑕疵のない側の子息や令嬢に家格の見合うものを当てがった結果である。 アーシャとオランドの結婚もその中の1組に過ぎなかった。 結婚式の時からずっと仏頂面でにこりともしないオランド。 誓いのキスすらヴェールをあげてキスをした風でアーシャに触れようともしない。 15年以上婚約をしていた元婚約者を愛してるんだろうな~と慮るアーシャ。 初夜オランドは言った。「君を妻とすることに気持ちが全然整理できていない」 気持ちが落ち着くのは何時になるか判らないが、それまで書面上の夫婦として振舞って欲しいと図々しいお願いをするオランドにアーシャは切り出した。 この結婚は不可避だったが離縁してはいけないとは言われていない。 「オランド様、離縁してください」 「無理だ。今日は初夜なんだ。出来るはずがない」 アーシャはあの手この手でオランドに離縁をしてもらおうとするのだが何故かオランドは離縁に応じてくれない。 離縁したいアーシャ。応じないオランドの攻防戦が始まった。 ★↑例の如く恐ろしく省略してますがコメディのようなものです。 ★読んでいる方は解っているけれど、キャラは知らない事実があります。 ★9月21日投稿開始、完結は9月23日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

処理中です...