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2、協奏のキャストライト

91、わたくしたち、今ちょっと物語に出てくる悪役みたい

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 魔法チェスの対戦を断ってはダメかしら?
 
「だってわたくし、チェスのたしなみが、その……控えめに言って、いまいちです。得意ではないのよ、負けちゃうわ。これは嫌がらせね? スーン男爵令嬢は、チェスがお得意なのでしょう?」
 ノーウィッチ外交官は、威勢よく声を張り上げた。
「確かに王妹殿下が無教養だと知られれば青国が軽んじられてしまいますッ、国家の恥ですッ!」
「あなた、外交官のくせに言葉選びが大胆ですわね? 言葉の選び方が不適切でしたら、友好的になれる相手とも険悪になってしまいます。国家の一大事ですわよ」
「気を付けます!」
 返答はきっぱりしていて、威勢がいい。この外交官、武官のほうが向いているんじゃないかしら。  
「とにかく、わたくし、全力で辞退します。敵の得意分野と自分の苦手分野で戦うおばかさんがいるものですか。わたくしには、断る権利がありますわ!」
 
 自国を不安に思いつつ、フィロシュネーは会話をつづけた。
 
「しかし、姫殿下。青国の紅国への外交方針は『感謝と友好』なのですよ。交流を通して関係修復したいとの申し出を突っぱねたら青国の印象が悪くなってしまいます!」
「むむっ。考えさせてくださるぅ……?」
「承知いたしました! ところで姫殿下、なぜ預言者どのがこちらに?」
 
 ノーウィッチ外交官の視線の先には、魔力回復薬をティーカップに入れて優雅に味わうダーウッドがいる。
 
「あなた、疲れているのよ。わたくしには見えません。幻です」
 フィロシュネーは誤魔化した。なのに。
「ン、この魔力回復薬はいちご味なのですな。あま……」
「姫殿下、幻がしゃべりましたッ!!」
「わたくしには聞こえません。幻聴です! ゆっくり休んで!?」
   
 外交官を退室させた後、ダーウッドがいそいそと進言してくる。
 
「お受けなさいませ、姫殿下。当日は堂々と王者の振る舞いをなさり、余裕で勝利をおさめるのです。紅国の民の中にはわが国を暗黒郷と呼び、さげすむ者も多い――これは姫殿下が高貴で教養深く、叡智えいちにあふれる王者なのだと見せつけるチャンスです」
 
 勝利を想像すると気持ちいい。フィロシュネーはうっかり頷きそうになった。
 
「わたくしが教養深く叡智にあふれる王者だったらそうしたいのだけど。わたくし、あいにく教養にも叡智にも自信がないの」
「ご安心ください、私が姫殿下になりすましましょう。メアリーごときには負けません」
「ええっ、それは危険ではないかしら?」

 フィロシュネーは嫌な予感がした。
 
「現在、紅国とわが国の関係は、わが国側が格下。子分状態でございますな。紅国の女王は野心のないご様子ですが、彼女の後継者が野心を抱かないとは限りません。舐められてはいけないのですぞ」
「それはそうね」
 ダーウッドはいつになく熱のこもった声で語りつづける。
「これからは紅国の格をどんどん下げ、自国の格はどんどん上げるのです。今は格下国家ですが、ここから追いついて追い越すのでございます、姫殿下」
「ダーウッド。上げるのはいいけれど、下げる発言は危険だと思うの」
「もちろん、秘密のお話でございますぞ。よろしければ預言いたしましょう、『百年後、紅国は青国の属国となっております』」
「それ、単なるあなたの願望よね? 嘘つきさん、その預言はぜったいにこのお部屋の外に漏らしてはいけないわ。……わたくしたち、今ちょっと物語に出てくる悪役みたい」 
 
 フィロシュネーは過去に読んだ物語に出てくる悪役の悪だくみシーンを思い出してドキドキした。その気持ちを察してか、ダーウッドは黒い笑顔を浮かべて袖の下を差し出す真似をしてくれる。差し出すのは魔力回復剤の小瓶だけど。
 
「ククッ、姫殿下に気づかれてしまいましたか。実は私は邪悪な臣下なのです……こちらは賄賂でございますぞ、今後ともよしなに」
「あら、あら。うふふ。よきにはからいなさいな!」
 悪役ごっこ遊びって楽しい。フィロシュネーは悪役気分を満喫してから、大切な話に戻した。
 
 フィロシュネーは紙とペンを示した。 
「さてダーウッド、わたくしが何を書いてほしいか、おわかりね? ちゃんと書けたら、おみやげの魔宝石をさしあげます。チェスの件も考えてみますわ」
「お任せあれ」
 ダーウッドは白い紙に文字を書いた。すらすらと書く手の動きには、迷いがない。
「素晴らしいわ。以心伝心ね」

 フィロシュネーは文字をのぞきこんだ。
『親愛なるアーサー陛下へ』
(あら、これはお兄様へのお手紙ね。思っていたのと違うけど、まあいいでしょう。確かに、お手紙も必要だわ! わたくしも書かなくては)
 
 フィロシュネーには、兄と預言者が親密な印象がない。
 兄が少年時代に預言者にそむいて痛い目にあったのは、青国では有名な話だ。
(あまり良好な関係ではないのでは、とコッソリ心配していたけど、ちゃんとお手紙を書いてえらいわ! どんなことを書くのかしら)
 
 書かれた文字は……。
辞意書じいしょを提出させていただきます』
 
「っ!?」
 フィロシュネーは動揺を抑え込んだ。この手紙は、「お仕事辞めまぁす」という意思表明だ。辞表ともいう。 
(辞めるのぉ!?)
 見守っていると、さらさらと辞表がつづられていく。  

『モンテローザ公爵を筆頭に、青国には愛国の名士がそろっております。信頼できる臣下を頼り、紅国の指導のもとに紅国風の法律や制度を取り入れて、よき王におなりください』

(やだ、真面目な感じ。なになに?)
 
『青王陛下が預言者に頼らず国を統治するためには、法律や制度が整備される必要があり』

『教育を強化することで国民が自分たちの政治についてより理解を深め、適切な政に対する正統な支持を集めることが可能になるばかりか、人材の質と量も増強することができます』

『預言者がいなくても、優秀な人材を用いれば……』

(ほ、本気の温度感だわぁ)
 フィロシュネーはどきどきしながら手紙に署名と日付が書かれるまでを見守った。

「あ、あのね、ダーウッド。わたくしが書いてほしかったのは、≪輝きのネクロシス≫のメンバーについてです」
「おお」
 おお、じゃないっ。
 フィロシュネーはどんなリアクションをしていいのかわからなくなりつつ、ひとまず辞表は預かっておいた。 

「まず、移ろいの術が使えるのは、私を含めて五人しかいません」
「あら。五人だけ?」
「とても高度で繊細な技術ですからな」
 ダーウッドはそう言って新しい紙に名前を書いてくれた。

『移ろいの術の習得者』

『ゼシカ・ウィンタースロット』
『メアリー・スーン』
『フェリシエン・ブラックタロン』
『アレクシア・ブラックタロン』
『カサンドラ・アルメイダ』

 ……と。

(これじゃ、あなたを入れると六人じゃない?)
 突っ込んでいいものかどうか、フィロシュネーは迷った。
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