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2、協奏のキャストライト

87、ノイエスタル卿のデートはドラゴンと呪術師退治ですか

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 サイラスはウィンタースロット男爵令嬢を拘束しながら、青い鳥のダーウッドをとても嫌な生き物をみるような目でチラチラと見た。
 
「こ、この鳥さんは悪い鳥さんじゃないわよ。そんな怖い目で見ちゃいけません」
「俺は青い鳥に嫌な思い出があるんです」
 言い訳するように言って、サイラスは視線を逸らした。
 
「姫に危ない玩具を使われずに済んでよかったです……お怪我はありませんね?」
「わたくし、とっても無事よ。サイラスもお怪我はない? ドラゴンって、大きくて怖いのね」
「あれはフレイムドラゴンといって、ミストドラゴンよりも狂暴な種類のドラゴンなのです」
 
 フィロシュネーが「危ない玩具で遊びません」と約束させられるのを背景に、ダーウッドはぱたぱたと逃げていった。
「私はただの鳥ですぞ、私は無関係の通りすがりの野鳥さんですぞ、さようなら」
「そんな主張をする鳥さんがいますかっ」
 ふざけているのかしら? 本気なのかしら? フィロシュネーは悩んだ。
 
 サイラスはそれを見送り、複雑そうな表情を浮かべている。
「姫、あれは本当に味方の密偵さんなのですね?」
「ええ。そうよ。わたくし、保証します」
 
 サイラスが足元に落ちている魔宝石を示す。
 フィロシュネーはそこに大量の魔宝石、キャストライト――ミストドラゴンの石があることに気付いた。

 一匹一匹解呪すると、どれも小さめのドラゴンで、感謝するように鳴いて飛んで行った。

「俺が見ていた限り、あの密偵さんがミストドラゴンを石にしていましたよ」
「あなたは、見えていたのね。わたくし、声しか聞こえていなかったの」
「この令嬢も呪術師ですね。フレイムドラゴンを騎乗用の魔法生物みたいに乗りこなして、子ドラゴンを捕まえて地面に並べていました。それを姫の密偵さんが順番に石に変えていったのです。全部変え終わったところで、フレイムドラゴンをけしかけたようでしたが」
 
 サイラスが空に向けて鮮やかな赤い光の華を咲かせる魔法を撃つと、部下の騎士たちがやってきた。
 
「この令嬢は呪術師だ。ドラゴンを捕えて石に変えていた」
 さりげなくウィンタースロット男爵令嬢が石に変えていたことにしている。フィロシュネーはコッソリとサイラスに感謝した。 
 
 従士ギネスが驚いて、嘆くように呟いている。
「ノイエスタル卿のデートはドラゴンと呪術師退治ですか! 女王陛下の寵姫様方が知ったらショックで倒れちゃいますよ、色気も浪漫もありませんね。お姫様が怖がって破談になってしまいます。こりゃいけません。再教育コース間違いなしです」
 
 フィロシュネーは心配になった。
「再教育って何かしら。サイラス、大丈夫? 今どんなお気持ち? わたくしに破談にされるのが心配?」
「姫、再教育については気にしてはいけません……」
 サイラスは少し考えて、学習能力を発揮した。
「俺は姫との縁談が破談になるのを、とても心配しています」
「まあ!」
 ちょっと棒読み。
「破談にしないでください」
「ええ、ええ。いいわよ、わたくし、破談にしないから安心なさって!」
 フィロシュネーはさっきまでの怖かった気持ちが時間と共にどんどん薄れていくのを感じながら笑顔を浮かべた。

「紅都に戻りましょうか」 
 サイラスはクラウドムートンにフィロシュネーを乗せて、ギネスに後事を任せた。 
「この場の後始末と、呪術師令嬢については部下に任せましょう。ところで姫、解呪の方法は姫が接吻する以外にないのですか? とうとき唇を安売りするようで、見ていると胸が痛みます」
「わたくしも、作業みたいにキスするのはちょっと……って思えてきたところよ……」  

 
 * * *
 
 騎士たちに囲まれて紅都に戻ったフィロシュネーは、クラウドムートンに騎乗してアンブレラ・スカイストリートというカラフルな傘が並んでいる通りを飛翔した。傘の隙間に学友たちを見つけて、フィロシュネーはホッとした。

「セリーナ、婚約は、破棄しよう。メアリーを愛してるんだ」
「で、では、メアリーさんと婚約するのですか?」
「いいや? メアリーはみんなのものだから、独り占めなんてできない。でも、それでいいんだ」
「え、えええっ」  

 セリーナが貴族風の青年と話している。
「……何か、揉めている?」
 フィロシュネーは学友たちに近付きながら声を聞いた。
 
 セリーナとオリヴィア、それにシューエンが、紅国の集団と言い合いをしている。

「あなた、スーン男爵令嬢でしたかしら? 貴族の婚姻というのは、個人の感情でするものではありませんわ。家同士の結びつきを強めたり、国家間の政治的意図で行うのです」
 
 オリヴィアが高らかに名前を呼ぶので、フィロシュネーは止めている相手が誰なのかに思い至った。セリーナの婚約者を奪ったメアリー・スーン男爵令嬢と、その取り巻きだ。

「こ、こわぁい――い、いじめ、ないで……っ」 
 メアリーは、傷ついた顔をして目に涙を浮かべた。いかにも「か弱くて繊細」といった雰囲気で涙ぐむメアリーを、取り巻きらしき男性たちが心配している。
「メアリー!」
「大丈夫だよ。俺たちがついている!」
(あっ! ちょっと、あのメアリーとやら、今セリーナにだけ見えるようにペロッと舌を出して笑いましたわよ!?)
 フィロシュネーは見てしまった。意地悪な黒い笑顔を! 
「わ、私はただ……っ、みんなが、おうちのために結婚するのが、さ、さ、寂しいって、おもって。貴族の家の子供って、政治の駒でしかないのでしょうか? ひっくっ、ぐすっ、私は、世界中の誰もが自分の意志で相手を選べるといいと思うん、ですっ……!」
 
「メアリー! わかるよ、その気持ち。女王陛下だって、自由恋愛推進派なんだ。時代遅れの青国が悪いのさっ! 泣かないでくれ……」 
 そんなメアリーの肩を労わるように抱き寄せてセリーナに厳しい視線を向ける青年がいる。
「クリストファー・ウェストリー伯爵公子。なぜご自分の婚約者の前で、他の令嬢の肩を抱きますの」
 オリヴィアの声に、フィロシュネーは眉を寄せた。
(あの方、セリーナの婚約者ね。うわぁ)
 クリストファーは全身で「メアリーの味方です」とアピールしているように見える。セリーナを見る眼は、とても婚約者を見る眼ではない。
 
「セリーナ、すまない。友人と一緒になってメアリー嬢を傷つけるのは、やめてくれないか」
「えっ」
「今回だけじゃないよね。知ってるんだ。セリーナがメアリ―嬢に嫉妬して嫌がらせをしているのを……」
 
 セリーナは、ショックを受けた表情で婚約者を見つめた。
「わ、私、紅国に来たばかりです。なにもしてませんっ」
「罪を認めないんだね。哀しいよ。シェイドさん、言ってやってください」 
 クリストファーが視線を向けると、シェイドと呼ばれた狼の耳と尻尾を持つ獣人の青年が杖をセリーナに向けている。
「あなたの父君が商会長であるメリーファクト商会が、スーン家御用達のクラーケン商会に嫌がらせしているのですよ!」

 ……わたくしのお友達に、なにを言いがかりつけていますのよ!
「姫、その玩具はしまってください」
 サイラスの声に、フィロシュネーは笑顔を返し、筒杖の先を上に向けた。
「人には当てませんわ」
 
 ――パァン! 
 
 止められるより前に筒杖を撃てば、快音が鳴り響く。
 爆発光と爆音に、地上の人々が驚いて空を見上げる。

「なるほど、『お兄様の真似』……」
 サイラスが呟く声を耳にしながら、フィロシュネーは指輪の魔法を解いて王族の瞳をあらわにした。
 
「ごきげんよう! わたくし、フィロシュネーと申します。こちらの騎士様とドラゴンを退治してきた帰りなのよ。ご存じ? この騎士様、ローズ女王陛下の騎士なのぉ。悪い人に『めっ』ってしたりするのがお仕事なのよ」
 
 自分を見上げる人々が、ぽかんと口を開けている。フィロシュネーはそんな地上へと、愛らしい笑顔を向けた。
 
「うふふ。あなたたちは、何をしているところでしたかしら? ご参考までに、わたくしの趣味は正義の執行です! 好きな処刑方法は死刑なの」

「ひどい自己紹介だ……」
 サイラスがそっと呟く声が風に乗って高い空へとのぼっていく……。
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