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2、協奏のキャストライト
80、フェニックスとモール温泉、ドラゴンは音楽が好き
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紅都ミスティカには、ふんわりとした霧が立ち込めていた。
「姫様、ノイエスタル準男爵様はとても姫様に優しいのですね」
「品の良い方ではありませんこと?」
道中の思い出を語りながら、オリヴィアとセリーナが馬車の窓から街並みを鑑賞している。
「ふふ。そ、そうでしょう、そうでしょう?」
婚約者候補を褒められると、とても気分がいい。フィロシュネーは上機嫌でニコニコした。
「セリーナ、あ、あまり顔を出しては、はしたないですわ」
「そ、そうですねオリヴィア。アッ、姫様! 街道で旗を振っている人がいますよ」
以前、初めて紅都を訪れた時は戦時でもあり、はしゃぐ余裕がなかった。けれど、こんな風に明るい声で好奇心を見せる同年代の友達に囲まれていると、わくわくする。
「歓迎してくださっているのね」
フィロシュネーが顔を隠しつつ外を覗いてみると、紅国の旗と青国の旗を一緒に振って、民が歓迎してくれている。たくさん並んで、歓迎の言葉をかけている。
「青国の方々、わが国へようこそ!」
「両国の友好に女神の祝福を!」
馬車の中で顔を輝かせるフィロシュネーたちの耳には、噂話もちらりと届く。
「フェニックスの加護を持つ聖女様だが、フェニックスはいなくなってしまったらしい」
「女王陛下の騎士と禁断の恋に落ちたという噂……」
「悪しき呪術師の正体を見抜いたのは聖女様らしいぞ」
色々な噂が囁かれている!
「他国の方も、私たちと同じ人間ですね姫様? 噂話が大好きですね」
セリーナの言葉にフィロシュネーは共感した。
そこに。
「フェニックスだ!」
驚き、叫ぶ声が聞こえる。
馬車が一瞬、動きを止める。
車窓の外に火の粉を振り撒く大きな鳥が飛翔するのが見えた。
全身赤く輝く鳥は、美しい。悠々と羽を上下させる姿は、神秘的だ。
その姿は、呪術師オルーサを討伐した時に神鳥が変身した、成鳥の姿に似ていた。紅国では、「フェニックス」と呼ばれる魔法生物だ。
「フェニックスがこんな街中に飛んでくるなんて」
「初めて見た……!」
人々が驚く声によると、あまり人前には姿を見せない生き物らしい。
「馬車の周りを飛んでる……」
フェニックスは、馬車の周囲をふわふわと飛んで、どこかへと姿を消した。
「フェニックスの聖女様だ」
「フェニックスはいなくなっていないのだな」
馬車の外では、そんな声が目撃者の興奮を伝えた。
「姫様! 神鳥様ですわね!? わたくし、初めて拝見しました。感動です!」
「姫様は本当に神鳥様に愛されていらっしゃるんですね」
学友たちも大興奮。そんな中、フィロシュネーは曖昧な笑顔を浮かべつつ、そっと首をかしげた。
(今のは、神鳥様なのかしら?)
ハルシオンがつくってくれた奇跡を行使するための仕掛けが消えたとき、フィロシュネーは神鳥との縁も切れたように感じたのだ。神鳥は、消えた。フィロシュネーはそう思っているのだ。
「フェニックスは、珍しいのです」
「ドラゴンよりも?」
「ドラゴンよりも」
馬車が迎賓館『ローズウッド・マナー』に到着すると、サイラスが馬車から降りるフィロシュネーの手を取り、エスコートしてくれる。
「馬車を燃やされるかと警戒しましたが、何もせずに周囲を飛んで去っていったようで」
サイラスも、あのフェニックスが神鳥だとは思っていないようだった。
「明日は、紅都をご案内します。お迎えに参りますね」
約束を取り付けて手の甲にキスを贈る仕草は優雅で、フィロシュネーは頬が熱くなるのを感じながら、そっと頷いたのだった。
* * *
青国の一行が滞在するのはそんな紅都の迎賓館『ローズウッド・マナー』。
ドーム型の屋根と、彩色ガラスが散りばめられた大きな窓が特徴の、ロマンチックなムードのある洋館だ。
夕食までを終えて大浴場の湯に向かったフィロシュネーたちは、広々とした空間に顔をほころばせた。後ろをぞろぞろとそれぞれの世話係がついてきて、身体や髪を洗ってくれる。
「紅国に入浴文化があってよかったですわ」
「ええ、ええ。紅都周辺ではモール成分の温泉が湧くので、入浴文化が民にも根付いているのだとか」
青国の王侯貴族は、大きな浴場でたっぷりの湯に浸かるのを楽しむ文化を持っている。
「空国だと、お風呂があまり一般的ではないのですって」
オリヴィアは秘密の話をするように声を潜めた。セリーナはニコニコと頷く。
「空国は、魔法で汚れを清める『浄化屋』という商売ですとか、身体や衣類、部屋用の香料がとても売れるってお父様が教えてくれました」
フィロシュネーは相槌を打ちつつ、コッソリと体型を気にした。
(わたくしのお胸さん……いちばん、慎まやか……)
貴い血統を時代につなぐために婚姻する青国の上流階級社会では、発育がよく男性の肉欲を煽れる身体つきが貴族の女性にとって望ましいとされている。
いわゆる、出るところは出て引き締まるところは引き締まる体型のために、日頃からコルセットに身を包んだり、食事に気を使ったり、美体マッサージを受けたりと日々努力しているのだ……。
(これは王族の特徴だから仕方ないの)
フィロシュネーはこっそりと自分の身体と学友たちの発育具合を見比べて敗北感に打ちひしがれながら、浴槽に向かった。
湯は真っ黒で、ぬるぬるしている。
両手でお湯をすくってみると、お湯の色が手のひらを褐色に見せていて、きれい。
「このお湯、すべすべしますわ!」
「真っ黒ですね……!」
ちゃぷりと身を沈めるオリヴィアとセリーナが両隣で同じようにお湯をすくって眺めている。
身体を包むように温かさが広がり、疲れが癒やされていくのを感じる。
「肌がつるつるです」
湯の中で自分の身体を撫でてみると、ぬるぬるのつるつる!
「雪が降っているのかと思って空を見たら、羊が空を飛んでいたんです」
セリーナが明るい声で今日の思い出を語る。
「お魚も飛んでいましたわ。それに、神鳥様!」
「神鳥様は素晴らしく美しかったですわね……!」
きゃあきゃあと華やぐ声が浴場に反響する。
「それに、ノーブルクレスト騎士団の騎士たちの素敵なことと言ったら……」
「あら。我が国の氷雪騎士団も素敵です!」
セリーナとオリヴィアが他国への憧憬と愛国心を衝突させる中、フィロシュネーは誘ってみた。
「入浴を楽しんだあとは、少しだけ楽器を練習しません?」
音楽祭で披露する曲は、『子犬のワルツ』。
小さな子犬がコロコロ転がるように遊ぶ情景を思わせる、明るい曲だ。
セリーナがピアノの鍵盤の上で指を踊らせて、オリヴィアがヴァイオリンを奏でる。
「わたくしの婚約者は、ヴァイオリンを弾くと眠ってしまうのよ」
オリヴィアが自分の婚約者の惚気をしてから、青国の話をする。
「他の令嬢方は、今ごろ青国で至高の花の座をめぐって火花を散らしているに違いありませんわ」
「至高の花?」
「青王陛下のお妃様の座ですわ」
なるほど、とフィロシュネーは納得した。
兄はそういえば、王妃も婚約者もいないのだ。
アレクシア・モンテローザ公爵令嬢という婚約者が決まったことがあったのだが、公爵家の権勢が強くなりすぎると問題の声が上がったりしていた。
父、青王クラストスが「すぐに事態は落ち着くよ」と微笑んだのを思い出して、フィロシュネーは懐かしい気分になった。
父は反対している貴族を粛正するのだろうか? と予想していたフィロシュネーの耳には、「元々病弱だった公爵令嬢が病死した」という悲しい知らせが届いたのだった。
ハープを爪弾きながら、フィロシュネーは子ドラゴンが楽しそうに尻尾を揺らしていることに気づいた。
「この子、音楽が好きなのかしら」
「くるるる、るぅ……♪」
セリーナやオリヴィアも気づいて、演奏したり手を伸ばして撫でてみたりする。
「わたくしにも懐いてくれてますわ、姫様」
「名前をつけたらダメでしょうか、姫様~?」
子ドラゴンに夢中になって、練習時間は過ぎていった。
「姫様、ノイエスタル準男爵様はとても姫様に優しいのですね」
「品の良い方ではありませんこと?」
道中の思い出を語りながら、オリヴィアとセリーナが馬車の窓から街並みを鑑賞している。
「ふふ。そ、そうでしょう、そうでしょう?」
婚約者候補を褒められると、とても気分がいい。フィロシュネーは上機嫌でニコニコした。
「セリーナ、あ、あまり顔を出しては、はしたないですわ」
「そ、そうですねオリヴィア。アッ、姫様! 街道で旗を振っている人がいますよ」
以前、初めて紅都を訪れた時は戦時でもあり、はしゃぐ余裕がなかった。けれど、こんな風に明るい声で好奇心を見せる同年代の友達に囲まれていると、わくわくする。
「歓迎してくださっているのね」
フィロシュネーが顔を隠しつつ外を覗いてみると、紅国の旗と青国の旗を一緒に振って、民が歓迎してくれている。たくさん並んで、歓迎の言葉をかけている。
「青国の方々、わが国へようこそ!」
「両国の友好に女神の祝福を!」
馬車の中で顔を輝かせるフィロシュネーたちの耳には、噂話もちらりと届く。
「フェニックスの加護を持つ聖女様だが、フェニックスはいなくなってしまったらしい」
「女王陛下の騎士と禁断の恋に落ちたという噂……」
「悪しき呪術師の正体を見抜いたのは聖女様らしいぞ」
色々な噂が囁かれている!
「他国の方も、私たちと同じ人間ですね姫様? 噂話が大好きですね」
セリーナの言葉にフィロシュネーは共感した。
そこに。
「フェニックスだ!」
驚き、叫ぶ声が聞こえる。
馬車が一瞬、動きを止める。
車窓の外に火の粉を振り撒く大きな鳥が飛翔するのが見えた。
全身赤く輝く鳥は、美しい。悠々と羽を上下させる姿は、神秘的だ。
その姿は、呪術師オルーサを討伐した時に神鳥が変身した、成鳥の姿に似ていた。紅国では、「フェニックス」と呼ばれる魔法生物だ。
「フェニックスがこんな街中に飛んでくるなんて」
「初めて見た……!」
人々が驚く声によると、あまり人前には姿を見せない生き物らしい。
「馬車の周りを飛んでる……」
フェニックスは、馬車の周囲をふわふわと飛んで、どこかへと姿を消した。
「フェニックスの聖女様だ」
「フェニックスはいなくなっていないのだな」
馬車の外では、そんな声が目撃者の興奮を伝えた。
「姫様! 神鳥様ですわね!? わたくし、初めて拝見しました。感動です!」
「姫様は本当に神鳥様に愛されていらっしゃるんですね」
学友たちも大興奮。そんな中、フィロシュネーは曖昧な笑顔を浮かべつつ、そっと首をかしげた。
(今のは、神鳥様なのかしら?)
ハルシオンがつくってくれた奇跡を行使するための仕掛けが消えたとき、フィロシュネーは神鳥との縁も切れたように感じたのだ。神鳥は、消えた。フィロシュネーはそう思っているのだ。
「フェニックスは、珍しいのです」
「ドラゴンよりも?」
「ドラゴンよりも」
馬車が迎賓館『ローズウッド・マナー』に到着すると、サイラスが馬車から降りるフィロシュネーの手を取り、エスコートしてくれる。
「馬車を燃やされるかと警戒しましたが、何もせずに周囲を飛んで去っていったようで」
サイラスも、あのフェニックスが神鳥だとは思っていないようだった。
「明日は、紅都をご案内します。お迎えに参りますね」
約束を取り付けて手の甲にキスを贈る仕草は優雅で、フィロシュネーは頬が熱くなるのを感じながら、そっと頷いたのだった。
* * *
青国の一行が滞在するのはそんな紅都の迎賓館『ローズウッド・マナー』。
ドーム型の屋根と、彩色ガラスが散りばめられた大きな窓が特徴の、ロマンチックなムードのある洋館だ。
夕食までを終えて大浴場の湯に向かったフィロシュネーたちは、広々とした空間に顔をほころばせた。後ろをぞろぞろとそれぞれの世話係がついてきて、身体や髪を洗ってくれる。
「紅国に入浴文化があってよかったですわ」
「ええ、ええ。紅都周辺ではモール成分の温泉が湧くので、入浴文化が民にも根付いているのだとか」
青国の王侯貴族は、大きな浴場でたっぷりの湯に浸かるのを楽しむ文化を持っている。
「空国だと、お風呂があまり一般的ではないのですって」
オリヴィアは秘密の話をするように声を潜めた。セリーナはニコニコと頷く。
「空国は、魔法で汚れを清める『浄化屋』という商売ですとか、身体や衣類、部屋用の香料がとても売れるってお父様が教えてくれました」
フィロシュネーは相槌を打ちつつ、コッソリと体型を気にした。
(わたくしのお胸さん……いちばん、慎まやか……)
貴い血統を時代につなぐために婚姻する青国の上流階級社会では、発育がよく男性の肉欲を煽れる身体つきが貴族の女性にとって望ましいとされている。
いわゆる、出るところは出て引き締まるところは引き締まる体型のために、日頃からコルセットに身を包んだり、食事に気を使ったり、美体マッサージを受けたりと日々努力しているのだ……。
(これは王族の特徴だから仕方ないの)
フィロシュネーはこっそりと自分の身体と学友たちの発育具合を見比べて敗北感に打ちひしがれながら、浴槽に向かった。
湯は真っ黒で、ぬるぬるしている。
両手でお湯をすくってみると、お湯の色が手のひらを褐色に見せていて、きれい。
「このお湯、すべすべしますわ!」
「真っ黒ですね……!」
ちゃぷりと身を沈めるオリヴィアとセリーナが両隣で同じようにお湯をすくって眺めている。
身体を包むように温かさが広がり、疲れが癒やされていくのを感じる。
「肌がつるつるです」
湯の中で自分の身体を撫でてみると、ぬるぬるのつるつる!
「雪が降っているのかと思って空を見たら、羊が空を飛んでいたんです」
セリーナが明るい声で今日の思い出を語る。
「お魚も飛んでいましたわ。それに、神鳥様!」
「神鳥様は素晴らしく美しかったですわね……!」
きゃあきゃあと華やぐ声が浴場に反響する。
「それに、ノーブルクレスト騎士団の騎士たちの素敵なことと言ったら……」
「あら。我が国の氷雪騎士団も素敵です!」
セリーナとオリヴィアが他国への憧憬と愛国心を衝突させる中、フィロシュネーは誘ってみた。
「入浴を楽しんだあとは、少しだけ楽器を練習しません?」
音楽祭で披露する曲は、『子犬のワルツ』。
小さな子犬がコロコロ転がるように遊ぶ情景を思わせる、明るい曲だ。
セリーナがピアノの鍵盤の上で指を踊らせて、オリヴィアがヴァイオリンを奏でる。
「わたくしの婚約者は、ヴァイオリンを弾くと眠ってしまうのよ」
オリヴィアが自分の婚約者の惚気をしてから、青国の話をする。
「他の令嬢方は、今ごろ青国で至高の花の座をめぐって火花を散らしているに違いありませんわ」
「至高の花?」
「青王陛下のお妃様の座ですわ」
なるほど、とフィロシュネーは納得した。
兄はそういえば、王妃も婚約者もいないのだ。
アレクシア・モンテローザ公爵令嬢という婚約者が決まったことがあったのだが、公爵家の権勢が強くなりすぎると問題の声が上がったりしていた。
父、青王クラストスが「すぐに事態は落ち着くよ」と微笑んだのを思い出して、フィロシュネーは懐かしい気分になった。
父は反対している貴族を粛正するのだろうか? と予想していたフィロシュネーの耳には、「元々病弱だった公爵令嬢が病死した」という悲しい知らせが届いたのだった。
ハープを爪弾きながら、フィロシュネーは子ドラゴンが楽しそうに尻尾を揺らしていることに気づいた。
「この子、音楽が好きなのかしら」
「くるるる、るぅ……♪」
セリーナやオリヴィアも気づいて、演奏したり手を伸ばして撫でてみたりする。
「わたくしにも懐いてくれてますわ、姫様」
「名前をつけたらダメでしょうか、姫様~?」
子ドラゴンに夢中になって、練習時間は過ぎていった。
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