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2、協奏のキャストライト
71、ハルシオンが初めて外交官を縛った日
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迎賓館『アズールパレス』に再び夜の帳が降りる。
「っぎゃあああああああ!!」
悲鳴が人々の耳を騒がせて、夜間に皆が集まる先は、ルーンフォークの部屋であった。
「何事ですっ!?」
集まった人々は、目を疑った。
そこには、紅国の外交官カーセルド・ゾーンスミスがいたのだ。それも、全裸で麻縄でぐるぐると縛られて、床に転がっている。そんな外交官の傍らにしゃがみこんで木の枝で縄をつっついているのは、ハルシオンだった。
「お加減はいかがですかぁ。縄で縛るのは初めてですが、上達したら弟にも披露してみましょうかねぇ……」
カーセルドに問いかけるハルシオンの声は、優しくて研究熱心なお兄さんの声だ。
「はなせええええ!!」
カーセルドは羞恥で死んでしまいそうなくらい真っ赤になって吠えている。これにはミランダも「目撃者がこんなに……お金で許してもらうのは難しいのでしょうね」と深刻な表情だ。
「何事です……?」
ベッドの上で唖然とする夜着姿のルーンフォークは、状況をあまり理解していないようだった。
「俺は何もしていません。寝ていたら突然、窓から二人が飛び込んできました」
想像すると怖すぎる説明だった。
「みなさん、私がやらかしたとお思いですね?」
ハルシオンは、思い出したように懐から魔力封じの指輪を出して両手の指いっぱいにじゃらじゃらと填めた。
「今から填めてももう遅いです、ハルシオン殿下」
ミランダが残念そうに告げるが、ハルシオンは首を振る。
「違うのです、ミランダ。私はとある預言者から、ルーンフォークが狙われるという話を聞いたのですよ。そこで、シュネーさんのマントから発想を得た私は催眠の呪術を使ってみたのです。この迎賓館に宿泊している者の中で、ルーンフォークに害意を持つ者は私のもとに来なさい、と」
すると、カーセルドが釣れたというのだ。
「なぜ裸……?」
「入浴中だったようで」
なるほど、カーセルドは肌も薄い頭髪もしっとりと濡れている。震えている全裸姿のカーセルドに、「どんな感情で接したらいいかわからない」という視線が集まったり逸らされたりした。
「えー、ひとまず、外交官どのには服を着ていただいて、容疑者ということでお話をお伺いしてはどうですかねえ」
青国の預言者ダーウッドはハルシオンを睨み、「ちなみにあの殿下が仰った『預言者』というのは私ではありませんからね」と付け足した。とても不機嫌そうに言うので、フィロシュネーは申し訳なくなった。
(ああ、ごめんなさいダーウッド。わたくしがうっかり、ダーウッドから聞いたって言ってしまったせいで……)
ハルシオンは頼りになるけれど、秘密の話はしないほうがいいかもしれない。
フィロシュネーはこの日、またひとつ学んだのだった。
ちなみに、ハルシオンの所業を知った空王アルブレヒトはゾッとした顔で「兄上に縛られるのはいやだ、兄上に縛られるのはいやだ」と錯乱気味に独り言を繰り返し、ひどく怯えていた。
「弟はどうして怯えるのだろう。喜ぶと思ったのに」
ハルシオンは驚きつつ、優しいお兄さんの顔で謝るのだった。
「ごめんねアル。兄様は怖がらせるつもりじゃなかったんだよ。縛るのはやめる。結構、やってみたら面白いかもって思ったのだけど」
見守っていたミランダは、熱っぽい瞳で「先ほどは疑ってしまって申し訳ありませんでした」と謝った。
「さすがハルシオン殿下。何事もお楽しみになる器の大きさ。なにより、初めてでこれほどかっちりと芸術的に縛り上げてしまうとは……やはりあなたさまは天才……神……」
ルーンフォークはこの夜、何度も「いきなり窓から全裸の男が転がってくる」という悪夢をみたらしく、どうやら心に軽い傷を負ってしまったようだった。
なにはともあれ、迎賓館の殺人事件はこの日以降は起きることがなかった。事件が解決したような、全然解決してないような状態で、フィロシュネーたちは紅国に出かける日を迎えたのである。
「っぎゃあああああああ!!」
悲鳴が人々の耳を騒がせて、夜間に皆が集まる先は、ルーンフォークの部屋であった。
「何事ですっ!?」
集まった人々は、目を疑った。
そこには、紅国の外交官カーセルド・ゾーンスミスがいたのだ。それも、全裸で麻縄でぐるぐると縛られて、床に転がっている。そんな外交官の傍らにしゃがみこんで木の枝で縄をつっついているのは、ハルシオンだった。
「お加減はいかがですかぁ。縄で縛るのは初めてですが、上達したら弟にも披露してみましょうかねぇ……」
カーセルドに問いかけるハルシオンの声は、優しくて研究熱心なお兄さんの声だ。
「はなせええええ!!」
カーセルドは羞恥で死んでしまいそうなくらい真っ赤になって吠えている。これにはミランダも「目撃者がこんなに……お金で許してもらうのは難しいのでしょうね」と深刻な表情だ。
「何事です……?」
ベッドの上で唖然とする夜着姿のルーンフォークは、状況をあまり理解していないようだった。
「俺は何もしていません。寝ていたら突然、窓から二人が飛び込んできました」
想像すると怖すぎる説明だった。
「みなさん、私がやらかしたとお思いですね?」
ハルシオンは、思い出したように懐から魔力封じの指輪を出して両手の指いっぱいにじゃらじゃらと填めた。
「今から填めてももう遅いです、ハルシオン殿下」
ミランダが残念そうに告げるが、ハルシオンは首を振る。
「違うのです、ミランダ。私はとある預言者から、ルーンフォークが狙われるという話を聞いたのですよ。そこで、シュネーさんのマントから発想を得た私は催眠の呪術を使ってみたのです。この迎賓館に宿泊している者の中で、ルーンフォークに害意を持つ者は私のもとに来なさい、と」
すると、カーセルドが釣れたというのだ。
「なぜ裸……?」
「入浴中だったようで」
なるほど、カーセルドは肌も薄い頭髪もしっとりと濡れている。震えている全裸姿のカーセルドに、「どんな感情で接したらいいかわからない」という視線が集まったり逸らされたりした。
「えー、ひとまず、外交官どのには服を着ていただいて、容疑者ということでお話をお伺いしてはどうですかねえ」
青国の預言者ダーウッドはハルシオンを睨み、「ちなみにあの殿下が仰った『預言者』というのは私ではありませんからね」と付け足した。とても不機嫌そうに言うので、フィロシュネーは申し訳なくなった。
(ああ、ごめんなさいダーウッド。わたくしがうっかり、ダーウッドから聞いたって言ってしまったせいで……)
ハルシオンは頼りになるけれど、秘密の話はしないほうがいいかもしれない。
フィロシュネーはこの日、またひとつ学んだのだった。
ちなみに、ハルシオンの所業を知った空王アルブレヒトはゾッとした顔で「兄上に縛られるのはいやだ、兄上に縛られるのはいやだ」と錯乱気味に独り言を繰り返し、ひどく怯えていた。
「弟はどうして怯えるのだろう。喜ぶと思ったのに」
ハルシオンは驚きつつ、優しいお兄さんの顔で謝るのだった。
「ごめんねアル。兄様は怖がらせるつもりじゃなかったんだよ。縛るのはやめる。結構、やってみたら面白いかもって思ったのだけど」
見守っていたミランダは、熱っぽい瞳で「先ほどは疑ってしまって申し訳ありませんでした」と謝った。
「さすがハルシオン殿下。何事もお楽しみになる器の大きさ。なにより、初めてでこれほどかっちりと芸術的に縛り上げてしまうとは……やはりあなたさまは天才……神……」
ルーンフォークはこの夜、何度も「いきなり窓から全裸の男が転がってくる」という悪夢をみたらしく、どうやら心に軽い傷を負ってしまったようだった。
なにはともあれ、迎賓館の殺人事件はこの日以降は起きることがなかった。事件が解決したような、全然解決してないような状態で、フィロシュネーたちは紅国に出かける日を迎えたのである。
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