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1、贖罪のスピネル

50、不死鳥、悪しき呪術師、暗黒郷、騎士

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 ――数秒間。
 誰も身動きもできず、呼吸も瞬きも躊躇ってしまうような、痛いほどの沈黙が訪れた。

 やがて、騎士ノイエスタルがひらりとマントを翻して、剣先を天に向ける。

「……呪術師は、女王陛下の騎士ノイエスタルが討ち取りました」
 
 少し迷ってから発せられた声はぎこちなくて、グレートヘルムを被ったままでくぐもった印象。けれど、フィロシュネーはその声にとても聞き覚えがあった。

(あっ、あら?)

 ――ワァッと紅国勢が歓声をあげる。
 呪術師は、彼らの仇敵。それを討てたという事実はとても喜ばしいことなのだ。

「女王陛下の騎士が呪術師を討ったぞ!」
「これは偉大なる功績だ……!」
「女王陛下、万歳!」
  
 大歓声だ。

「ええと……先ほどの奇跡を見ましたでしょうか。これは、青国の姫殿下、聖女フィロシュネー様が事前に情報をくださったおかげの討伐です」
 ノイエスタルが説明をすると、奇跡を見ていた者たちが神を見るような目でフィロシュネーを見る。

「噂には聞いていたが、本当に奇跡の使い手でおられるのだな」
「あんな奇跡は、見たことがない」
「知識神の奇跡でも、他者に過去を見せるなんてできないぞ」
 
 と、その時。フィロシュネーの神鳥が鳴き声を上げる。

 ぴぃ、ぴぃ、ちちち……、
 愛らしく、神聖で、どこか切なくなる――そんな高く澄んださえずりだ。
 
 囀る神鳥は、光をまばゆはじけさせた。光に全員が驚く中、神鳥は次第に大きく成長していく。
「鳥が……」
「なんだ!?」
 単純にサイズが大きくなるだけではなく、ひよこの姿から成鳥の姿へと変わっていく。

 その羽の色は深紅色で、まるで炎が燃え上がるように鮮やかに輝いていた。
 艶めきは美しく、見る者の心を魅了して離さないオーラがあった。

「不死鳥……フェニックスだ」
 誰かがそう呟く中、鳥が翼を広げる。優雅に、悠々と。
 
「遺体が燃やされる……!」 
 フェニックスと称された神鳥は、呪術師の死体を抱きしめるように包み込み、その身を燃やし始めた。皆が呆気に取られる中、赤々とした炎が舞い上がる。
 火の粉ははらり、ちらりと黒煙に引き立てられて神々しい黄金の輝きを魅せていて、フィロシュネーはその光景が綺麗だと思った。恐ろしさよりも、神聖で介入しにくい気配が強い。
 だからだろう。全員がその炎の燃え尽きるまで、身動きひとつできなかった。
 
「消え……た……」 
 炎は消え去った後は、不死鳥も呪術師の死体が消え失せて、ひび割れたノーブルレッド・スピネルが、コロンと転がっていた。

 ――邪悪は討たれ、神鳥により浄化されたのだ。全員がそう思った。
 
(あ……)
 フィロシュネーはそのとき、自分の中にあった何かがなくなったのを感じた。ハルシオンが作ってくれた『ボックス』だ。あれが、中にあった花びらごと溶けるようにして消えたのだ。フィロシュネーには、それがわかった。
 
 
「聖女と騎士のおかげで、悪は討たれました」
 紅国の女王アリアンナ・ローズは静かに、けれど堂々とした声で言葉を紡いだ。
「今回の勝利は、新たなる始まりです。紅国は、呪術師によって引き起こされた問題を解決するため、全面的に南の二国を支援します」
 
 女王アリアンナ・ローズが、他国勢へと語る。
 
 その存在は悪だったのだ、と。
 名前もわからない呪術師は、紅国の視点からすると、ずっと大陸の南方の二国を支配し、管理し、民を玩具おもちゃのようにもてあそんでいたのだ、と。

 二国の国土は他国からは『悪しき呪術師に支配される大地』『暗黒郷あんこくきょう』と呼ばれていたのだと。
 
「わらわは、無自覚であわれな暗黒郷の民を救いたいと思っていました」
  
 鈴振るような声が、語る。
 
「南の暗黒郷を支配する邪悪な呪術師は、平和で美しい北方の土地に住む我々のもとにも定期的に姿をみせて、支配領域を広げようとしていました。彼は呪術を使い、恐ろしい行いを繰り返していました」

 御伽噺のよう。
 いつかサイラスが語ったお話も、そういえばこんな話だった。フィロシュネーは、そのときサイラスのお話を信じなかった。

「彼の目的や正体は不明で、単なる暇つぶしや気晴らしとでもいうかのように、破壊活動を楽しげに繰り返すのです。彼は、森や川、山々を汚染しようとしました。彼は呪術を使って森を枯らし、川を毒で満たし、山々を崩壊させようとしました」

 ――サイラスのお話は、現実だったのだ。

「邪悪な呪術師は、南方の二国に生きる人々を奴隷にしていました。いつからかは、わかりません。記録に残っていないほど旧い時代から彼は存在して、気紛れに呪術を使って人々を支配し、彼らを呪術の実験台にしていたようです。『暗黒郷』の二国は、他国とほぼ交流がなく……」

 視線を受けた騎士ノイエスタルが続きを語る。
 
「国境近くの村々や港町や商業都市では、他国と行き来する者もいます。俺もそうです。外を知る者が自分の国がおかしいと声をあげても、呪術師が情報統制や洗脳をしていたので、民は物事をあまり深く追求したり探ることをしなくなり、疑問を抱いてもすぐに忘れたようになってしまうようでした」

(わたくしの国を悪い呪術師が支配しています、なんていわれても、わたくしは適当な創り話だと思って信じなかったわ。だって、わたくしの国の支配者は、青王で、王族だと思っていたもの)

 女王が騎士を招き、騎士ノイエスタルがひざをつく。

 自らの騎士が誇らしくてたまらないという眼差しをした女王は騎士を熱心に讃え、「なんなりと褒賞を取らせる」と告げた。

「ありがたき幸せ……」
 騎士ノイエスタルがグレートヘルムを取り、素顔を晒す。
 あらわになった褐色の肌と黒髪黒目の精悍な青年の顔に、青国勢と空国勢から驚愕の声があがった。

「黒の英雄!!」


 ……騎士ノイエスタルは、黒の英雄サイラスだったのだ!
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