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1、贖罪のスピネル
エイプリルフール番外編「ヤンデレ殿下と結婚します!?」
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※別サイトでエイプリルフールに投稿した番外編です。
* * *
その日、フィロシュネーの寝室に窓から飛び込んできたハルシオンは仮面をつけていなかった。
素顔をさらけだした青年は、頬が薔薇色に染まっていて、移り気な空の青の瞳がキラキラと輝いていた。恋愛物語を愛する令嬢たちが「理想の王子様!」なんて言って見惚れてしまいそうな美形だ。だが、ヤンデレだ。
「シュネーさん、おはようございます。おはようって言ってください。私の名前を呼んでください。今日はとっても素敵なご報告があるのです……っ」
うっとりと寝台の側に近寄ってフィロシュネーの頬にキスを落としたハルシオンは、砂糖をふんだんにまぶした上に蜜を絡めて糖分過多にしたような、甘ったるいというかねっとりとしてちょっと怖い、狂気を感じちゃう、というレベルまで到達した声で嬉しそうに言う。
「シュネーさん、私はあなたを愛していますっ。あなたが私と一緒にいるとき、私はとても幸せな気持ちになります……これって、相思相愛だからですよねぇ! やっぱり、愛だと思うのですよね! 運命ってやつです。だから、私たちは結婚するべきだと思うんですよぉ……んへへ」
フィロシュネーは、ハルシオンの言葉に戸惑った。
彼はとっても頼りになる存在で、彼の愛情は心地よい。愛情を注がれて嬉しくないわけがない。
溺愛……溺愛だ。
恋愛物語みたいな、キラッキラの王子様の溺愛だ――ただしこの王兄殿下、どこか不安になる気配で「んへへ」って笑ってたりする!
フィロシュネーはハルシオンのヤンデレな性格を知っており、彼との結婚には躊躇しているわけで……!!
「でも、ハルシオン様。あなたはわたくしに対して過保護すぎます。わたくしを束縛しすぎだと思うのです。私の自由を奪ってこんなことを」
フィロシュネーは、「こんなこと」と言いながら自分の腕を見た。
両腕をまとめて闇色の縄で縛られて、「ばんざい」する姿勢で寝台に拘束されているのだ。
「あああああっ!? シュネーさんっ? だ、だ、だれがこんなひどいことを」
「あなたです、ハルシオン様……『シュネーさんが逃げないように縛っておきましょう』とか仰って、あなたさまが昨夜縛ったのです」
「記憶にありません……私はなんてひどいことをしてしまったのでしょう。かわいそうに! かわいそうに! 私、死にます」
「し、し、しなないで」
フィロシュネーはびっくりした。
ハルシオンはフィロシュネーを拘束していた縄を解いて、代わりに自分の首にその縄をかけるではないか!
「でも、でも、シュネーさんのせいでもあるのですよぅ? 私を理解してくれなかったから、私を信じてくれなかったから……あの黒の英雄と他国に逃亡しようとするからぁ……っ、パパは寂しくて、寂しくて」
「は、ハルシオン様~~っ、首をしめないでくださ……!」
「私もね、んふふふふ、シュネーさんのご心配を理解しては、いるのです。うふふ、自分が束縛しすぎていることを自覚しているのです、反省、反省、反省しなくては――シュネーさんの幸せを第一に考えるように心がけようと誓いますね」
首が解放された代わりに、ぎゅうっと抱きしめられる。
そして、ゆらゆらと体が揺れる。今わたくし、どういう状態なのかしら――目が、目がまわるるる。
フィロシュネーは混乱した。
「フィロシュネーさん、私はあなたの自由を奪いたいわけではありません。あなたが幸せになることが、私の幸せです。だから、私はあなたに自由を与えます。でも、私と一緒にいてください。シュネーさんの自由はいつも私と共にあるのですねぇ……そ、そうだったのか……これが、愛」
ハルシオンは幸せそうにうっとりしている。
恍惚とした表情は、もう何を言っても彼にとって都合の良い解釈にしかならないだろう……。
「えへへ……私たちは幸せな家族になれると思います。理解してくださいますね? パパをもうひとりにはしないで!? 大好きって言って……!?」
「ひゃ、は、は、は、はるしおん、さまぁ……――?」
……フィロシュネーは、ハルシオンの言葉に感動し、彼との結婚を受け入れた。そして、彼らは幸せな家族として、国を守りながら暮らしていったのである。
「めでたし、めでたし!」
「はっ!?」
青年の声に、フィロシュネーはガバッと身を起こした。
夢だ。
夢だったのだ――頬をふにっとつねったり、きょろきょろと周囲を確認したりして現実を確認したフィロシュネーは、ベッドのそばで本を読む黒衣の傭兵を睨みつけた。
サイラスだ。サイラスが謎の朗読をしていたのだ。
部屋の隅には、「監視役として同席しました」という札を掲げるミランダがいたりする。
「サ、サ、サイラスゥ? わたくしの枕元で何をなさっていたのかしら? ちょっと、その本を見せてごらんなさい」
「これは青王陛下に命令されて仕方なく」
「どういう命令ですかっ」
サイラスは本を渡すことなく、「俺の仕事は完了」と頷いた。
「どういう仕事なの? わたくし、ほんとうにわからなくてよ」
「俺にもよくわかりません」
SIDE サイラス
実際、これはどういう仕事なのだろう。
青王の考えることはよくわからない――青王クラストスが「読め」と贈ってきた本には、自分とフィロシュネーのロマンスがつづられていたのだ。
『英雄! どうだ、うれしいか? よしよし、喜べ? 有能な文官をひとり贈るから、配下として好きに使うように』
青王がくれた文官は、「ではこれをハルシオン殿下と姫で書き直してください」と言ってみたところ、すらすらと二人のショートストーリーもどきを作成してくれた。
「姫の喜ぶヒーローとは、このようなヒーローだったのか」
本当か?
なんか違わないか?
首をかしげつつ読んでみれば、姫は意外と楽しんでいるような表情であった。思春期のお姫様心とは、謎である。
「ねえ、サイラス。その本を貸してごらんなさいってば。ちゃんと読んでみたいの。結構分厚い本じゃなくて? もっと長くて濃厚なストーリーがあるのでしょう?」
「この本は前半と後半がまったく別な話になっているので……今度ハルシオン殿下のパートだけ分けてお渡ししますから」
「ハルシオン様以外のパートもあるの?」
フィロシュネーは、好奇心が旺盛なのだ。
(俺とのロマンスを読んだら、どんな表情を見せるのだろう)
――喜ぶのだろうか。
そんなことを考えた脳裏に、文官がつづったストーリーの最後が思い浮かぶ。
『そして、彼らは幸せな家族として、国を守りながら暮らしていったのである』
――姫にふさわしいのは、同じような王侯貴族の伴侶と迎える、光輝くような幸せなハッピーエンドなのだ。
(あなたの読んでいる物語のように、俺が実は高貴な身分だったりしたら?)
それでも、年齢が離れすぎではないだろうか。
そんな思いを巡らせること自体が、どうかしている。
何故こんなことを考えているのか。労力の無駄ではないか。
「お父様は何をかんがえているのかしら。変なイタズラをさせて。ねえ、これでいくらお金を貰ったの?」
「一年間何も仕事をしないで遊んで暮らせる程度です」
「お父様は何をかんがえているのかしら!」
――青王は、国も民もどうでもよいのですよ。
「姫のほうがよほど……」
「なあに?」
移り気な空の青がキラキラと煌めいて、自分を見ている。未成熟で成長途中の少女の眼差しは眩しくて、穢れた魂が見透かされる気がした。
「なんでもありません」
言葉を切って背を向けると、監視役の騎士だか伯爵令嬢だかが「兄妹ごっこは最近はしないんですね」といった眼を向けている。
「……兄は、妹が可愛いと思っていたのです」
――性的な意味ではなく、兄として。
そんな意図をこめて言えば、妹から少し驚いた気配を感じる。
可愛い。
……そう思ってしまうのが、少し困るのだ。
* * *
その日、フィロシュネーの寝室に窓から飛び込んできたハルシオンは仮面をつけていなかった。
素顔をさらけだした青年は、頬が薔薇色に染まっていて、移り気な空の青の瞳がキラキラと輝いていた。恋愛物語を愛する令嬢たちが「理想の王子様!」なんて言って見惚れてしまいそうな美形だ。だが、ヤンデレだ。
「シュネーさん、おはようございます。おはようって言ってください。私の名前を呼んでください。今日はとっても素敵なご報告があるのです……っ」
うっとりと寝台の側に近寄ってフィロシュネーの頬にキスを落としたハルシオンは、砂糖をふんだんにまぶした上に蜜を絡めて糖分過多にしたような、甘ったるいというかねっとりとしてちょっと怖い、狂気を感じちゃう、というレベルまで到達した声で嬉しそうに言う。
「シュネーさん、私はあなたを愛していますっ。あなたが私と一緒にいるとき、私はとても幸せな気持ちになります……これって、相思相愛だからですよねぇ! やっぱり、愛だと思うのですよね! 運命ってやつです。だから、私たちは結婚するべきだと思うんですよぉ……んへへ」
フィロシュネーは、ハルシオンの言葉に戸惑った。
彼はとっても頼りになる存在で、彼の愛情は心地よい。愛情を注がれて嬉しくないわけがない。
溺愛……溺愛だ。
恋愛物語みたいな、キラッキラの王子様の溺愛だ――ただしこの王兄殿下、どこか不安になる気配で「んへへ」って笑ってたりする!
フィロシュネーはハルシオンのヤンデレな性格を知っており、彼との結婚には躊躇しているわけで……!!
「でも、ハルシオン様。あなたはわたくしに対して過保護すぎます。わたくしを束縛しすぎだと思うのです。私の自由を奪ってこんなことを」
フィロシュネーは、「こんなこと」と言いながら自分の腕を見た。
両腕をまとめて闇色の縄で縛られて、「ばんざい」する姿勢で寝台に拘束されているのだ。
「あああああっ!? シュネーさんっ? だ、だ、だれがこんなひどいことを」
「あなたです、ハルシオン様……『シュネーさんが逃げないように縛っておきましょう』とか仰って、あなたさまが昨夜縛ったのです」
「記憶にありません……私はなんてひどいことをしてしまったのでしょう。かわいそうに! かわいそうに! 私、死にます」
「し、し、しなないで」
フィロシュネーはびっくりした。
ハルシオンはフィロシュネーを拘束していた縄を解いて、代わりに自分の首にその縄をかけるではないか!
「でも、でも、シュネーさんのせいでもあるのですよぅ? 私を理解してくれなかったから、私を信じてくれなかったから……あの黒の英雄と他国に逃亡しようとするからぁ……っ、パパは寂しくて、寂しくて」
「は、ハルシオン様~~っ、首をしめないでくださ……!」
「私もね、んふふふふ、シュネーさんのご心配を理解しては、いるのです。うふふ、自分が束縛しすぎていることを自覚しているのです、反省、反省、反省しなくては――シュネーさんの幸せを第一に考えるように心がけようと誓いますね」
首が解放された代わりに、ぎゅうっと抱きしめられる。
そして、ゆらゆらと体が揺れる。今わたくし、どういう状態なのかしら――目が、目がまわるるる。
フィロシュネーは混乱した。
「フィロシュネーさん、私はあなたの自由を奪いたいわけではありません。あなたが幸せになることが、私の幸せです。だから、私はあなたに自由を与えます。でも、私と一緒にいてください。シュネーさんの自由はいつも私と共にあるのですねぇ……そ、そうだったのか……これが、愛」
ハルシオンは幸せそうにうっとりしている。
恍惚とした表情は、もう何を言っても彼にとって都合の良い解釈にしかならないだろう……。
「えへへ……私たちは幸せな家族になれると思います。理解してくださいますね? パパをもうひとりにはしないで!? 大好きって言って……!?」
「ひゃ、は、は、は、はるしおん、さまぁ……――?」
……フィロシュネーは、ハルシオンの言葉に感動し、彼との結婚を受け入れた。そして、彼らは幸せな家族として、国を守りながら暮らしていったのである。
「めでたし、めでたし!」
「はっ!?」
青年の声に、フィロシュネーはガバッと身を起こした。
夢だ。
夢だったのだ――頬をふにっとつねったり、きょろきょろと周囲を確認したりして現実を確認したフィロシュネーは、ベッドのそばで本を読む黒衣の傭兵を睨みつけた。
サイラスだ。サイラスが謎の朗読をしていたのだ。
部屋の隅には、「監視役として同席しました」という札を掲げるミランダがいたりする。
「サ、サ、サイラスゥ? わたくしの枕元で何をなさっていたのかしら? ちょっと、その本を見せてごらんなさい」
「これは青王陛下に命令されて仕方なく」
「どういう命令ですかっ」
サイラスは本を渡すことなく、「俺の仕事は完了」と頷いた。
「どういう仕事なの? わたくし、ほんとうにわからなくてよ」
「俺にもよくわかりません」
SIDE サイラス
実際、これはどういう仕事なのだろう。
青王の考えることはよくわからない――青王クラストスが「読め」と贈ってきた本には、自分とフィロシュネーのロマンスがつづられていたのだ。
『英雄! どうだ、うれしいか? よしよし、喜べ? 有能な文官をひとり贈るから、配下として好きに使うように』
青王がくれた文官は、「ではこれをハルシオン殿下と姫で書き直してください」と言ってみたところ、すらすらと二人のショートストーリーもどきを作成してくれた。
「姫の喜ぶヒーローとは、このようなヒーローだったのか」
本当か?
なんか違わないか?
首をかしげつつ読んでみれば、姫は意外と楽しんでいるような表情であった。思春期のお姫様心とは、謎である。
「ねえ、サイラス。その本を貸してごらんなさいってば。ちゃんと読んでみたいの。結構分厚い本じゃなくて? もっと長くて濃厚なストーリーがあるのでしょう?」
「この本は前半と後半がまったく別な話になっているので……今度ハルシオン殿下のパートだけ分けてお渡ししますから」
「ハルシオン様以外のパートもあるの?」
フィロシュネーは、好奇心が旺盛なのだ。
(俺とのロマンスを読んだら、どんな表情を見せるのだろう)
――喜ぶのだろうか。
そんなことを考えた脳裏に、文官がつづったストーリーの最後が思い浮かぶ。
『そして、彼らは幸せな家族として、国を守りながら暮らしていったのである』
――姫にふさわしいのは、同じような王侯貴族の伴侶と迎える、光輝くような幸せなハッピーエンドなのだ。
(あなたの読んでいる物語のように、俺が実は高貴な身分だったりしたら?)
それでも、年齢が離れすぎではないだろうか。
そんな思いを巡らせること自体が、どうかしている。
何故こんなことを考えているのか。労力の無駄ではないか。
「お父様は何をかんがえているのかしら。変なイタズラをさせて。ねえ、これでいくらお金を貰ったの?」
「一年間何も仕事をしないで遊んで暮らせる程度です」
「お父様は何をかんがえているのかしら!」
――青王は、国も民もどうでもよいのですよ。
「姫のほうがよほど……」
「なあに?」
移り気な空の青がキラキラと煌めいて、自分を見ている。未成熟で成長途中の少女の眼差しは眩しくて、穢れた魂が見透かされる気がした。
「なんでもありません」
言葉を切って背を向けると、監視役の騎士だか伯爵令嬢だかが「兄妹ごっこは最近はしないんですね」といった眼を向けている。
「……兄は、妹が可愛いと思っていたのです」
――性的な意味ではなく、兄として。
そんな意図をこめて言えば、妹から少し驚いた気配を感じる。
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