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1、贖罪のスピネル

5-1、私のこともパパ上と呼んでくださっていいのですよ

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 会場の扉が開かれて、父娘が一緒に中に進む。
 
 昼食会場には、雪白の地に青い鳥が描かれた空国くうこくの国旗と、深青を基調として中央に白い星が描かれた青国せいこくの国旗が並んで飾られていた。
 
 両国は歴史を辿たどればひとつの国で、王族も同じ系譜けいふつらなる子孫たちだ。
 
「青王陛下、ならびに王女殿下のおなりです」

 会場には、ハルシオンがいた。
 明るい陽射しの中でみるハルシオンは、全身から匂い立つような気品を放っていた。話し方は、伸びやかだ。

「いやぁ、昨夜は失礼いたしましたぁ~!」

 喋り方は昨夜よりはしっかりしているが、ふわふわしていて軽薄な印象だ。

 昨夜は気がまわらなかったが、王族らしい衣装に身を包んでいると空王くうおうアルブレヒトによく似ている。年齢も二人は同じ十九歳で、腹違いの兄弟なのだ。
  
 空王くうおうアルブレヒトは、王兄ハルシオンの隣で神経質そうな顔をしている。

「兄がご迷惑をおかけしました。呪術の暴走という不幸な事故がありまして、兄は猫になっていたのですが……人間に戻れてよかったです」
 
 アルブレヒトの説明は、以下の通りである。

 まず、第一王子であったハルシオンは空王になる予定だったのだが、先代の空王が亡くなった呪術の暴走事故に巻き込まれて猫になった。
 
 そのあと、アルブレヒトは空王として即位をした。
 猫になった兄はお世話していたのだが、青国に連れてくる予定ではなかったのに、なぜか荷物に紛れていて、昨夜は猫用の檻からスルリと逃げてしまった。首輪をつけたことはないので、誰かが勝手につけたようだ。

「探していたところ、呪術が解けて人間に戻ったという知らせが届きましたので、たいそう驚きました。ご迷惑をおかけした点を謝罪するとともに、心からの感謝を申し上げます」
 
 呪術というのは、魔法のことだ。
 素養のある者が使える不思議な力で、何もない空間に火を起こすとか、水を出すとか、汚れた物を浄化する、といった生活に便利に活かすことができる。
 
 この力については各国で研究が進められているが、青国では魔法と呼ばれ、空国では呪術と呼ばれているのだ。
 
(推理小説だと、アルブレヒト陛下がお兄様を呪って自分が王様になろうとした、という真相があったりしそうだわ。王位継承争いはありがちな紛争の種だものね)

 フィロシュネーは「空国って、元々第一王位継承者だったハルシオン様が元に戻って、荒れたりしないのかしら? 大変そう」と思った。
  
 さて、礼儀正しくもきな臭い空王アルブレヒトに対して、青王クラストスは面倒見のよい親戚のおじさん然とした笑顔を咲かせた。

「いやいや。我が姫がお力になれてよかった。先代空王とはよき友人であったのです。幼い頃にも何度かお会いしましたね。若き空王陛下も王兄殿下も、私のことは父だと思って今後も頼って欲しいものですよ。パパ上と呼んでくださってもいいっ」
 
 フィロシュネーにはわかる。
 青王せいおうクラストスは、『同じ国王でも私が格上だぞ、青二才ども!』とさりげなく上の立場を取ろうとしている。

 それに対して、ハルシオンは飄々ひょうひょうとした様子で言葉を返した。

「んっふふぅ? 青王陛下ったら~。父と子ほども年齢が離れている我々ですが、陛下も呼びたければ私のこともパパ上と呼んでくださっていいですよぉ」

 四十七歳の王に十九歳の隣国王兄が言う言葉ではない。無礼だ。
 フィロシュネーは耳を疑ったし、外交官たちも驚いていた。そのハルシオンを真っ先にとがめるのは、空王アルブレヒトだった。

「兄上、兄上。あなたの目の前におられる方は、実年齢でも在位期間でも格上に当たる青王陛下なのです。どうかお立場をご自覚ください。あなたは十九歳のハルシオン兄上なのですよ。控えてください……し、失礼いたしました、青国の方々は驚かれたかもしれませんが、兄は猫になっていたものですから」

 慌てた様子の空王アルブレヒトを見て、フィロシュネーは「空王陛下は常識的」と思いつつ不思議に思った。あなたは十九歳のハルシオン兄上なのですよ、という言い方が、なんとなく不自然に思えたので。

 ちょっとした違和感の中、青王と空国の王兄は楽しそうにしている。

「ははは! お互いに父というわけですな!」
「んっふふふ! 我々は仲良し国家ですからねぇ!」

 あくまで表面的な『楽しそう』であり、内心はわからないが。
 
 ハルシオンが美しい瞳を笑ませて、フィロシュネーに話しかけてくる。

「姫君、フィロシュネー殿下。シュネーさん。昨夜の失礼をお許しくださぁい」 

 ひと息に距離をずいずいと縮めてくる呼び方の変化は、馴れ馴れしい。けれどなぜだかいやらしい感じはしないのが、このハルシオンの不思議なところだ。

「あっ、はい……。ハルシオン殿下は、呪われて猫になっていたと説明を受けましたわ」
「アハ、あれはですね、アルブレヒトが空王と争って呪術を……ああ、いやいや。弟は悪くありません、私が悪いのです、ははっ!」

(お待ちになって。今とっても不穏なことを言いそうになっていましたわね!?)
 フィロシュネーは背に汗をかいた。

「殿下、ただいまのお話を詳しく願えますか」
「殿下、今なんと……!?」
 空国勢がざわついているが、空王は「兄の戯言を真に受けるな」と神経質な声で場を静めた。

(ああ、空国って怖い。すぐにでも内乱が起きそうじゃない)

 フィロシュネーは内心ではらはらしつつ、表面上「わたくしは何も聞いていません」という笑顔を浮かべた。
 繊細な国同士の関わり合いは、下手に独断で対応すると火傷では済まないのだ。父や外交官に任せておけばいい。

「そうそう。私の冗談ですよう。わかりませんでしたぁ? 皆さん真面目だなぁ、もう」
 
 ハルシオンは嘘か本気かわからない温度感で肩をすくめて、フィロシュネーに箱を差し出した。
 
「感謝の気持ちとしてキュートなお菓子を贈ります。よろしいでしょうか? よろしくなくても贈ります、んふふ」
 
 淡い青緑の厚紙に繊細ながらが描かれた箱にはチョコレート菓子が入っていた。チョコの表面には、カラーペンでお花やひよこの絵が描いてある。

「わぁっ、可愛い……」
 フィロシュネーは目を輝かせた。

「んふ、お気に召していただけたようでよかったですぅ」
 
 ハルシオンは綺麗に微笑み、青王クラストスに視線を移した。
 
「そういえば、私は偶然お話を聞いてしまったのですが、姫は婚約破棄をお望みです。ご存じでしたでしょうか?」
 
 そういえばサイラスとの婚約破棄については、父に話し忘れていた。そう思い出すフィロシュネーの耳に、ハルシオンが昨夜の顛末てんまつを共有する声が聞こえる。
 
「あぁっ、心が痛みますぅ! 英雄さんに『愛さない』なんて言われちゃった姫の心の傷は謝罪などでは癒えません!」

「その話は初耳かなぁ」
 
 青王クラストスはフィロシュネーを見て、「あまり気にしてなさそうだな、よしよし、しめしめ」と呟いた。

「んーん? 気にしてますわよお父様。とても気にして、冷遇・後悔系ヒーローの本を贈ったくらいです」
「届きました」
 
 壁際に控えていたサイラスが頷いている。

(サイラス。許可されるまで発言するんじゃありませんっ)

 フィロシュネーは心の中でツッコミをいれるが、青王クラストスはとがめない。

「おっ。シュネーに本をもらったのかぁ。よかったね英雄」
 と笑いかけている。

 (よくなぁい)
 
 王女に贈り物を賜ったのに、全然光栄そうにしていない。感謝の言葉もない。ところで本の感想は?

「サイラス、本は読みました?」
「まだ1ページも読んでいません」
「お父様~、サイラスったら、わたくしに『現実と虚構の区別がついてない妄想好きなお姫様で、お胸とお尻に色気が足りなくて愛せない』って」
「俺はそこまで申していません」
「わたくしの繊細なハートは傷付きましたの。後悔してももう遅いのですわ」
「姫は、俺に後悔してほしいのですね」
 
 王族を敬えと教えたのに、改善していない。妙に余裕があって冷静な気配が、フィロシュネーは気に入らない。

(……この男を慌てさせたり、困らせたりしてみたい!)

「ちょっと、ちょっと。喧嘩はだめだぞぉ。仲良くなるんだぞ、シュネー? とりあえず英雄は別室に連れていくように」
 
 青王クラストスはそんな二人に慌てた様子で、いかんいかんと言ってサイラスを退室させた。

「俺はただ、王妃様に金を貰って仕事を受けただけです……ちょっと台本を読めと言われただけで……」
「あっ、自白してる」

 しかも、その自白が、また棒読み。謎である。
 そして、父である青王クラストスはどんなにサイラスが無礼でも、怒ったりはしないようだった。こっちもまた、謎である……。
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