異世界生活物語

花屋の息子

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84平和が一番

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 どこの家も雨季の前に畑を耕すので、乾季が終盤になってくる今は畑作業が忙しくなる。今年もそんな季節が来たな~と、地獄の釜の前で俺の心は遠くに行っていた。
 理由は簡単だ。畑仕事で荒れた手に男たちも軟膏を使い始めたからだ。女性陣の手が見違えるように綺麗になり、あかぎれのような物もなくなって行く中で、とある男が家にあった軟膏をくすねたのが事の始まりだったのだ。
 手荒れなど気にしてもいなかったが、軟膏を塗るようになり男の手は見る見る状況が改善されていった。厚みこそ変わらないがヒビが無くなりササクレが消え何とも具合が良い。それを酒の席で話した事が、今の俺の惨状を招いたのだ。

「エド~手伝いに来たぞ~」
「こっちの油上がってるから掬っといてくれる?」
「はいよ~。それにしても俺んちの前まで並んでたけど、毎日すげえ~な」
「何人かはあの新しい家の事を聞きに来ているみたいだったぞ。俺にもあの家はどうなんだって聞いてきたけど、解んないて言っといた」
「助かるよ。しばらくは家の事は無理だからな。モーガン達も休む暇も無いくらいだし畑の香草もまだ半分くらいしか植えられてない。ここに家にまで手を付けたら寝る時間どころか、一日が二日になっても足りないよ」
「やあリード君来てたのかい助かるよ。エド、さっき肉屋に行ったら今日の分の脂がなくなったから、ヘンリーさんに南区まで使いに行って貰ったぞ」
「了解、それよりアイツ金持ってたのか?」
「マリベールちゃんに貰ってっくって言ってたから大丈夫だろ」

 モーガンがミンチにした脂身を抱えながら戻ってきた。東区の肉屋からはタダで脂身を貰っているが、南区には金を払って分けて貰っている。対価の代わりに差し出せる情報も無かったので、肉の1/20の価格で買い取る事で話をつけた。
 今モーガンの持って来たミンチ脂は、納屋の中で作業したのでは邪魔になると、納屋の裏手に作業スペースを増設して下処理はそちらでやった物だ。
 作業スペースはモーガン達の家を立てた折、軟化で木材を効率的に使えたので余った建材で急遽立てた物だが、少し納屋を広く使えるため姉の作業スペースも余裕を持って確保できている。リードだけではなく手伝いに来てくれる人も増えた。姉の友達が二人手伝ってくれるようになったのだ。
 一人は豪腕のミファ。彼女は軟化を一発で成功させ、まげわっぱ作りに大きく貢献してくれている。それだけではなく脂身のミンチにも申し分なくその二つ名を発揮してもらっている。
 もう一人はマリベール。ウェインの妹で社交家な性格の持ち主なので売り子には持って来いの人材で、母一人ではお客さん対応が間に合わないと、軟膏の詰め替えをしたり接客の手伝いをそつなくこなしてくれている。
 二人は姉ちゃんと一緒に何かしているのが楽しいみたいで、かなりノリノリで働いてくれているのがせめてもの救いだ。
 リードは毎日ではなく時折で良いと言ってあるのだが、週五ペースでのシフト状態で頭が下がる限りだ。
 こうして軟膏需要の拡大は、子供たちの手によって支えられると言う何とも言えないところに落ち着きつつある。こんなにハードスケジュールになる予定ではなかったんだけどな~

 雨季が始まり客の入りも満員御礼で安定し落ち着きをみせてきた。
 モーガン達と手伝いに入ってくれる人達も、ウチの工房にもようやく作業に慣れて忙しいながらの平穏と呼べる状況が訪れた。リピーターのお客さんが主になった事で、まげわっぱ製作組も遊ぶ時間が取れるし、俺もたずねて来るヤツラとは遊べるようになった。
 自転車操業にならないようにと、少しづつだが軟膏用の油もストックが出来るようになってきているので、たまに来る急な需要にも余裕を持って対応している。その分毎日のように火入れをして固まらないようにする手間は増えたが、一から作る事を考えれば目に見えて効率化されたと思う。

「やっぱり平和が一番だな」
「忙しくしたのはお前だけどな」
「俺のせいじゃないよ。誰だか知らないけどおっちゃん達に軟膏を広めたのが原因だよ」
「それでも、義兄さんがこれで食うに困らなくはなったんだし、めでたしめでたしでしょ」
「俺たちも香草を育てれば十二分の生活できるようにはなったんだから、エドには感謝しかない。あの時は救ってくれてありがとう」
「気にすんな。俺は人が死ぬのを見るのも聞くのも嫌いなだけだから」
「エドらしいね」

 今日もウチの食堂はにぎやかだ。手伝いに来ているマリベールも嫁に行くまでは、兄夫婦(仮)の手伝いに工房に入ってくれるとの事で、ウェイン家としては出来れば婿を貰って、そのまま兄妹夫婦でやってくれないかなと話しているみたいだ。
 この盛況ぶりを見ればそう思うのも無理は無いだろう。俺としてもそうなれば工房が安定するので、安心して任せる事ができるのだから願っても無い事だ。
 落ち着きを取り戻したのでミファとリードは週4で工房に来てくれている。毎日ペースだった頃から見たら大きな進歩だ。これも工房が安定した証拠だろう、いくら子供が働くのが当たり前と言う世でも、遊ぶのも子供の仕事だと思うからな。
 この工房の安定に寄与した大きな要因は、領軍からもたらされる潤沢な獣脂だった。領軍で狩られた魔獣はレーションとして活用されるが、やはり脂はゴミとして処分されるだけで活用はされていなかったので、領軍に代金の変わりに獣脂での支払いを提案したところ、二つ返事でOKを貰う事ができた。どうせ捨てるものを持って来るだけで良いならばと、軍費を有効に活用できると向こうさんも大喜びだったのだ。肉屋と軍の両方から脂を仕入れて漸くのこの安定と言う訳だ。

「ウェインが作った軟膏も完璧になったし、油の扱いももう大丈夫だろ?」
「お前は簡単そうにやってるけど、同じ物を作るって結構大変なんだぞ」
「また変なのが南で売られて、塗った所が赤くなったって騒ぎになったんだって?」
「そんなに難しい事は何も無いんだけどな?」
「エドが作ったこの軟膏はちゃんと効くのに、どうして他で作るとダメなの?」

 軟膏を売り出して半年くらいが経つが、その間に一体どれだけの問題品が出回ったのだろう?どれも軟膏として効果が出ないばかりか、薬害と言うか副作用がヒドイ製品ばかりで上手くいったと言う話は聞かない。
 ウェインが作れる事から俺が特別な力で作っている訳ではないし、各区の井戸水でも試しているので脂や水で無い事も確認がとれている。

「作り方が雑なんじゃない?」
「いろいろ試したからね。多分雑で間違ってないと思うよ」
「エド以外であんなに手間を掛けようと思う人はいないんじゃないか?俺も最初見た時は途中で完成だと思ったからな。何となく作り方を思いついても、エドの作り方まではいかないんだろ」

 こうして今日も偽物が駆逐されて、ウチの工房は平和に稼動している。
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