~短編集~恋する唇

秋野 林檎 

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行儀の良い唇(前編)

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どうして私は…こんなに、この人が好きなんだろう?


かきあげた栗色の髪の間から覗く、翠色のピアス。
アーモンドの様な大きく、はっきりとした眼。
まだ、何処か幼さを持つ顔立ちなのに、大きな肩幅と厚い胸元。

22歳…まだ学生のこの人と、30になった私…

好きになったことを後悔はしていない。

でも、時折…そう時折…
左耳のピアスに…
お昼はオムライスがいいと言って、子供のようにスプーンを咥えた唇に…不安を感じる。


「どうしたの、結衣さん?」
スプーンを咥えたまま、彼は私を見て、さっきまでPCのキーボードを叩いていた長い指で、私の額を軽く弾き、いたずらぽっく笑うと

「俺に見惚れてた?」とまた笑った。

ほんの少し…ほんとにほんの少し当たっていたから、ついムキになって
「パソコンを叩きながら、ご飯を食べるなんて…お行儀悪い…」

「…スプーンを咥えるくせはやめて…口元に…デミグラソースが…」

次々に出てくる言葉はただの言い訳。
でも最後の言葉は…自分でも顔が歪むのがわかった。


…違う。

そんなことを言いたいわけじゃないの。

3日前…彼が、ゼミのメンバーと大学の近くの店でお昼を食べているのを、偶然…見てしまった。
10人ぐらいのメンバーの中、女の子のひとりが、栗色に染めた髪を指で触りながら…
『私…一人暮らしは始めてなんですが、料理は得意なんです。特に…オムライスが…』
そう言いながら、彼の口元についていたソースへと指を伸ばすのを…


私はこの人が好きなオムライスだって…スマホを片手にしないと作れないレベル。
塩少々…なんて書いてあったら…もう真っ青になるくらいの料理音痴。
でも…それでも、この人が私が作ったご飯を食べたいと言ってくれるから頑張っていた。
そんな私の料理を、おいしいと言って食べてくれるから…頑張っていたのに…

彼の身近に…料理が得意だと言って、彼に好意を寄せる子が現れた。

モテる人だ。そんなのは初めからわかっていた、寧ろ…私を好きだと言って、抱きしめる彼の気持ちのほうが、今もってわからない。

こんな狭くて、古いマンションの一室で、年上のさえない私の…それもスマホ片手に、オロオロして作ったオムライスを食べるより、あの女の子が得意だと言っていたオムライスを食べたほうが…良いんじゃない?

…それとも…もうご馳走になった?

学生の彼と…社会人の私。

22歳の彼と…30歳の私。

料理が得意な可愛い女の子と…年上の料理下手。

こんな事を考える度に…自分がすごく彼に相応しくない様に思ってしまう。


「3日前…店にいた?…」


彼が何を言っているのか、すぐにわかった…3日前のあの店での出来事だ。
でも、私は…惚ける様に

「なんのこと……」

「結衣!!」

初めて…敬称なしで呼ばれた…初めて…。
呆然としたまま私は、手を引かれて、彼の腕の中に囲われたが…
彼の早い心音に…驚き、顔を上げた。



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