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あれから、すぐだった。
新聞の社交欄と言う名のゴシップ欄から、ラファエル・セオドール・マクファーレンこと、エフレン国 第2王子の名が消えた。

毎日のように、女性との浮名を流していたラファエルのゴシップは、3割方は真実で、残り7割はデタラメだと言っていた。でも なんのクレームも出さないから、新聞は好き放題に書いていたのだと…。もっとも、3割が真実だったと言うのもどうかと思うが…それがすべて消えた。

エフレン国が正式にクレームをつけたのだろうか…

7割と言っていた作り話は、露骨な情事を思い起こさせる記事で、そんな記事を見る度に、胸の中で嫌な音が響いてはいたが、それでも時折写真で、ラファエルの顔を見ることが出来るのは幸せだった。

今はそれさえもない。

会いに来ないで、手紙も出さないで、と私が言ったのだけど…ラファエルからはなんの連絡もないまま…あの日から一年。

この一年で私の周りはとてつもなく変わった。
 一番は兄ケントだ。兄は伯爵の爵位を賜り、その地位に見合う仕事に就けたのだが、 それがなんと、失脚したユベーロ伯爵のその後を継いだことだった。

あの時ラファエルが言っていた、王子様の特権というのは…ここだったのかと思っている。だが、そんな裏から手を回したような形でついた王の側近の仕事だったが、兄の仕事振りに思わず…どこにそんな才能あったの?!と叫んだくらい、兄は手腕を奮い、国は豊かになってきていた。

そんな兄のおかげで、私は花屋と居酒屋のアルバイトを先日辞め、今は祖母が趣味と実益を兼ねたドレス作りを手伝い、こうして…日中、街中の茶店で、祖母とお茶を飲める暮らしになっていた。


*****

「もうすぐ花祭りね。」

そんなことを考えながら、グラスについた水滴をぼんやりを見つめていた私の耳に、はしゃぐ声が聞こえ…ハッとして、声の持ち主である祖母に顔を向けた。

「…もう一年なんだ。」

「いろいろあったわね。」

「…うん。」

「マリーは、綺麗になったわ。恋をすると女は変わるものね。」

「おばあさま…。」
泣きそうだった。唯一甘えることが祖母に潤む瞳を向けた時、今度は一番聞きたくない声を私の耳は拾っていた。

 「ほんとに…あなたは美しい。」

 (一番見たくない顔だけど、この御仁はロレーヌ国王の甥、知らん振りはできないよね。ましてや、今私の真横に立っているのに……まぁ、気がつきませんでしたわ。と、さすがに惚けた物言いも出来るはずもない。あぁぁ~しょうがない。)

 無理やり口角をあげ
「…アルバーニ公爵様。そのような戯言、本気にしてしまいますわ。」

「君の美しさの前に、ひざまずき、愛を乞う私が…そんな戯言など言うはずはありませんよ。まったくつれない方だ。」

(おいおい…止めてよね。ほんと、歯が浮くようなこの物言いといい、ひとつに結んだ黒い髪が、男性にしては白い顔を、より白く見せているところといい、悪いけど…私には、爬虫類を思い出させて苦手なのよ。だ・か・ら、早く行って)と、いつものように念を込めて微笑んだ…だが…

「早く行けと、仰りたいのでしょうが。」とアルバーニ公爵は微笑み、マリーの向いに座ると顔色が変わっていくマリーの様子が、嬉しいかのように笑みを深くした。



アルバーニ公爵が、こうやってマリーに話しかけるようになったのは、一年程前だ。と言うより兄ケントが伯爵を賜り、政治の中枢で働くようになってからだった。貧乏子爵の妹の存在など、たぶんアルバーニ公爵は、一年前までは知らなかっただろうとマリーは思っていた。こうやって近づくと言うのは、兄の…というより、ロレーヌ国政治の中枢に兄を組み込んできた、ラファエルやエフレン国の動きを知りたくて、自分に探りを入れているのでは…と。でもアルバーニ公爵は一度として、そんな様子を見せず、会う度にマリーにふざけたように愛を乞うようなことを口にしていたから、その緊張感はだんだんと緩み始めた頃だった。





 口元には笑み浮かべていたが…笑っていない目でマリーを見つめ
「今日はお見せしたいものがあるので…」

 (見せたい物?やっぱり…この御仁はなにかある。)

アルバーニ公爵の胸のポケットから、出された封筒は、テーブルの上に投げられたが、マリーはその封筒には手を伸ばさず、ただ、じっと封筒を見つめていた。

「おや?すぐに、ご覧になると思ったのですが。」

「今、見ろと仰るのですか?」

「…出来れば…。」

マリーの手が、その封筒に手が恐る恐る伸びた時だった、その手より早く伸びた手が、封筒を手に入れ
「まぁ!!アルバーニ公爵様!このおばあさんが目に入らないほど、マリーに夢中なのでございましょうが。この祖母の目の前で、ラブレターをお渡しになるのは無粋ですわ。それも今読めとは…。いくら公爵様で在らせましても、女心がわからぬようでは…」と、呆れたように頭を横に振った。

「おばあさま…。」

「アデラ殿…!」

「アルバーニ公爵様、今日はこの辺で引いてくださいませんか?屋敷に戻ってから、マリーには、あなた様のラブレターを見せますので…返事は後日に…。」

アデラが仕切ったこの場に、 アルバーニは「あなたもとんだ役者だ。」と呟くように言うと、クスリと笑い…

「これは本当に無粋でした。早く中をマリー嬢に見て頂きたくて、すこし焦ってしまいました。
でも、今動くのがチャンスだと思ったんですよ。私はあなたを妻にと伯父上に、いや国王に願い出ておりましたのに、国王は、あなたにはもうすでに許婚がいると言われ、私の話を聞いてもくれません。それどころか、あなたの婚約者の名前さえ教えては下さらない。
ならばベルトワーズ伯爵に問いただすと、話す事はできないと言って、逃げの一手だ!

でも…金を使えば、いろいろと情報は隠していても手に入るものなのですね。
あの王子様は、あなたに隠していたんでしょうが、あの王子には今、他の女性との結婚の話が進んでいるんですよ。

あなたにはショックなことでしょうが、私にはチャンスだと思いました。だから今なんですよ。あなたを落とせるのは今しかない。」


結婚?
ラファエルが…?
他の人と…結婚する…?

「その封筒の中は、エフレン国 ラファエル・セオドール・マクファーレン第2王子とバルボリーニ国フィオレンティーナ・ジゼラ・バルボリーニ王女とが、仲睦ましく写っている写真です。」


(バルボリーニ国…)
マリーは…大きく息を吐くと目を瞑った。どこかで思っていたことだった。

長い間、この両国は牽制しながらうまくやっていた、だが半年前だ。
エフレン国とバルボリーニ国との国境で、小競合いが突然起こり…今だ続いている。
もし、軍を率いての争いになれば大国同士だ、大きな戦いにになるだろう。
そうならないためにも今すべき事は…休戦、あるいは和睦協定だ。
でも大国同士、面子があるが故に、どちらも簡単に剣を退くことは難しいだろう。そうなると、考えられるのは…結婚だ。剣を鞘に収めるのには良い理由だ。

フィオレンティーナ王女はひとり娘。
エフレン国と血縁関係を結ぶのは、お互いの国の覇権争いを起こすかもしれないという危険はあるが…もし、うまく双方の国の貴族を宥める事ができれば、この大陸一の国家ができる可能性もある。



やっぱり…簡単には私の恋は…行かない。
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