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待っててくれた。そう思うだけで嬉しくて、睨んだつもりの目元はきっと笑っている。

好き。

良いよね。思うくらいは…
ちょっぴり、胸の痛みを抑えて、王子様を見たら…


私を見て笑った。
……王子様の笑顔は、強烈だった。

ドキドキとする胸を押さえるように、ふぅ~と息を吐いて…ハッとした。

見られている?

妙に後頭部に視線が突き刺さるような気がする。
ゆっくりと振り返ると、通り過ぎる人達が、私と王子を見て、コソコソと…何かを言ってはジロリ。特に女性の視線は……怖い。まさかと…目の前の王子様へと振り返った。

こ、これだ。王子様の笑顔は、やっぱり強烈だ。

宿の前でキラキラなこの方との立ち話は、人の好奇心をそそってしまったらしい…マズい!これは絶対にマズい!噂を広げない為にも、ここを立ち去ったほうがいい。私は、ラファエル王子の背中をドンドンと押しながら、部屋に行こうと言った。ラファエル王子は笑いながら頷き、私たちは部屋へと向かっていった。



あんな顔もするんだ。

自分の前を歩く広い背中を見ながら…そう思っていた。

それは通り過ぎる人の中から、待ち人を捜すが、なかなか見つける事ができなくて、だんだんと寂しくなって、不安になって、泣き出してしまいそうな迷子の子供のように見えた。

どうして、そんな顔で私を待っていたの。

戸惑いながら、私は広い背中を見つめた。





俺は、自分の後ろを付いてくる足音に、先程、慌てて俺の背中を押していた、あの焦った顔を思いだし思わず、笑みが零れた。

あの顔は、年相応の可愛いい少女。
だがイラリアに、このままでいいのかと迫った彼女は強く、そして優しい女性。
俺に付き合っている男達の話をする彼女は、遊びなれた女。

突拍子もない話もあったが、淀みなく出てくる男の話は、経験したような…見てきたような感じで、その場で出た嘘だとは思えない。


振り返って俺は彼女を見た。

君は…



マリーは突然、ラファエルが振り向いた事で、心の中を覗かれたようで気がして、慌てて繕うように、ヘラリと笑ってみせた。




君の本当の顔は…どれなんだ?
その少女のような仕草に、俺は困惑してしまう。




ファエルの取り巻く雰囲気が変わった事に、マリーは首を傾げ、ラファエルを見つめた。しばらく見つめあうような形であったが、ラファエルが歩き出すと、マリーは戸惑いながらも静かにあとに続いた。そんな、ぎこちない空気のまま、部屋に入ると、ラファエルはマリーに

「…伯爵夫人とのこと、感謝している。父に気づかれ、俺と距離を置こうとした彼女に、離れないでくれと哀願してしまうほど、純粋に彼女を愛していたのに、どうにも進まない関係に疲れてしまい、純粋な思いから始まった恋心が、いつしか、ただひとときを共にする関係になってしまっていた。でも君のおかげで、俺も彼女も、12年前のあの純粋に愛していた頃に戻って、好きだと言え、ようやく新しい道を見つけられたんだ。ありがとう。」


それはラファエルにとっては、【12年前の恋を幸せな思い出にして、お互いが新しい道へと歩むことが出来た。】と、心配してくれたマリーへの報告のつもりだった。

だが…


好きって…伯爵夫人に言ったんだ。
新しい道って?すべてを捨てて、伯爵夫人と生きて行くってこと?

あぁ…そうだったんだ。あの不安そうな顔は、これから先、伯爵夫人とふたりで生きてゆくためには、乗り越えなければならない問題を考えていたんだ。

あの姿は、私を待っていたのではないんだ。そうっか…

ほんの少し…
そうほんの少し…
あの不安そうな瞳は、私を探して… そして待っていてくれたのかなぁと思っていた。

よく考えればわかることだった。
王子様にとっては、私は女性ではない。恋をする相手ではないんだもの。
もし、私を女性として見ていたのなら、お茶だけで終わる逢瀬はないだろう。ましてや私が帰った後に、他の女性を呼んでいた事を考えれば、わかっていたことだったのに…。



脳裏に浮かんだのは…迷子になった子供が、青い瞳を揺らしながら、不安そうに通り過ぎる人の中から待ち人を捜していた。でもようやく待ち人を見つけたのだろう。口元に幸せそうな笑みを浮かべ、その人に向かって…赤いマニキュアの美しい女性に向かって、手を伸ばしていた。


【バカみたい。】と心の中で呟くと、口角を無理やりあげ
「そう…良かった。ところで今日はどんなデザートとお茶がでるのかしら?」


門の前で佇む、ラファエル王子の姿を見た時
『もう充分幸せ。』だと思ったのに…それ以上のことは望まないって、思っていたのに…

ほんと、私って欲張りだ。
ほんと、私って…バカみたい…。


「わぁ!ミックスベリーのスフレチーズケーキなの!しっとりとした口溶けの良いスフレチーズの上に苺風味スポンジをのせ、甘酸っぱいミックスベリーソースをかけ、ラズベリー風味の生クリームをたっぷり絞り、苺を飾ってある…あのミックスベリーのスフレチーズケーキ!嬉しい~。」

 「よく…そんな感想が食べなくても出るもんだなぁ…」
 王子様の笑った声に…

「デザートに詳しいのは、若いから!」

 「…おじさん扱いか…」

 「うふふ…だって一回り!違うんだもの!」


そう言うあなたは…私を子ども扱い。
キスや抱擁ではなくて、ケーキやお茶で、私を迎えてくれる。

さよならを考えておかないと…王子様の後ろ姿を追いかけて、生きて行くことになってしまいそう。後姿…か、振り向いてくれなければ…気づいてもらえない。振り向いてなんかくれないよね。横に愛するひとがいれば、そのひとを見つめて生きてゆくんだもの。わざわざ後ろを向く必要なんかないもの。


 「ねぇ、いつも部屋の中で、お茶とケーキばかりじゃなくて、たまには外に出ない?花祭りがあるの。明日の最終日は女性は妖精に、男性は王子様に扮して、夜通し歌って踊るの…行かない?」

 「それはいいなぁ。」

 「でしょう!…それにしても…うふふふ…」

 「なんだ、急に笑い出して」

 「だって本物の王子様が、王子様に扮するって、なんだか…可笑しくない?ねぇ!やっぱり、あのかぼちゃのようなズボンを穿くの?」

 「…かぼちゃ…ブリーチズと言えよ…。」と言ってよっぽど…嫌だったんだろう。ムッとした顔で叫ぶように言って、私の頬を引っ張りながら…

「おまえが言ってるのはいつの時代だよ。それはもう100年ほど前の話!ましてや俺は陸軍近衛師団にいるから、穿いたことはない!」

私はラファエル王子の子供のような言い草に、愛おしさを感じながらも… 恐かった。
これ以上ラファエル王子に囚われることが、だから…

(花祭りを最後に…。その思い出だけで、生きていこう。だって、だって…どうにもならない。王子様は、私を女としては見ていないんだもの。)

…涙が零れた。

「痛かったのか?!ごめん!!悪かった!」ラファエル王子の慌てる声に… 私は…

「…痛いよ。」と言って、頬を押さえながら笑ったが…

痛いのは本当はどうにもならない、この思いが辛くて…胸が痛いのと……言い出しそうだった。

でも、笑った。
せっかくの時間を、涙で途切れさせたくなかったから…私は笑った。


 
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