恋するクロネコ🐾

秋野 林檎 

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11年前の思い出。

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駅の構内に入った私は、あたりを見回した……いない。

「どこにいるの?翔兄」と言いながら、構内を走った。だが、白いスニーカーから血が滲んできたのを見たら、気持ちはだんだんと下へと向いていき、私は唇を噛んだ。

猫の時と同じだ、追いかけても追いかけても、翔兄には追いつけない。そう思うと、自分と翔兄の間には、近づくことが出来ないくらいの大きな溝があるように思えてしまい、体と心が凍ったように、動くことが出来なかった。

「あの…すみません。改札口の前に、立っていらっしゃると他のお客様のご迷惑になるので、移動して頂けますか?」

「えっ?!すみません!」

そういうと駅員さんは、ぶつぶつと「さっきは男子高校生、今度は女子高校生、こう続けざまに同じことを…ほんとに今時の高校生は…」…と

ちょ、ちょっと…今の話…。

「すみません!あの今の話ですが、その高校生はボストンバックを持っていませんでした?!どこに!どこに!います!!その高校生は!」

「い…いや、あの、5分ほど前に改札を通っていかれましたが…」

「改札を通った…。5分前に改札に入ったのなら、何時のどこ行きに乗れますか?!!」

あまりの私の迫力に、駅員さんはえっと、えっと…と言いながら、青い顔で調べてくれた。

「16時28分発の快速列車 博多行きと16時16分発の普通列車 春間行きだと…思いますが…。」


春間…、春間だ。翔兄は11年前に戻ろうとしている。


「あ、ああの、大丈夫ですか…」駅員さんの気遣う声に、ただ私は頷くだけで精一杯だった。
翔兄、翔兄…逃げちゃだめだよ。

翔兄の寂しさはきっと私が思っているより、ずっと深いんだと思う。
でも、11年前に戻っても…誰もいない!そしてなにもない!

翔兄のバカ!連れ戻してやる!自分から暗くて深い淵に飛び込もうだなんて、許さないから!



私は、駅員さんに叫んだ!

「次の春間行きの時間、教えてください!!」

引き攣った顔が…
「16時42分…で、です。」と震えながら答えてくれた。


*****


11年前もこうやって、よくJRに乗って、天神や博多駅に行ったよなぁ。
父さんがいる時は、車だったけど、母さんは「運転、苦手なのよ。」と言って、出掛けるときはいつもJRだった。

俺と真一とそして、花音の三人を連れて、今思えば、よくうるさい年頃の子供をそれも三人も連れて、出掛けていたよなぁ…そう言えば、あの、のほほんとした母さんだったけど、怒ったら恐かったよなぁ、俺たち三人が、これから行くプールに興奮して、列車の中で騒いだ時だった。

「騒いだらダメだと言っていたでしょう!」と、日頃、聞いた事のない低い声で言ったかと思うと、三人の頭をコン、コン、コンと拳骨を落してきた。軽くだったが、あの母さんが…と思うと、俺たち三人は…ビビッたよなぁ…。
いつものんびりしてて、やさしくて、でも怒ると恐かった母さん…。


母さん…幸せだった?


母さんと父さんが惹かれあっている姿に、松宮さんは身を引いたのに…。
それで父さんと結婚できたのに、俺が…俺が…いなかったら、みんな、うまくいっていたのに…。


母さん…本当に俺がいて幸せだった?

父さん…俺を見る度に辛くなかった?

松宮さん…一年前に知った事実に、耳をふさぎたかっただろう?


膝の上に置いているボストンバックに、顔を埋めしっかりと目を閉じ、そして心のざわめきに蓋をした。 

               

もう…なにも考えたくない。


*****

春間へと列車が、景色を後ろへ、後ろへと飛ばしていた。私は飛ばされていく景色を見ながら、確信していた、翔兄は、春間のあのアパートに行くつもりだろうと…。

「いゃぁ!それいるの!」「ダメ!ぼくのだもん!」「ふたりともいい加減にしなさい!」
と、突然騒がしい声が車内に響いた。親子だろうか?

母親らしき女性は、すみませんと言いながら、周りに頭を下げていた。
その姿に私は、お兄ちゃんと翔兄と列車に乗って、翔兄のお母さんに遊びに連れて行ってもらったことを思い出した。
そうそう、翔兄のお母さんは怒ると恐かったな。あのお兄ちゃんが、借りてきた猫状態だったもんね。
いつも「俺のだ。使うな花音。」と威張って、何一つおもちゃを貸してくれなかったのに、翔兄のお母さんの前では「僕のを使っていいよ。花音。」なんて言って…あれはビビッていただけじゃないよね。うふふ…。

きっとお兄ちゃんは、翔兄のお母さんが好きだったのでは…と今なら思う。
初恋だったのかなぁ…そう思って、また、あの気取ったお兄ちゃんを思い出した、いつも《俺が》と言っていたあの生意気な口が、澄ました口調で《僕が》だって。うふふ…。

もう、口を押さえないと笑い声が漏れそうだった。


翔兄…。
翔兄も列車の中で思い出しているかなぁ。
11年前の思い出は、辛かったことばかりじゃなかったよね。
楽しい事だって、いっぱいだったよね。

そしてそれは…今もそうだよ。辛い事ばかりじゃないよ。


翔兄。

お兄ちゃんの気取った顔を思い出してる?
すごく可笑しかったよね。



また、笑おうよ、お兄ちゃんとそして…私と。

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