恋するクロネコ🐾

秋野 林檎 

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一番、側にいて欲しい人は、一番…心の弱さを知られたくない人

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じいちゃんの危篤の知らせを聞いて、病院に来た。いや、どうやってここに来たのかわからない。気がついたときには病院にいた。

何もかもがぼんやりして、今が現実なのか…夢なのか…曖昧の時の中にいるようだ。

だから今、この目の前のことが現実のように思えない。

いろんな機械に繋がれたじいちゃんを医者が囲み。
機械の音や、医者や看護師の声が飛び交っているが、何を言っているのかわからない。

ただ…俺は見ている。
目の前の光景をただ茫然見ている。

あぁ…そうだ。あの時もそうだった。
11年前病室の隅で俺は、今のような光景を見ていた。

機械の音が鳴り響き、医者と看護師が慌てて動き、そして叫んでいた。

「男性が心停止!」

「200にチャージ!離れて!」

「女性の出血が止まりません!」

「オペの準備は!!」


なにがあっているのかわからず、小さな声で両親を呼びながら、俺は今と同じように見ていた。
そんな時、俺を後ろから抱きしめる手があった。その大きな手が俺の胸の前で重なると、その人が言ったんだ

「俺がいるからな。だから…心配するな。」

ぼんやりと思い出していたら…
機械の音が止まっていることに気が付いた。そして医者の視線が俺に向いていることも…。

「残念ですが…〇時〇分…ご臨終です。」

感謝の言葉が上手く出てこなくて、俺は頭を下げた。深く下げた。

じいちゃん…。


11年前。

「俺がいるからな。だから…心配するな。」


そう言ってくれた人が…今…この世界から消えてしまった。

両親と同じ、もう会えない人になってしまった。


じいちゃん…。






気がついたら…中庭にいた。

周りを見渡し、ここに来るまでの事を思い出そうとしたが、何一つ思い出せない。

雨が降っていたのか…?
足元の水たまりをぼんやりと見つめ、まるで夢の中だと思った。

だが、冷たい風に体が(寒い)と感じている、どうやら…夢ではないようだ。

雨が残した跡をそっとスニーカーで触れ、輪が幾重にも広がって行く様を見ながら、静かだと思った。それはまるでこの世界でたったひとりかのように思えた。

「ひとり…か」

思わず出た言葉に俺は苦笑すると、目を瞑ったが、声が…、俺を呼ぶ声が聞こえ慌てて見渡しと、病院内と中庭を隔てるガラス戸に花音が立っていた。



来てくれたんだ…。

花音の顔を見たら、一気に体に血が流れた気がした。
走って、俺を捜してくれていたのだろうか、黒い髪が胸元で少し乱れている。

花音…。
11年前も、そして…今も…俺が奈落の底に落ちそうな時、君は現れ、その細い腕で俺を救おうと手を伸ばしてくれる。

11年前、あの温かい君の手は、俺よりほんの少し小さかった。
俺の横で泣いてくれた君の背丈は、俺よりほんの少し低かった。

あの頃の2つ違いの男女の差は、大したことはなかったんだね。

あの時、俺は思ったんだ。
今度は俺が花音を守りたいと、大きな手で、そして大きな体で、今度は俺が花音を守ってやりたいと。

あれから11年。
俺の手は随分大きくなったよ。
そして背丈はもっとだ。

ようやく、君を守れると思った。
だから、俺のいる高校に、花音が入学してくると知った時、俺は花音が憧れる先輩になりたかった、勉強もスポーツも出来て、頼りがいがある先輩として、花音と再会したかった。

真一は、【バカ、なに気取ってるんだよ!そりゃ、先輩としては尊敬されるかもしれないが…秋月 翔太という人間を好きになるかはわからんぞ。あいつは感が鋭いから、カッコつけた姿なんかお見通しだからな。俺の妹に気があるのなら、本当の自分を、おまえの人としての弱さを見せろよ。あいつならおまえのその弱さを否定しない。寧ろ、その弱さを見せたおまえを愛しいと言って抱きしめる。あいつはそんな女だ。】


花音、君はそう言う女性だと俺も思う。

でも…俺は…もう、君に助けてと手を伸ばす子供じゃない。俺はもう小さな手じゃない。君が包み込める小さな手を持つ男の子なんかじゃない、男なんだ。君を好きな男なんだ。

だから、俺を救おうとして伸ばす、君のその手を掴めない。

わかってくれ。



涙をためた花音の姿がここからでもわかる。そして…伸ばされた手も…

でも…

俺は…大丈夫だからと言うように、口元に笑みを浮かべようとしたが、だが、花音にはやっぱりわかってしまったみたいだった。無理に笑みを浮かべ、涙を堪えている顔を…

【翔兄のバカ!なんで心を隠すの?!こんな時は泣くの!!悲しい時は泣くの!!顔をぐしゃぐしゃにして泣くものなの!!】

俺は背を向けて、立ち去って行く花音を黙って見送ってしまった。

(花音を追いかけて)
立ちつくす俺に、心の中で7歳だった頃の俺がそう言った。


「追いかけて、花音の腕を掴んで…で…何を言うんだ。あの頃とは違う。一番、側にいて欲しい花音は…一番、心の弱さを知られたくない人になってしまったんだ。そんな花音に…何を言うんだ。何が言えるんだ。」

7歳の俺が小さな声で(バカ)と言った。

「わかってる。そんなことわかってる!」

そう叫び…俺は顔をくしゃくしゃにして泣いた。
ひとりで乗り越えると決めた、その悲しみの大きさを感じながら…泣いた。




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