恋するクロネコ🐾

秋野 林檎 

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俺の存在が、いつも誰かの人生を狂わせる。

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目が覚めても、私は猫のままだった。本体が熱でぼんやりしているのかなぁ。

それは…平蔵の力なんだろうか…。

でも、困った。翔兄の側にいて、本音を聞けるのはいいんだけど、このまま、この姿だと翔兄に話すことさえ出来ないし、読経が流れる中、今はこの鞄の中から、顔を出すことさえ憚れる。はばか

などと…結構、長い時間、学生鞄の中でごろごろとしながら考えていたら、突然、鞄を開けられ、私の頭を撫でながら、翔兄が声をかけてきた。
「平蔵。大丈夫か?」

「にゃぁ~(私は大丈夫だけど、翔兄こそ大丈夫なの?)」

「なんだか、おまえに心配されているみたいだなぁ」と言って微笑み、抱き上げられた。えっ?!誰かに見つかったら、ヤバイよ!!とあたふたしている間に抱き上げられ、そして抱き上げられ見た景色は…和室で、

そして…もう誰もいなかった。

一瞬、11年前の翔兄のご両親の葬儀と被った。

家族葬というらしい、部屋に飾られた祭壇に飾られていた遺影のおじいさんは、優しい笑顔で人柄がわかるようだった。翔兄もおじいさんの遺影を見ていたんだろうか、私を撫でながら…ポツリと

「俺と…じいちゃん。血の繋がりないんだ。俺は母さんの連れ子だったから、だのにそんな俺をじいちゃんは引き取ってくれたんだ。」

私は、ハッとして翔兄の顔を見た。そうだ…翔兄の本当のお父さんは…松宮さん。

「俺…父さんが、実の父親じゃないと知っていた。どこかで生きているということも知っていたけど、幸せだったから…どうでも良かった。実の父親なんてどうでも良かった。だから両親が亡くなった時、現れなかった実の父親というその人を恨むこともなかった。でも一年前にじいちゃんが倒れた時に、突然あの人が現れたんだ。自分が父親だと言ってね。」

翔兄はそう言って、目を閉じ
「それまで実の父親なんてどうでもよかったと思っていたくせに、いざその父親に別の家族がいると知った時、母さんや俺を捨てるくらい、あの人が愛している女性と子供を…見てみたいと思った。いや嫉妬していたんだと思う。でも会うべきじゃなかった。

あの人の奥さんも、そして理香もいい人達だった…。そんないい人達が傷つく存在の俺が、今更現れて苦しませる理由などないと思った。遠縁…とあの人が俺をそう言って紹介した時、心の中で(ふざけんな)と思ったが、今となっては良かったと思っている。でも、もう係わり合いになりたくない、あの人の家族に近づけば、何れバレてしまうだろう。」


そう言って…私の顔を覗き込んで、

「おまえは、俺が話し出すと、そうやって黙って聞いてくれるよな…ありがとう。」


蝋燭が灯り、お線香の匂いがする誰もいない部屋は寂しかった。

おじいさんとの最後の夜をたったひとりで過ごす翔兄。

悲しみがまるで空気のように、部屋にあふれているからだろうか、翔兄の優しい顔と声は、いつもと同じはずなのに、なぜだか私は…恐かった。不意に翔兄の体が消えていくような錯覚を感じ、慌てて抱きしめられた翔兄の制服に、爪をたて必死に縋りついた。

「にやぁ~ん(翔兄大丈夫だよね。ほんとに大丈夫だよね。)」

翔兄は黙って私を抱いて、ぼんやりと祭壇の真ん中で微笑むおじいさんの遺影を見ていた。

・・・通夜は淡々と終わった。



早朝、一度家に帰ったお兄ちゃんが、両手にコンビニ袋を持って戻ってきた。

お兄ちゃんは、翔兄にその袋をひとつ渡すと
「食べろよ。まだ、終わってないんだからなぁ。」と言って翔兄から、私を自分の胸に抱きこみ

「平蔵。おまえも腹が減っているだろう。」
と、もう片方のコンビニ袋から、平たいお皿を出すと牛乳を入れてくれた。

子猫だから、まぁしょうがないと言えば、しょうがないんだけど…と思いつつ、横でおにぎりをほおばる、お兄ちゃんと翔兄に目がついつい行ってしまう。

チラチラと見ている私に気がついたお兄ちゃんが、意地悪そうな笑みを浮かべ、
「キャットフードのほうがよかったか?」と言って、私を見たが、その挑発には乗らず、心の中で(その顔、ムカつくよ。)と言いつつ、私はミルクに舌を伸ばし、キャットフードよりマシ…と何度も心の中で繰り返し、人間だったらおなかを壊すレベルまで飲みまくった。

ふぅ~と一息ついたときだった、私は突然抱え上げられ、翔兄の胸に押し付けられた。

「…猫か?」その声は、松宮さん?

「…すみません。こんなところに連れてきてしまって…」そう言った翔兄の胸の音は、ドキドキと早く打ち出した。松宮さんが翔兄の前に座ったんだろう。服の擦れる音がした。

「確かにマズいだろうなぁ。葬儀が始まる前には、出しておいたほうがいい。」

「…はい。」

沈黙が流れ、どうなるんだろうと思った時、お兄ちゃんが立ち上がるのが見えた。この沈黙は、自分がいるから話せないということだと思ったのだろう。

「翔太、外にいるから」
と言って、私をチラッと見たが、何も言わず、私をこのままふたりと一緒に置いておくつもりみたいだった。翔兄は頷き、お兄ちゃんは松宮さんに「失礼します。」とひとこと言って、部屋を出て行った。松宮さんも黙って頷いて、出て行くお兄ちゃんを見ていたがポツリと…

「花巻精密機器の御曹司か…」

その言葉を聞いた翔兄の体が強張った気がして、顔を上げると厳しい声で
「だから、どうだというんですか!」

ピーンと張った空気は、翔兄の心も、そして松宮さんの心もズタズタに切り裂いて行きそうで、怖くて体をブルッと震わせると、翔兄がフゥ~と息を吐き、
「…あなたは、いつもそうだ…。」

「いつも…?」

「えぇ、いつもです。お金を、権力を持つことに拘る。…その為に母を…捨てた。」

翔兄は唇を噛み
「…両親の遺品の中から、母とあなたの大学の頃の写真を見たことがあります。」

松宮さんが驚いた顔で翔兄を見た。
「同級生だったんですね。あなたと母の顔は…大勢で写った写真の中でもわかるほど、お互いを思う顔だった。本当は母とあなたは学生時代から付き合っていたんでしょう?!」

松宮さんの顔を見て、小さな声で「やっぱり」と言うと
「でもあなたは…母と付き合いながら奥さんとの結婚を選んだんだ。国会議員の娘との結婚で権力を得たかったんでしょう。母が妊娠に気づいたのは、あなたが結婚する前だ。…どうしてわかるというような顔ですね、俺と理香さんの誕生日からわかる簡単な話です。」

翔兄はそう言うと、じっと松宮さんを見つめ
「両親が亡くなった時、現れなかったあなたが、どうして一年前に俺の前に現れたのか考えました。
割と簡単に答えがでました。跡継ぎが欲しいかったんでしょう?
松宮家は遡れば、清和天皇の子孫で源氏の流れをくむ、そういう家は大名華族っていうそうですね。第二次世界大戦前までは侯爵という貴族だったとか…。」

クスリと笑うと
「松宮さんのご両親はその血筋に拘っていらした。だから、思い出したんでしょう、俺のことを。
理香さんはあなたの娘だけど、あなたやあなたのご両親は男の子に拘った。
なぜなら、理香さんが生んだ子供が後を継げば、これから以降は女系になる。平安時代から続く男系がここで途切れてしまう。クダラナイ…。そんなクダラナイ理由で俺を引き取ろうと思ったんでしょう?!一年前に、あなたの奥さんと娘を紹介された時、あなたの妻と娘ならどんなに嫌な奴だろうと思って会ったら…」

翔兄の口調はだんだんと熱くなって行き
「もったいないよ!あなたには…。いい人達で…そんな人達に、俺があなたの隠し子だとわかれば、あのふたりを苦しませる存在になるんだ。耐えられない。俺は存在してはいけなかったんだ。俺がいなければ、母は新しい道を選ぶことができたのに…父さんも…じいちゃんも…血のつながりのない俺なんかを苦労して育てることもなかったのに…。俺は、俺の存在は、いつも誰かの人生を狂わせる。生まれてくるべきじゃなかった!」


翔兄の言葉を黙って聞いていた松宮さんが…苦しそうに
「すまない…昨日…ふたりに、君の話をした。」と言った。

激高していた翔兄の声が…震え、顔が青褪めいていった。

「…あなたって人は…」と言って翔兄は絶句したが、急いで立ち上がると、部屋の外にいたお兄ちゃんに、泣きそうな顔で…「真一…」と言った途端、翔兄の目から涙が零れ落ちた。

「…兄妹だと知られた。理香のところに行ってやってくれ!」と言って「頼む」と言って頭を下げた。

お兄ちゃんの手が、翔兄の肩に置かれ

「あぁ、わかった。大丈夫だ。理香なら大丈夫だ。」
と言って翔兄の肩を軽く叩くと、私の頭を撫で「翔太を頼む」と言って走っていった。

ズルズルと翔兄が座り込み「俺の存在が…また…」と呟くと、青褪めた顔に悲しみと絶望が、ポロポロと涙となって零れ落ちていった。

なにも言えない、なにもできない私は、ただ必死でその涙を舐め取っていた。




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