恋するクロネコ🐾

秋野 林檎 

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あさぢふの 小野の篠原 忍ぶれど あまりてなどか 人の恋しき 参議等(源 等) …バレバレ。

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「早く追いかけたほうがいいよ!!きっと、花音ちゃん誤解してる!!」

と叫んでいる理香の声を聞いても動けなかった。

誤解?俺と理香が付き合っていると思われたと言うことか?!。
だが花音は、口にしたくないが俺のことを兄のように思っているだけ、俺の…俺の片思いだ。


「翔太!!」と理香は大きな声で俺を呼び捨てると。

「花音ちゃんが自分の事を男として見ていないから、片思いだから、わざわざ追いかけて誤解を解くのはカッコ悪いともでも思っているの?!例え思いは通じなくても、自分の恋には誠実でいて!嘘やごまかしで恋する気持ちを汚さないで!それは…好きな人を汚すの同じよ。」

「理香…。」

(自分の恋には誠実でいて!嘘やごまかしで恋する気持ちを汚さないで!それは…好きな人を汚すの同じよ。)

理香の言葉に、はそう思ったのだろうか…と、ふと思った。
しかし、その言葉を理香から聞くとは…

俺は頭の中に浮かんだ人を追い出すように、大きな息を吐くと頷き、花音の後を追い学校へと走ったが、だが、校内に入ってから見失ってしまい、俺は迷子になった子供のように途方にくれてしまっていた。

ハッ?!部室か!

百人一首部の部室は、部室がある棟の一番奥にある。走って階段を上り、百人一首部の部室の前で…大きく息を吸った。

トントンとドアをノックしたが、返事はなかった。ここでもないのか…顔が心と同じように下を向いていったが、もう一度、顔を上げそっとドアのノブに手をかけた、ノブはゆっくりと回った


ドア近くの机に…花音はいた。机に伏して、眠っているようだった、泣いたのだろうか?目元に、睫に涙の雫が残っていて、10年前に両親の喧嘩が恐いと言ってアパートの踊り場で泣いていた花音を思い出させた。

眼鏡を外した顔にそっと手を伸ばし、顔に掛かった黒い髪に触れながら…

「カナリヤの濡れ羽色」と呟いたら口元に笑みが零れた。



(翔兄、カラスは嫌…)

(あのね、カナリヤがいいの…)

(じゃぁ、花音の髪は、カナリヤの濡れ羽色だ。)

(うん、花音、それがいい。)

可愛かった。
可愛い花音とこのまま、ずっと一緒だと思っていた。
両親と真一と花音でいつも笑っている日々が、これから先も続くものだと思っていた。

だが、その幸せは儚いものだった。
車の中で、両親に花音達と秘密基地を作った話を夢中で話す俺に、父は笑い、母は(いいな~。今度、お母さんたちを招待して)と言って、俺を抱き締めた母。その温もりを感じた瞬間、そこで…幸せな日々は終わった。

あれは夢…と思うほど、あっけなく。

何も出来なかった。俺は無力な子供だった。
両親の思い出が詰まった家に留まる事も、花音達の側にもいることも、望むことさえ許されない子供だった。

早く大人になりたいと思った。
いつまでも運命に抗うことができない子供ではいたくなかった。

でも…11年経った今も、何一つ変わっていない。
俺はまだ子供、ひとりでは社会で生きて行けない子供だと思い知らされている。

あと、何年待てばいいんだろう。

俺の周りがまた変わっていく、また花音から遠ざかっていく。
じいちゃんが…逝ってしまったら、俺は…また違う家庭に入って孤独を感じてしまうのだろうか。

花音が側にいてくれたら、俺が一人で生きていけるようになるまで待っていてくれると、約束してくれたら、頑張れるのだが…バカだよなぁ、こんなに思っているのなら、もう10年以上も思っているのなら、眠っている花音に心の中で言うのではなくて、本人にちゃんと言わないと前には進まないのに。

「花音。」

睫にまだ残っている涙の雫を見ながら…もしこの涙が俺のことを思って流してくれていたのなら…

もしかして花音も…俺のことを…

俺の手は、花音のゆるいウェーブがかかった綺麗な黒い髪から、手が離せなくて、いつまでも動けなくて、このまま…花音の側にいたいと願ってしまうほどに…



「よし!!そこまでだ。翔太!」


突然、部室に真一が入ってきて、叫んだ大きな声に、花音の黒い綺麗な髪を触っていた俺の手は、行き場をなくし、握ったり開いたりと、どこに行ったらいいのか戸惑い。

眠っていた花音はビックンと動くと「…お兄ちゃん…?」と言いながら、顔を机から上げたが、俺を見て「ひゃぁあ~」とすごい叫び声をあげ、机の上に置いていた鞄を両腕で抱えながら、「ぁ、もう、そう、あ、あの行かないと…」と言って、部室から転がるように出て行こうとした。


それはまるで俺を避けるかのように思え、俺は…思わず俯いてしまった。

その時…。

(翔太!!)と大きな声で俺を呼び捨てにする理香の声が聞こえた。

(花音ちゃんが自分の事を男として見ていないから、片思いだから、わざわざ追いかけて誤解を解くのはカッコ悪いともでも思っているの?!例え思いは通じなくても、自分の恋には誠実でいて!嘘やごまかしで恋する気持ちを汚さないで!それは…好きな人を汚すの同じよ。)


戸惑っていた手を硬く握り、部室を出て行こうとする花音の背中に「松宮 理香は親戚だから!」と叫んだ。

足が止まった花音に、俺は大きく息を吐き
「俺、花音だけには、理香と俺の事を誤解されたくない!」

花音はゆっくりと振り返ると、俺を見て何度も頷き、ほんの少しだったが笑ってくれたように見え、俺は流行る思いで、花音の前に立った。良い返事が貰えなくても、今…言うんだ。

好きだと…言うんだ。


だが、そんな俺の耳に盛大なため息が聞こえた。

「理香って、松宮 理香か?まったく…何でここで理香が出てくるんだよ。」

真一は頭を抱えながら、
「花音、よく聞けよ。翔太と理香がどうこうなど…絶対!有り得ないから。」

そう言った真一は、俺と花音を見て、また盛大にため息をつき、
「…しょうがない。今日は…許す。」

「…何を言ってんだ?」

俺は告白を遮られ、不機嫌な顔のまま真一へと振り返り、そう言うと真一は鼻に皺をよせ
「今日はふたりで下校することを許すと言ってんだ。」

「「えっ?!」」と同時に花音と俺は声をあげたが、今一つ意味がわからなくて、問うように真一を見たら

「ようするにイチャコラして、ふたりで帰ることを許すと、お兄様は言ってんだ!」

「…イチャコラって…」
花音がそう言って、真っ赤な顔になった。


俺を…意識している?
真っ赤なその顔は…俺を意識しているんだよね。

俺は勇気を振り絞り言った。
「花音。一緒に帰ろうな。」

そう言って花音に微笑むと。花音はより真っ赤な顔で小さく頷いた。




告白は出来なかったが、花音の真っ赤な顔を思い出すと、いつまでもドアの前から動けなかった。

そんな、俺の背中に真一が…
「あさぢふの 小野の篠原 忍ぶれど あまりてなどか 人の恋しき 参議等(源 等) だな。もうバレバレの顔をしてたぞ。翔太。だが、告白は俺の前ではするな。」

俺は、真一の頭を小突きながら…
「俺だって、おまえの前でしたくないさ。でも、あの場合…告白する場面だろう?!」

「まぁ、そうだが…俺は見たくなかった。だいたい神聖な俺の部室で、花音に手を出そうとしてただろう?」

「な、なりそうだったが…出してない。だいたいおまえが理香と喧嘩するから、理香が俺のところに愚痴りに来たのが発端なんだぞ。」

「だから、悪いと思って…俺の花音とイチャコラして帰ることを許したんだ。」

「なんかムカつく。…俺の…ってつけるな。」

「うるさい。俺の妹だから、俺の花音だ。」

大きな溜め息をつき…小さく呟いた「シスコン」

「ふん!嬉しいくらいだ。ありがたくその言葉、頂戴してやる。」

真一のその言葉に俺は噴出し、真一も大きな声で笑い出した。

その笑い声は長く続き、ようやく息も整ってきた時。
「なぁ…真一。理香のこと…。」

その言葉に、真一は頷き
「あぁ…わかってる。」

俺は真一のその言葉に微笑むと


「確かに…ムカつくな…それは…。」
そう言って、真一が俺を睨み、俺達はまた笑った。

ようやく、思い描いていた未来が見えた気がしていた。




でも、そう…うまくはいかなかった。



それから、5日後…俺は掴みそうだった幸せを自ら捨ててしまった。




訳…【あなたへの恋しい想いを忍ばせておくことができません。】


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