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陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに…涙が止まらない。
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「花音、何か俺に言う事はないか?」
まるで時が止まったかのような長い沈黙は、お兄ちゃんのその言葉で静かに動き出した気がした、でも、どういえばいいのかわからない私は、お兄ちゃんに目を合わすことが出来なくて、だんだんと顔が下を向いていった。そんな私の頭に、お兄ちゃんがポンと手を置いたかと思ったら、
「…花音…。」と私の名前を呼んだ。
そっと顔をあげると、お兄ちゃんはじっと私を見つめていたが、(もういい、気にするな。)と言っているかのように軽く頷くと
「…親父にもたまには会ってやれよ。」と、翔兄の事には触れず帰っていった。
眠れないまま、夜明けを迎えてしまったのは、お兄ちゃんのここ数日の言葉や顔、そして声が頭から離れなかったからだった。
(あいつを…頼むよ。あの時みたいに…しっかり手を握ってやってくれ)と泣きそうな声。
(名にし負はば 逢坂山の さかねづら 人に知られで くるよしもがな…そうなのか?
おまえがこの歌の意味がわからないと思っているくせに、こんな言い方で聞くなんてひどいよな。でも、うまく言えないんだ。どう言葉にすればいいのかわからない。だけど翔太から平蔵の様子を聞いて…もしかして、奇跡と言うのがこの世にあるのなら…と…。すまない、変な事を言っているとはわかっている。)と戸惑うように私を見た顔。
どうしたらいいのかわからなかった。
でも、私の意識が平蔵に入らない今、説明できない。
でも今は翔兄だ。
平蔵として翔兄の側にいないこの4日の間に、翔兄の周辺が変わったのなら側に行きたい。おじいさんのことを、そして複雑なところに引き取られるという話を知りたい。
11年前のように…ううん、先日の雨の日のように、不安や寂しさをぎりぎりまで我慢する翔兄だから心配だから、そばに行きたい。
平蔵の時とは違うから、ほんの少し迷ったけど、お兄ちゃんの(あいつを頼む)と言った言葉に後押しされ、学校では近づけないから、学校に行く前に翔兄の家へと、私は朝早く家を出た。
でも、翔兄の家の前でインターホンを押す手が止まった。
チラリと左手の腕時計を見て
「勢いで飛び出してきたけど、さすがにちょっと、朝早かったかなぁ…。」
玄関を前に何度もインターホンへと手は行くが、なかなか押せなくて、インターホンに伸びていた手をギュッと握りしめた時だった。
玄関が開き…中から出てきた人を見て、私は固まってしまった…。
ここでにっこり笑って「おはよう。」と言える人なんていないと思う。
だって出てきたのは翔兄ひとりじゃなくて…理香さんも一緒だったからだ。
「えっ…ぁ、ぁぁ…」
と、意味のない音を口から出して、私は頭を下げ踵を返した。
理香さんの驚いた顔と、翔兄の呆然とした顔を、私はきっと忘れられないだろうなぁ。一生…忘れないだろうな。
足は急ぎ足から、やがて100M走のような勢いとなって、私はこの状況から、理香さんから、そして翔兄から逃げ出した。
どこかでこんな日が来ると思っていた。
【今度、平蔵に紹介したい子がいるんだ。きっと、平蔵も好きになるよ。】
紹介したい子…とは、きっと理香さんだと思った瞬間。それはもう私が、翔兄の側にいる必要が無いのかもしれないと思った瞬間でもあった。だからあの夜以来、平蔵の体に私の意識が行かなくなったのかもしれない。
…いや違う。
こんな日が来るだろうと思ったのは…もっと前。
それは…
11年前ひとりで泣くことも忘れるくらい壊れそうだった翔兄が心配だから、どんな形でもいいから側にいてあげたいと言いながら、翔兄の妹でいることに、ほんの少し寂しさを感じるようになった頃。
それは…
平蔵になって、身近で翔兄を知れば知るほど辛く感じるようになった頃。
その頃から、心のどこかで…もう翔兄の側に入られなくなると感じていたんだ。
妹としか見てくれない人の側にいる事が、いつか耐えられなくなり、側にいるのが辛いと思う時が来るとわかっていた。
私は唇を噛んだ。
「紹介したい子がいるんだ…なんて聞きたくなかった。」
両手で目元を拭った。
【胡散臭い人】と言って、2階から見ていた頃から…。
猫になるという有り得ない出来事を、驚きや戸惑いよりも、翔兄の側にいられると思った時から…。
それは…
でも、認めたくなかった。
自分の気持ちを見たくなかった。
「陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに (河原左大臣)」
笑える…こんなときに、日頃浮かんだこともないのに、百人一首がでてくるなんて…。
お兄ちゃん…やっぱり私は変人と言われるお兄ちゃんの妹だったよ。
お兄ちゃん…翔兄の手を握って力になってあげられるのは、私じゃなかった、お兄ちゃんの読みは間違っていたよ。
お兄ちゃん…お兄ちゃん…私、
私…涙が止まんないよ。
お兄ちゃん。
花音は聞こえなかった。理香が呆然として動けない翔太に…叫んでいた声が…
「早く追いかけたほうがいい!!きっと、花音ちゃん誤解してる!!」と言った理香の声が聞こえていなかった。
*訳…【摺り衣の模様のように、乱れる私の心。それは あなたのせいです。】
まるで時が止まったかのような長い沈黙は、お兄ちゃんのその言葉で静かに動き出した気がした、でも、どういえばいいのかわからない私は、お兄ちゃんに目を合わすことが出来なくて、だんだんと顔が下を向いていった。そんな私の頭に、お兄ちゃんがポンと手を置いたかと思ったら、
「…花音…。」と私の名前を呼んだ。
そっと顔をあげると、お兄ちゃんはじっと私を見つめていたが、(もういい、気にするな。)と言っているかのように軽く頷くと
「…親父にもたまには会ってやれよ。」と、翔兄の事には触れず帰っていった。
眠れないまま、夜明けを迎えてしまったのは、お兄ちゃんのここ数日の言葉や顔、そして声が頭から離れなかったからだった。
(あいつを…頼むよ。あの時みたいに…しっかり手を握ってやってくれ)と泣きそうな声。
(名にし負はば 逢坂山の さかねづら 人に知られで くるよしもがな…そうなのか?
おまえがこの歌の意味がわからないと思っているくせに、こんな言い方で聞くなんてひどいよな。でも、うまく言えないんだ。どう言葉にすればいいのかわからない。だけど翔太から平蔵の様子を聞いて…もしかして、奇跡と言うのがこの世にあるのなら…と…。すまない、変な事を言っているとはわかっている。)と戸惑うように私を見た顔。
どうしたらいいのかわからなかった。
でも、私の意識が平蔵に入らない今、説明できない。
でも今は翔兄だ。
平蔵として翔兄の側にいないこの4日の間に、翔兄の周辺が変わったのなら側に行きたい。おじいさんのことを、そして複雑なところに引き取られるという話を知りたい。
11年前のように…ううん、先日の雨の日のように、不安や寂しさをぎりぎりまで我慢する翔兄だから心配だから、そばに行きたい。
平蔵の時とは違うから、ほんの少し迷ったけど、お兄ちゃんの(あいつを頼む)と言った言葉に後押しされ、学校では近づけないから、学校に行く前に翔兄の家へと、私は朝早く家を出た。
でも、翔兄の家の前でインターホンを押す手が止まった。
チラリと左手の腕時計を見て
「勢いで飛び出してきたけど、さすがにちょっと、朝早かったかなぁ…。」
玄関を前に何度もインターホンへと手は行くが、なかなか押せなくて、インターホンに伸びていた手をギュッと握りしめた時だった。
玄関が開き…中から出てきた人を見て、私は固まってしまった…。
ここでにっこり笑って「おはよう。」と言える人なんていないと思う。
だって出てきたのは翔兄ひとりじゃなくて…理香さんも一緒だったからだ。
「えっ…ぁ、ぁぁ…」
と、意味のない音を口から出して、私は頭を下げ踵を返した。
理香さんの驚いた顔と、翔兄の呆然とした顔を、私はきっと忘れられないだろうなぁ。一生…忘れないだろうな。
足は急ぎ足から、やがて100M走のような勢いとなって、私はこの状況から、理香さんから、そして翔兄から逃げ出した。
どこかでこんな日が来ると思っていた。
【今度、平蔵に紹介したい子がいるんだ。きっと、平蔵も好きになるよ。】
紹介したい子…とは、きっと理香さんだと思った瞬間。それはもう私が、翔兄の側にいる必要が無いのかもしれないと思った瞬間でもあった。だからあの夜以来、平蔵の体に私の意識が行かなくなったのかもしれない。
…いや違う。
こんな日が来るだろうと思ったのは…もっと前。
それは…
11年前ひとりで泣くことも忘れるくらい壊れそうだった翔兄が心配だから、どんな形でもいいから側にいてあげたいと言いながら、翔兄の妹でいることに、ほんの少し寂しさを感じるようになった頃。
それは…
平蔵になって、身近で翔兄を知れば知るほど辛く感じるようになった頃。
その頃から、心のどこかで…もう翔兄の側に入られなくなると感じていたんだ。
妹としか見てくれない人の側にいる事が、いつか耐えられなくなり、側にいるのが辛いと思う時が来るとわかっていた。
私は唇を噛んだ。
「紹介したい子がいるんだ…なんて聞きたくなかった。」
両手で目元を拭った。
【胡散臭い人】と言って、2階から見ていた頃から…。
猫になるという有り得ない出来事を、驚きや戸惑いよりも、翔兄の側にいられると思った時から…。
それは…
でも、認めたくなかった。
自分の気持ちを見たくなかった。
「陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし われならなくに (河原左大臣)」
笑える…こんなときに、日頃浮かんだこともないのに、百人一首がでてくるなんて…。
お兄ちゃん…やっぱり私は変人と言われるお兄ちゃんの妹だったよ。
お兄ちゃん…翔兄の手を握って力になってあげられるのは、私じゃなかった、お兄ちゃんの読みは間違っていたよ。
お兄ちゃん…お兄ちゃん…私、
私…涙が止まんないよ。
お兄ちゃん。
花音は聞こえなかった。理香が呆然として動けない翔太に…叫んでいた声が…
「早く追いかけたほうがいい!!きっと、花音ちゃん誤解してる!!」と言った理香の声が聞こえていなかった。
*訳…【摺り衣の模様のように、乱れる私の心。それは あなたのせいです。】
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