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男心と女心
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天井となった出入り口から、外へと出ると、数メートル下では、多くの敵が剣を片手に馬車を取り囲んでいた。
「…50ぐらいですか?」
「多分、それぐらいだ。だが弓を引く別の部隊が…200メートル程先にいるようだ。」
「弓を持つ者がいるのなら、早く片付けたほうがいいですね。」
「…そうだな。」
・
・
・
と、言われたルシアン王子だったが動かれる様子はなくて、私は眉を顰めながら、顔をルシアン王子に向けると、ルシアン王子も眉を顰めて私を見ていらした。
「えっ…と、なにか?」
「…」
「はぁ?今なんと?」
「だから!なぜ…そんな服を着る。」
「いや…好んで着ているわけではないんですよ。このポケットの位置も高すぎるし、だいたい…ズボンの横のこのライン!許せないです!茶色のズボンに紫のラインですよ。有り得ない!やっぱりルシアン殿下もそう思われたんですね。ダザイって…。そうですよね、ダサイ。私だってこんなダサイ服を…」
「違う!!!」
「へっ?違う?」
「だから、見も知らぬ男の服など…着るな!着るなら俺のを着ろ!」
「はぁ?いやいや…大きさが…」
私が素直に頷かなかったからか、ムッとした顔で、ルシアン王子は突然服を脱ごうとされた。
「な、何を考えているんですか?!この状況下で!!まったく…さぁ、片付けますよ。」
そう言っても、ムッとした顔はなかなか戻らず
「はぁ~もう~、先に行かせてもらいます!」
そう言って、私は馬車から飛び降り、向かってくる兵士を投げ飛ばすと、その兵士のサーベルを取って、馬車の上のルシアン王子に
「いつまで、そんなところで休まれるおつもりですか?」
「バカ言え!」
そう言いながら、ルシアン王子は馬車から飛び降り、二人の兵士に剣を振り下ろし
「だいたい!おまえは頑固者過ぎる。」
「はぁ~!どういう意味ですか?!」
まっすぐ私に向かってきた兵士の、横面を殴るとルシアン王子へと視線を動かし
「私は頑固者ではありません!殿下こそ、自分勝手です!ローラン国王になると言う話を、ひ・と・こ・とも、私にはお話してくださらなかったじゃないですか!」
「あの夜、俺は言っただろう!俺を信じろと!なのに…あの夜以来、おまえが俺を避けるから、話す時間もなかったんだ!」
そう言われ、襟首を掴んだ兵士の顔面に強烈な左フックを出された。
「殿下にはおわかりにならない。王となられる方に…私が…ふさわしいとは思えない事を…。」
ルシアン王子が怒った顔で、私を見られたが私は…次に出てくる言葉を飲み込む事はしなかった。
「だって!ローラン国が諸手を挙げて、ルシアン殿下を待っているわけじゃないから」
そう言って、周りを囲むローラン国の兵士らに目をやり
「少しでも、ローラン国をまとめるのなら…ローラン国の女性をお后様に娶られたほうが、うまく行くと思ったんです!」
「ロザリー!俺を信じていなかったのか?!俺の思いを…俺の力を信じていなかったのか!」
ルシアン王子の声は、震えていた。
「信じてます。ルシアン殿下を信じてます!!でも……好きな方が辛く、苦しい立場になるのを知っていながら、お側にはいられないって…そう、思うじゃないですか!!でも…あきらめきれなくて…。この気持ちをあきらめきれなくて…どうしたらいいのか…わからなくなって…。」
私の言葉に赤い瞳が揺れ…小さな声で
「…このバカ」
そう言って、
「あとで…おまえに男心を教えてやる。」
私は鼻を啜りながら
「こちらこそ、殿下に女心をお教えさせて戴きます!」
私の返答に、ムッとしていた顔が…優しい笑みに顔変わり…。
その柔らかく、包み込むようなルシアン王子の微笑みに、胸はドキンと大きな音をたてて、体は捕らわれたように動きが止まった…その瞬間…!
切り裂かれた空気が、私の横を吹きぬけた。
ハッとして横をみると、兵士が…私の横で倒れている。
つい…見とれてしまって…周りが見えていなかったなんて…バカ…なにやってんの。
ルシアン王子の赤い瞳が、楽しそうに…そして得意げに
「怪我をして以来、体が鈍っているようだな。ロザリー。」
あっ…ぁ…なんだか、ルシアン王子が楽しんでいるように感じる。
ううん、私も心のどこかで楽しいと思っている。
一緒に戦える事を、ルシアン王子と困難を乗り越えることが…こんなにも楽しい。
ルシアン王子を剣で、そして…そして…愛で…守ることが、こんなにもやりがいを感じる。
騎士でも、侯爵令嬢でも、どんな立場になっても、私はルシアン王子を守れることが嬉しい。
嬉しくて、唇が綻んでゆく。
「私はルシアン王子の御身も、その御心も守る騎士です。こんな失態はもうしません。」
「心…俺の心を…守る。」
その言葉が終わる前に…
私は短剣をルシアン王子の左から、襲ってくる兵士へと投げた。
「殿下こそ、ぼんやりしていらっしゃる時間はございませんよ。」
「…ぼんやりじゃない。おまえに見とれていたんだ。」
えっ?…
見とれる…。
今、見とれるって…どうしてこんなダサイ服の時に…言うんですか…?
あぁ…女心がわからないルシアン王子だから、もうこんなことないかもしれない。
こんな非常時に、体が動けなるくらいドキドキすることを言われるなんて、もっと、時と場所を選んで欲しかった。素敵なシチュエーションで…ドレスを着ているときに言われたかった…。
「ロザリー?」
あぁ…あの顔はやっぱり、わかっていらしゃらない。
ドレスの時に、言って貰えないだろうか…一生の思い出にしたいなぁ。ダメかなぁ…
右側にいる敵に、剣を振り下ろされたルシアン王子が、また…
「ロザリー?」
私は左に剣を水平に払いながら、未練がましく
「あ、あの…できれば…あとで」
「あとで…?」
剣の裏刃に角度をつけて、相手の裏側を切り込んだルシアン王子は…
「あとでいいのか?愛してるって言うのは?」そう言って、ニヤリと笑われた。
「…?!」
わ、忘れてた。
ルシアン王子は…【たらし】だった……それも無自覚の。
窓際に立ったルシアン王子を、ミランダ姫と一緒に見上げた時のように…
ルシアン王子が、赤い瞳を細め、口元を綻ばせていらっしゃる。
ドキン…と、また胸が大きく音を立てて、心臓がまるで、駆け出したかのように、ドキドキと早く打ち出す。
ミランダ姫…
また本物の【たらし】に、心臓を突き刺されてしまいました。
まだまだ修行が足らないようです。
嬉しいんですけど、でもなんか悔しいです!私ばっかり…ドキドキして…!!
私はサーベルを地面に突き刺すと、上体をひねり、その上体のねじれを戻す勢いで、下半身を前に振り出し、正面にいた敵を蹴り上げた。
敵は持っていたレイピアを落として、吹っ飛ぶように倒れ、私は蹴り上げた足で今度はレイピアを蹴り上げ、手に取ると
「この服がお気に召されないのなら、ドレスで今の回し蹴りをやればよろしかったでしょうか…殿下。」
ルシアン王子は溜め息をつくと、少し顔を歪め
「…それはもっと許せんな。」
ほんの少し気分を良くし、得意げに微笑んだ私を、可笑しそうに見られたルシアン王子だったが、私に背中を向けて…
「じゃぁ片付けるか、ロザリー。俺の背中を頼むぞ。おまえに俺の命を預けた。」
「あっ…」
固まった。体が…石になったかのように固まった。
でも固まった体はだんだんと熱を持ち体中に、熱くなった血が全身に回る。
侯爵令嬢の私は…ルシアン王子から【愛している】と言う言葉が欲しかった。
騎士の私は…ルシアン王子から【背中を預ける】と言う言葉が欲しかった。
そのどちらも貰えるなんて、私は…幸せだ。
「…御意!!」
「さぁ、早く片付けて、ローラン国へ行くぞ!」
そう言われたが…私へとまた視線を移し
「聞こえるか?」
遠くから馬の蹄の音と父の声が聞こえ、思わず笑みが零れた。
「はい。」
「じゃぁ…任せるか。」
「えっ?どういう意味でか?」
ルシアン王子はにっこりを笑われると、周りを囲む兵士らに言われた。
「自分の国の民になるお前達を切るつもりはなかったが…これ以上、手向かうなら容赦しない!切る!」
兵士らが息を呑んだ。
そんな兵士らを一瞥し、「ピィ~」と指笛を吹かれると、指笛の音に、忠実なルシアン王子の愛馬が駆けてくるのが見えた。
ルシアン王子の黒い愛馬は剣を持つ兵士らなど、目に入ってないかのように、まっすぐルシアン王子の下へやってくると声高く嘶き、ルシアン王子に甘えるように顔を寄せた。
ルシアン王子は、そんな愛馬に微笑むと、私に手を伸ばされ
「さぁ、行こう。」と言われたが…なかなか手を伸ばさない私に、戸惑うような目で私を見ると
「俺は…女心がわかっていないのか…やっぱり?」
「いいえ…この場面では最高です。」
ドキドキして、手が伸ばせなかったことが、ばれないように…笑って
「まぁ…こういう場面は女心の初級編ですから…誰にでもできること。でも、これからが大変なんです。まだまだ頑張って戴かないといけませんね。」
伸ばされたルシアン王子の手に重ねると、ルシアン王子がクスリと笑われた。
ぁ…手が震えていることに気がつかれたんだ。…うぁ…ヤバイ。
笑みを浮かべつつ、ルシアン王子の前に座ると…私の耳元で
「ではおまえには男心の初級編を…じっくりと指南してやろう。」
「いや…あの…それは、何れまたの機会に…」
そう言った私の言葉を無視されると、私の耳を食まれ、呆然とする兵士らを横目に馬を走らせられた。
あぁ…ダメだ。心臓がもたないかも…
平原を吹き抜ける風に目を瞑った私の手の上に、手綱を握る大きな手がそっと重なった。
「わ、私とて…ぁ…あの、男心には些か覚えがございます!!なんたって18年男をやっておりましたので!」
ルシアン王子は大きな声で笑われると
「いい加減に素直になって、おまえも俺をはっきりと愛していると言え。」
「…」
「もっと大きな声で、騎士団で鍛えた腹筋があるだろう?」
ガ~ンと頭を殴られた気がした。
そうですよ。私はお腹を刺されても内臓を損傷しなかった、シックスパックですよ。
「で、殿下!!!殿下はやっぱり、お…女心がまったくわかっておいではない~!女性に腹筋の話は禁句です!ましてや愛してる方に【鍛えた腹筋】と言われたら、どんなにショックか!!」
「愛してる男に【鍛えた腹筋】と言われるのは嫌なんだな。愛してる男に…」
「そうです!めちゃめちゃ愛してる男性に、【鍛えた腹筋】と言われて、喜ぶ女性なんているわけないじゃないですか!……あっ?!あれ?ぁ…ぁ…」
「そうか、おまえは俺をめちゃめちゃ愛してるんだ。」
や、やられた。
真っ赤になって、俯いた私に…
「俺もめちゃめちゃ愛しているから、引き分けにしてやる。この負けず嫌い。」
そう言われ、私は小さく溜め息をつくと言った。
「私のほうが…負けです。殿下をこの命をかけても良いくらい愛しているから…」
背中で息を呑むルシアン王子を感じた瞬間、手綱を真後ろに引かれ、馬の足を止めると
「…今夜まで、我慢できないことを言うな。」
えっ?愛してると言えって…言われたから…
ルシアン王子は、私の額に自分の額をそっとつけると
「参った。」
そう言って、微笑まれ
「ロザリー・ウィンスレット」
「ぁ、はい!」
「ローラン国では、きっと…辛い日々が待っているだろう。それをわかっていながら、俺はおまえを連れて行きたい。一緒に俺の母の国を守って欲しい。」
そう言われて、唇をよせながら
「ロザリー結婚してくれ。」
その声はまるで、私に愛を乞うように聞こえた。
「俺を信じろ。と仰ったではないですか?信じているから…愛しているからついて行きます。」
そう言って、私は微笑むと
「謙虚であれ、誠実であれ、裏切ることなく、欺くことなく、弱者には常に優しく、強者には常に勇ましく、己の品位を高め、堂々と振る舞い、夫を守る盾となり、矛となり、妻である身を忘れることなく、この命を愛する夫に…尽くすことを誓います。」
「それは…それは騎士の誓いというより…ぁ…まるで…結婚の誓い。」
ルシアン王子は震えながら、私の体をきつく抱きしめ
「…かっこ良すぎだろう。」
「当たり前です。私は殿下の御身もそして…お心も守る騎士でもありますから」
ルシアン王子はクスリと笑うと、私をより強く抱きしめられ
「だが今宵は…ただの女で俺の側にいろ。」
ぁ…あ…えっと…
「ぎょ、御意!!」
一瞬、固まったルシアン王子だったが、お腹を抱えて笑い出された。
笑うよね。この場面で…御意はないよね。
力のない笑みを浮かべた私の頬に両手をやられて
「そんなおまえを愛してる。」
「私も…」
そう言ってルシアン王子の唇に、触れるようなキスをすると、唇の上でルシアン王子が微笑んだようだった。
「…50ぐらいですか?」
「多分、それぐらいだ。だが弓を引く別の部隊が…200メートル程先にいるようだ。」
「弓を持つ者がいるのなら、早く片付けたほうがいいですね。」
「…そうだな。」
・
・
・
と、言われたルシアン王子だったが動かれる様子はなくて、私は眉を顰めながら、顔をルシアン王子に向けると、ルシアン王子も眉を顰めて私を見ていらした。
「えっ…と、なにか?」
「…」
「はぁ?今なんと?」
「だから!なぜ…そんな服を着る。」
「いや…好んで着ているわけではないんですよ。このポケットの位置も高すぎるし、だいたい…ズボンの横のこのライン!許せないです!茶色のズボンに紫のラインですよ。有り得ない!やっぱりルシアン殿下もそう思われたんですね。ダザイって…。そうですよね、ダサイ。私だってこんなダサイ服を…」
「違う!!!」
「へっ?違う?」
「だから、見も知らぬ男の服など…着るな!着るなら俺のを着ろ!」
「はぁ?いやいや…大きさが…」
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「な、何を考えているんですか?!この状況下で!!まったく…さぁ、片付けますよ。」
そう言っても、ムッとした顔はなかなか戻らず
「はぁ~もう~、先に行かせてもらいます!」
そう言って、私は馬車から飛び降り、向かってくる兵士を投げ飛ばすと、その兵士のサーベルを取って、馬車の上のルシアン王子に
「いつまで、そんなところで休まれるおつもりですか?」
「バカ言え!」
そう言いながら、ルシアン王子は馬車から飛び降り、二人の兵士に剣を振り下ろし
「だいたい!おまえは頑固者過ぎる。」
「はぁ~!どういう意味ですか?!」
まっすぐ私に向かってきた兵士の、横面を殴るとルシアン王子へと視線を動かし
「私は頑固者ではありません!殿下こそ、自分勝手です!ローラン国王になると言う話を、ひ・と・こ・とも、私にはお話してくださらなかったじゃないですか!」
「あの夜、俺は言っただろう!俺を信じろと!なのに…あの夜以来、おまえが俺を避けるから、話す時間もなかったんだ!」
そう言われ、襟首を掴んだ兵士の顔面に強烈な左フックを出された。
「殿下にはおわかりにならない。王となられる方に…私が…ふさわしいとは思えない事を…。」
ルシアン王子が怒った顔で、私を見られたが私は…次に出てくる言葉を飲み込む事はしなかった。
「だって!ローラン国が諸手を挙げて、ルシアン殿下を待っているわけじゃないから」
そう言って、周りを囲むローラン国の兵士らに目をやり
「少しでも、ローラン国をまとめるのなら…ローラン国の女性をお后様に娶られたほうが、うまく行くと思ったんです!」
「ロザリー!俺を信じていなかったのか?!俺の思いを…俺の力を信じていなかったのか!」
ルシアン王子の声は、震えていた。
「信じてます。ルシアン殿下を信じてます!!でも……好きな方が辛く、苦しい立場になるのを知っていながら、お側にはいられないって…そう、思うじゃないですか!!でも…あきらめきれなくて…。この気持ちをあきらめきれなくて…どうしたらいいのか…わからなくなって…。」
私の言葉に赤い瞳が揺れ…小さな声で
「…このバカ」
そう言って、
「あとで…おまえに男心を教えてやる。」
私は鼻を啜りながら
「こちらこそ、殿下に女心をお教えさせて戴きます!」
私の返答に、ムッとしていた顔が…優しい笑みに顔変わり…。
その柔らかく、包み込むようなルシアン王子の微笑みに、胸はドキンと大きな音をたてて、体は捕らわれたように動きが止まった…その瞬間…!
切り裂かれた空気が、私の横を吹きぬけた。
ハッとして横をみると、兵士が…私の横で倒れている。
つい…見とれてしまって…周りが見えていなかったなんて…バカ…なにやってんの。
ルシアン王子の赤い瞳が、楽しそうに…そして得意げに
「怪我をして以来、体が鈍っているようだな。ロザリー。」
あっ…ぁ…なんだか、ルシアン王子が楽しんでいるように感じる。
ううん、私も心のどこかで楽しいと思っている。
一緒に戦える事を、ルシアン王子と困難を乗り越えることが…こんなにも楽しい。
ルシアン王子を剣で、そして…そして…愛で…守ることが、こんなにもやりがいを感じる。
騎士でも、侯爵令嬢でも、どんな立場になっても、私はルシアン王子を守れることが嬉しい。
嬉しくて、唇が綻んでゆく。
「私はルシアン王子の御身も、その御心も守る騎士です。こんな失態はもうしません。」
「心…俺の心を…守る。」
その言葉が終わる前に…
私は短剣をルシアン王子の左から、襲ってくる兵士へと投げた。
「殿下こそ、ぼんやりしていらっしゃる時間はございませんよ。」
「…ぼんやりじゃない。おまえに見とれていたんだ。」
えっ?…
見とれる…。
今、見とれるって…どうしてこんなダサイ服の時に…言うんですか…?
あぁ…女心がわからないルシアン王子だから、もうこんなことないかもしれない。
こんな非常時に、体が動けなるくらいドキドキすることを言われるなんて、もっと、時と場所を選んで欲しかった。素敵なシチュエーションで…ドレスを着ているときに言われたかった…。
「ロザリー?」
あぁ…あの顔はやっぱり、わかっていらしゃらない。
ドレスの時に、言って貰えないだろうか…一生の思い出にしたいなぁ。ダメかなぁ…
右側にいる敵に、剣を振り下ろされたルシアン王子が、また…
「ロザリー?」
私は左に剣を水平に払いながら、未練がましく
「あ、あの…できれば…あとで」
「あとで…?」
剣の裏刃に角度をつけて、相手の裏側を切り込んだルシアン王子は…
「あとでいいのか?愛してるって言うのは?」そう言って、ニヤリと笑われた。
「…?!」
わ、忘れてた。
ルシアン王子は…【たらし】だった……それも無自覚の。
窓際に立ったルシアン王子を、ミランダ姫と一緒に見上げた時のように…
ルシアン王子が、赤い瞳を細め、口元を綻ばせていらっしゃる。
ドキン…と、また胸が大きく音を立てて、心臓がまるで、駆け出したかのように、ドキドキと早く打ち出す。
ミランダ姫…
また本物の【たらし】に、心臓を突き刺されてしまいました。
まだまだ修行が足らないようです。
嬉しいんですけど、でもなんか悔しいです!私ばっかり…ドキドキして…!!
私はサーベルを地面に突き刺すと、上体をひねり、その上体のねじれを戻す勢いで、下半身を前に振り出し、正面にいた敵を蹴り上げた。
敵は持っていたレイピアを落として、吹っ飛ぶように倒れ、私は蹴り上げた足で今度はレイピアを蹴り上げ、手に取ると
「この服がお気に召されないのなら、ドレスで今の回し蹴りをやればよろしかったでしょうか…殿下。」
ルシアン王子は溜め息をつくと、少し顔を歪め
「…それはもっと許せんな。」
ほんの少し気分を良くし、得意げに微笑んだ私を、可笑しそうに見られたルシアン王子だったが、私に背中を向けて…
「じゃぁ片付けるか、ロザリー。俺の背中を頼むぞ。おまえに俺の命を預けた。」
「あっ…」
固まった。体が…石になったかのように固まった。
でも固まった体はだんだんと熱を持ち体中に、熱くなった血が全身に回る。
侯爵令嬢の私は…ルシアン王子から【愛している】と言う言葉が欲しかった。
騎士の私は…ルシアン王子から【背中を預ける】と言う言葉が欲しかった。
そのどちらも貰えるなんて、私は…幸せだ。
「…御意!!」
「さぁ、早く片付けて、ローラン国へ行くぞ!」
そう言われたが…私へとまた視線を移し
「聞こえるか?」
遠くから馬の蹄の音と父の声が聞こえ、思わず笑みが零れた。
「はい。」
「じゃぁ…任せるか。」
「えっ?どういう意味でか?」
ルシアン王子はにっこりを笑われると、周りを囲む兵士らに言われた。
「自分の国の民になるお前達を切るつもりはなかったが…これ以上、手向かうなら容赦しない!切る!」
兵士らが息を呑んだ。
そんな兵士らを一瞥し、「ピィ~」と指笛を吹かれると、指笛の音に、忠実なルシアン王子の愛馬が駆けてくるのが見えた。
ルシアン王子の黒い愛馬は剣を持つ兵士らなど、目に入ってないかのように、まっすぐルシアン王子の下へやってくると声高く嘶き、ルシアン王子に甘えるように顔を寄せた。
ルシアン王子は、そんな愛馬に微笑むと、私に手を伸ばされ
「さぁ、行こう。」と言われたが…なかなか手を伸ばさない私に、戸惑うような目で私を見ると
「俺は…女心がわかっていないのか…やっぱり?」
「いいえ…この場面では最高です。」
ドキドキして、手が伸ばせなかったことが、ばれないように…笑って
「まぁ…こういう場面は女心の初級編ですから…誰にでもできること。でも、これからが大変なんです。まだまだ頑張って戴かないといけませんね。」
伸ばされたルシアン王子の手に重ねると、ルシアン王子がクスリと笑われた。
ぁ…手が震えていることに気がつかれたんだ。…うぁ…ヤバイ。
笑みを浮かべつつ、ルシアン王子の前に座ると…私の耳元で
「ではおまえには男心の初級編を…じっくりと指南してやろう。」
「いや…あの…それは、何れまたの機会に…」
そう言った私の言葉を無視されると、私の耳を食まれ、呆然とする兵士らを横目に馬を走らせられた。
あぁ…ダメだ。心臓がもたないかも…
平原を吹き抜ける風に目を瞑った私の手の上に、手綱を握る大きな手がそっと重なった。
「わ、私とて…ぁ…あの、男心には些か覚えがございます!!なんたって18年男をやっておりましたので!」
ルシアン王子は大きな声で笑われると
「いい加減に素直になって、おまえも俺をはっきりと愛していると言え。」
「…」
「もっと大きな声で、騎士団で鍛えた腹筋があるだろう?」
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「愛してる男に【鍛えた腹筋】と言われるのは嫌なんだな。愛してる男に…」
「そうです!めちゃめちゃ愛してる男性に、【鍛えた腹筋】と言われて、喜ぶ女性なんているわけないじゃないですか!……あっ?!あれ?ぁ…ぁ…」
「そうか、おまえは俺をめちゃめちゃ愛してるんだ。」
や、やられた。
真っ赤になって、俯いた私に…
「俺もめちゃめちゃ愛しているから、引き分けにしてやる。この負けず嫌い。」
そう言われ、私は小さく溜め息をつくと言った。
「私のほうが…負けです。殿下をこの命をかけても良いくらい愛しているから…」
背中で息を呑むルシアン王子を感じた瞬間、手綱を真後ろに引かれ、馬の足を止めると
「…今夜まで、我慢できないことを言うな。」
えっ?愛してると言えって…言われたから…
ルシアン王子は、私の額に自分の額をそっとつけると
「参った。」
そう言って、微笑まれ
「ロザリー・ウィンスレット」
「ぁ、はい!」
「ローラン国では、きっと…辛い日々が待っているだろう。それをわかっていながら、俺はおまえを連れて行きたい。一緒に俺の母の国を守って欲しい。」
そう言われて、唇をよせながら
「ロザリー結婚してくれ。」
その声はまるで、私に愛を乞うように聞こえた。
「俺を信じろ。と仰ったではないですか?信じているから…愛しているからついて行きます。」
そう言って、私は微笑むと
「謙虚であれ、誠実であれ、裏切ることなく、欺くことなく、弱者には常に優しく、強者には常に勇ましく、己の品位を高め、堂々と振る舞い、夫を守る盾となり、矛となり、妻である身を忘れることなく、この命を愛する夫に…尽くすことを誓います。」
「それは…それは騎士の誓いというより…ぁ…まるで…結婚の誓い。」
ルシアン王子は震えながら、私の体をきつく抱きしめ
「…かっこ良すぎだろう。」
「当たり前です。私は殿下の御身もそして…お心も守る騎士でもありますから」
ルシアン王子はクスリと笑うと、私をより強く抱きしめられ
「だが今宵は…ただの女で俺の側にいろ。」
ぁ…あ…えっと…
「ぎょ、御意!!」
一瞬、固まったルシアン王子だったが、お腹を抱えて笑い出された。
笑うよね。この場面で…御意はないよね。
力のない笑みを浮かべた私の頬に両手をやられて
「そんなおまえを愛してる。」
「私も…」
そう言ってルシアン王子の唇に、触れるようなキスをすると、唇の上でルシアン王子が微笑んだようだった。
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