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もう、あの時のルシアン王子は…

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「ルシアン殿下に、お会いしたい!」

そう何度も、ルシアン王子の部屋の前に立つ衛兵に言ったが、
「…あ、あのシリル様…すみません。誰も…今はお入りにならないほうが…」

「殿下が誰も入れるなと仰ったのか?」

「いえ、そんなことを仰ってはおられません。」

「ではなぜ、殿下に私が来たことも伝えてはくれず、今は、今はと、繰り返すばかり、いったいどういうつもりだ。」

「すみません。でも…今は…どうなのかなぁと…」

「殿下に急ぎお話があるのだ。とにかく私が来たことだけを伝えてくれればよいから!」

「…いや…その…」

埒があかない衛兵との押し問答に、
「悪い!行かせてくれ!」と言って、その衛兵の横を抜け、扉を開けた。


窓際に誰かが立っているようだったが、私が部屋の扉を開けたせいで、風の通り道となったのだろう。カーテンが舞い窓際に立つ人を隠した。

だが、白いカーテンに映るシルエットで……すべてを悟った。



ぁ…

そうか…

だからか…衛兵が…


ローラン王のあの態度に、なにか変だと思っていたのに…。
ローラン王が黒幕だと思っていたのに…。

どうして、気がつかなかったのだろう。

どうして、アストンから、私が女だと聞いているのではないかと、思わなかったんだろう。聞いていれば、おそらくアストンは言ったはずだ、私がルシアン王子を好きだと…。


眼の前の光景に、眼を瞑ると
『お前も大変だな。』と言った、ローラン王の私を嘲笑う顔が見えた。



「わぁぁ!だから止めたのに…」
私を追って入ってきた衛兵は、顔を慌てて伏せると「し、失礼します!」と叫んで出て行った。


私も…私も、あの衛兵のようにこの部屋から逃げたい。
でも…今は…逃げることはできない。

早く手を打たなければ、ローラン王の動きを止めなければならないから…

だから…


私は、その場に跪き
「ルシアン殿下、急ぎお知らせしたい事があり、無礼を承知でお邪魔いたしました。」

私の声に、窓際のレースのカーテンの隙間から、重なっていた二つの影がゆっくりと離れてゆくのが見えた。

「…お前は…」

おそらく…言われる。
お父様が陛下の部屋での出来事も、そしてお母様の事も…覚えていらっしゃらなかったように…

ルシアン王子も…。

「誰だ?」


やはり…

私ことを…

唇を噛んだ。嗚咽が漏れそうで、唇を噛んだ。


「あら、あなたは?」

「…先程は…失礼…いたしました。」

「まぁシリル様。こちらこそ、あのようなときにごめんなさい。」

アデリーナ様の少し高い声に、私は小さな声で
「いえ…私こそ、急を要することだったといえ、突然お部屋に入り、申し訳ありません。」

「こんなときですもの。騎士の方々が殿下に御用があるのは当たり前ですわ。どうか謝ったりなんかなさないで…ねぇ、殿下。」

だが、ルシアン王子はなにも仰らず、私を見ておられるようだった。

「…シリル?」

ようやくルシアン王子の口から出てきた言葉に、答えたのはアデリーナ様だった。

「そうですわ、殿下。ロザリー様と仰る女性の方と双子のシリル様ですわ。」

「…ロザリー…。」

一瞬ドキンと胸が鳴ったが…ルシアン王子から呼ばれる私の名前は、まるで別人のように聞こえ、それ以上、胸は高鳴ることはなかった。

苦しい。息がうまく吸えない。

「ごめんなさい。殿下はまだ、ぼんやりなさってるの。」

「…私こそ、まだ…お体が…」と言って、息苦しくて言葉が出てこなくなってしまい、無礼だとわかっていたが、大きく深呼吸をした。

そんな私をルシアン王子は…。
ぼんやりしていたルシアン王子は…。


笑われた。


クスクスという笑い声は、アハハという笑い声に変わって行き、それは可笑しそうに…

そして…

「…すまないシリル。今まで俺の前に来た者の中には、緊張していたのだろうな、言葉に詰まる者は多くいたが、目の前で…あんな…深呼吸をして自身を落ち着かせる者はいなかったものだから、可笑しくて…すまない。」

その声はルシアン王子の声だった。その笑い声も…ルシアン王子だった。
でも…やっぱり、その声にも、笑い声にも…


私の胸は高鳴らない。



ルシアン王子を好きと気づいて以来。
その声を聞く度に…、その顔を見る度に…、いつも胸は、ドキドキと音を鳴らしていたのに…。

特にあの時は…苦しいくらいだった。
『足掻いて見たい。惚れた女が俺を守る為に、命をかけてこの場に来てくれたのだから、俺もこの恋に足掻いてみたい。』

そう仰られたあの時は…私の胸は張り裂けそうなくらいドキドキと心音は鳴り、今もあの場面を思い出すと、この胸はドキドキとうるさいくらい鳴る。

なのに…、眼の前にルシアン王子がいるのに…私の胸は高鳴らない。


あぁ…そうか…。もう、いないんだ。

もう、あの時のルシアン王子は…。

私を好きになってくださった、ルシアン王子はもういないんだ。


俯き眼を瞑り、
「もう、いないんだ。」

そう口にして、顔を上げると、赤い瞳が大きく見開いていた。

あの瞳には、もう本当の私は映らないかもしれない。
あの口からは、もう本当の私の名前を呼んではくれないかもしれない。

でも、好きだから…
忘れられても好きだから…

だから…

だから、この方を守りたい。この方が愛しているものすべてを守りたい。

今動かなくては、この方が愛しているこの国を、そしてミランダ姫を守れない。
だから、もういい。あとはもういい。

しっかりとルシアン王子を見た。騎士の眼でルシアン王子を見た。
「ルシアン殿下、ご報告があります。」

私の言葉に、ルシアン王子はゆっくりと頷かれた。



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