62 / 214
その人は…。
しおりを挟む
陛下の寝室の扉がしまり、主君の広い背中はもう見えなくなった。
そして腕の中のもうひとりの主君は…肩を震わせて泣かれている。
こんな泣き方をさせたくない。
まだ…まだ…こんなに幼い姫に、こんな泣き方をさせる輩が許せない!
だが掛ける言葉を見つけられず、私はミランダ姫の背中をそっとさするしかできなかった。
ようやく落ち着かれたのだろうか、小さな寝息が聞こえ、ホッとした時。
「…シリル様。」
大勢の人が陛下の寝室の前でざわつく中、私の名を呼ぶ、その声だけが聞こえた。
周りを見渡すと、ひとり女性が私に向かって来る。
黒髪…?。
誰だろう。黒い髪はこの国ではルシアン王子しかいらっしゃらない…となると…
ローラン国の方?ローラン王とご一緒に来られている方なのだろうか。
でもそんな方が私に用などあるだろうか?
えっ?…
その女性が近くに来られて、私は…息を飲んだ。
…嘘。
黒髪…そして…赤。……赤い瞳。
その赤い瞳が眼を細めて、呆然としている私に微笑み
「城内が混乱しているのに…あの有名なウィンスレット侯爵様のご自慢のシリル様をお見かけして、私ったら、ついお声をかけてしまい…ごめんなさい。」
その女性は…似ていた。
「私は、ローラン国のモンティ伯爵の娘、アデリーナと申します。」
……ローラン国のモンティ伯爵令嬢 アデリーナ嬢…って…。
それって……ルシアン王子の婚約者だ。
声がうまく出なかった。
ルシアン王子の婚約者…いや、それだけじゃない。
似ている……というより…そっくりだ。
ルシアン王子のご生母であられる、スミラ様の肖像画に。
「シリル様?」
「ぁ…す、すみません、アデリーナ嬢。いや…ルシアン殿下の婚約者であらせられるのですから、アデリーナ様。」
私は、うるさく響く心音に負けないように声をあげ、ミランダ姫を抱いたままだったが、騎士の礼を…しようとしたら
「どうぞ、そのままで…」
「ですが…」
「お抱きになっていらっしゃる方は、もしやミランダ姫ですか?」
「はい。」
「ならば尚更です。眠っていらっしゃるようですし、どうかそのままで…」
そう言って、周囲を見渡し
「…ロザリー様はこの場にはいらっしゃらないのですか?」
「…姉は…多分、屋敷のほうにいると思います。」
そう言って、俯いた私の頬を、アデリーナ様は触れると
「双子ならシリル様とそっくりなんでしょう?こんなに可愛い方なら、ぜひお会いしたいわ。」
その手は、ゆっくりと私の頬を触り
「ほんとに、可愛い方。」
「ぁ…」
一瞬、背筋が…震えた。
アデリーナ様は、微笑まれると
「今度、お会いできるときはぜひ…シリル様とロザリー様お二人揃われたところで…。」
何を話したかさえも、覚えていない。
ただ…体がまるで氷付けされたかのように、冷たくなっていた。
怖い。
どんな剣士と戦うときも、これほど体が冷たくなるほど、怯えたことなどない。だが今私の体は、どんなに早く切り裂く剣よりも、アデリーナ様の微笑みに…あの手に…怯えている。
ルシアン王子…。
ルシアン王子はアデリーナ様がスミラ様に…似ていることを仰らなかった。
ご存じなかったのだろうか?
もしそうであったなら…アデリーナ様を見て、どう思われるだろうか?
体が震える。
体の芯まで冷えるようなこの恐怖は、どこからきているのだろうか。
陛下の寝室の扉へと…眼をやり、数時間前の夢のような言葉を思い出した。
『でも、足掻いて見たい。惚れた女が俺を守る為に、命をかけてこの場に来てくれたのだから、俺もこの恋に足掻いてみたい。』
あぁ…そうか。この恐怖にも似た震えは…
そう言ってくださったルシアン王子の心が、変わってしまうかも知れないと思う…怖さからだ。
ふう~と大きく息吐いた。
何を怯えているの。この恋は叶うはずはないと、心のどこかで思っていたことじゃない。
しっかりしろ!ロザリー!
でも…
「夢…もう少し見たかったな。」
でも…
「眼が覚めるのが早すぎでしょう。」
そう口にし、笑ったつもりだった。
でも…
口角は上がらず、眼の前にある扉が…ぼやけて見えた。
そして腕の中のもうひとりの主君は…肩を震わせて泣かれている。
こんな泣き方をさせたくない。
まだ…まだ…こんなに幼い姫に、こんな泣き方をさせる輩が許せない!
だが掛ける言葉を見つけられず、私はミランダ姫の背中をそっとさするしかできなかった。
ようやく落ち着かれたのだろうか、小さな寝息が聞こえ、ホッとした時。
「…シリル様。」
大勢の人が陛下の寝室の前でざわつく中、私の名を呼ぶ、その声だけが聞こえた。
周りを見渡すと、ひとり女性が私に向かって来る。
黒髪…?。
誰だろう。黒い髪はこの国ではルシアン王子しかいらっしゃらない…となると…
ローラン国の方?ローラン王とご一緒に来られている方なのだろうか。
でもそんな方が私に用などあるだろうか?
えっ?…
その女性が近くに来られて、私は…息を飲んだ。
…嘘。
黒髪…そして…赤。……赤い瞳。
その赤い瞳が眼を細めて、呆然としている私に微笑み
「城内が混乱しているのに…あの有名なウィンスレット侯爵様のご自慢のシリル様をお見かけして、私ったら、ついお声をかけてしまい…ごめんなさい。」
その女性は…似ていた。
「私は、ローラン国のモンティ伯爵の娘、アデリーナと申します。」
……ローラン国のモンティ伯爵令嬢 アデリーナ嬢…って…。
それって……ルシアン王子の婚約者だ。
声がうまく出なかった。
ルシアン王子の婚約者…いや、それだけじゃない。
似ている……というより…そっくりだ。
ルシアン王子のご生母であられる、スミラ様の肖像画に。
「シリル様?」
「ぁ…す、すみません、アデリーナ嬢。いや…ルシアン殿下の婚約者であらせられるのですから、アデリーナ様。」
私は、うるさく響く心音に負けないように声をあげ、ミランダ姫を抱いたままだったが、騎士の礼を…しようとしたら
「どうぞ、そのままで…」
「ですが…」
「お抱きになっていらっしゃる方は、もしやミランダ姫ですか?」
「はい。」
「ならば尚更です。眠っていらっしゃるようですし、どうかそのままで…」
そう言って、周囲を見渡し
「…ロザリー様はこの場にはいらっしゃらないのですか?」
「…姉は…多分、屋敷のほうにいると思います。」
そう言って、俯いた私の頬を、アデリーナ様は触れると
「双子ならシリル様とそっくりなんでしょう?こんなに可愛い方なら、ぜひお会いしたいわ。」
その手は、ゆっくりと私の頬を触り
「ほんとに、可愛い方。」
「ぁ…」
一瞬、背筋が…震えた。
アデリーナ様は、微笑まれると
「今度、お会いできるときはぜひ…シリル様とロザリー様お二人揃われたところで…。」
何を話したかさえも、覚えていない。
ただ…体がまるで氷付けされたかのように、冷たくなっていた。
怖い。
どんな剣士と戦うときも、これほど体が冷たくなるほど、怯えたことなどない。だが今私の体は、どんなに早く切り裂く剣よりも、アデリーナ様の微笑みに…あの手に…怯えている。
ルシアン王子…。
ルシアン王子はアデリーナ様がスミラ様に…似ていることを仰らなかった。
ご存じなかったのだろうか?
もしそうであったなら…アデリーナ様を見て、どう思われるだろうか?
体が震える。
体の芯まで冷えるようなこの恐怖は、どこからきているのだろうか。
陛下の寝室の扉へと…眼をやり、数時間前の夢のような言葉を思い出した。
『でも、足掻いて見たい。惚れた女が俺を守る為に、命をかけてこの場に来てくれたのだから、俺もこの恋に足掻いてみたい。』
あぁ…そうか。この恐怖にも似た震えは…
そう言ってくださったルシアン王子の心が、変わってしまうかも知れないと思う…怖さからだ。
ふう~と大きく息吐いた。
何を怯えているの。この恋は叶うはずはないと、心のどこかで思っていたことじゃない。
しっかりしろ!ロザリー!
でも…
「夢…もう少し見たかったな。」
でも…
「眼が覚めるのが早すぎでしょう。」
そう口にし、笑ったつもりだった。
でも…
口角は上がらず、眼の前にある扉が…ぼやけて見えた。
0
お気に入りに追加
1,378
あなたにおすすめの小説
おじさんは予防線にはなりません
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺はただの……ただのおじさんだ」
それは、私を完全に拒絶する言葉でした――。
4月から私が派遣された職場はとてもキラキラしたところだったけれど。
女性ばかりでギスギスしていて、上司は影が薄くて頼りにならない。
「おじさんでよかったら、いつでも相談に乗るから」
そう声をかけてくれたおじさんは唯一、頼れそうでした。
でもまさか、この人を好きになるなんて思ってもなかった。
さらにおじさんは、私の気持ちを知って遠ざける。
だから私は、私に好意を持ってくれている宗正さんと偽装恋愛することにした。
……おじさんに、前と同じように笑いかけてほしくて。
羽坂詩乃
24歳、派遣社員
地味で堅実
真面目
一生懸命で応援してあげたくなる感じ
×
池松和佳
38歳、アパレル総合商社レディースファッション部係長
気配り上手でLF部の良心
怒ると怖い
黒ラブ系眼鏡男子
ただし、既婚
×
宗正大河
28歳、アパレル総合商社LF部主任
可愛いのは実は計算?
でももしかして根は真面目?
ミニチュアダックス系男子
選ぶのはもちろん大河?
それとも禁断の恋に手を出すの……?
******
表紙
巴世里様
Twitter@parsley0129
******
毎日20:10更新
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
ズボラ上司の甘い罠
松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。
仕事はできる人なのに、あまりにももったいない!
かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。
やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか?
上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。
愛する貴方の愛する彼女の愛する人から愛されています
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「ユスティーナ様、ごめんなさい。今日はレナードとお茶をしたい気分だからお借りしますね」
先に彼とお茶の約束していたのは私なのに……。
「ジュディットがどうしても二人きりが良いと聞かなくてな」「すまない」貴方はそう言って、婚約者の私ではなく、何時も彼女を優先させる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
公爵令嬢のユスティーナには愛する婚約者の第二王子であるレナードがいる。
だがレナードには、恋慕する女性がいた。その女性は侯爵令嬢のジュディット。絶世の美女と呼ばれている彼女は、彼の兄である王太子のヴォルフラムの婚約者だった。
そんなジュディットは、事ある事にレナードの元を訪れてはユスティーナとレナードとの仲を邪魔してくる。だがレナードは彼女を諌めるどころか、彼女を庇い彼女を何時も優先させる。例えユスティーナがレナードと先に約束をしていたとしても、ジュディットが一言言えば彼は彼女の言いなりだ。だがそんなジュディットは、実は自分の婚約者のヴォルフラムにぞっこんだった。だがしかし、ヴォルフラムはジュディットに全く関心がないようで、相手にされていない。どうやらヴォルフラムにも別に想う女性がいるようで……。
きみの愛なら疑わない
秋葉なな
恋愛
花嫁が消えたバージンロードで虚ろな顔したあなたに私はどう償えばいいのでしょう
花嫁の共犯者 × 結婚式で花嫁に逃げられた男
「僕を愛さない女に興味はないよ」
「私はあなたの前から消えたりしない」
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
後宮の棘
香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
☆完結しました☆
スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる