王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

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守りたいもの。

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人を殺める覚悟など、簡単にできるものではない。きっと、その場にならないと決心がつかないだろう。いや…そうなったとしても…わからない。

でも守りたい。それは、命をかけてでもやりたい。

だから私は…ルシアン王子とミランダ姫の前に跪き
「私は殿下の剣でもありますが…盾であることも、それは騎士の務め、そのようなご心配は御無用でございます。」

赤い瞳は一瞬眼を細められ
「頑固だな…主君が命じてもそう言い張るか。」

「主君が命じられることは、最優先ではごさいますが、それは…時と場合によっては…。」

「出来ぬと言うのか。」

「何よりも主君の御命が、いちばんだと教えられました。それは主君の命じられることよりも…でございます。」

「シリル…!」

私を呼ぶ、ルシアン王子の硬い声に、涙声が被ってきた。
「私が!私が…ふたりを守る。恐いものから守るから!」

「ミランダ!」

「姫!」

「だから、ふたりとも死んじゃうようなことを言わないで…。」

「…そうだな。まだこれからなのに…。不安にさせた。」

ルシアン王子はそう言われ、ミランダ姫を抱き上げ
「ミランダ、すまない。」

ミランダ姫は、何度も頷かれ、ルシアン王子の首に手を回すと
「ひとりぼっちにしないで…」

ミランダ姫のその力は、今この国のためには、必要なものかもしれないが…その為にミランダ姫が失ったものは大きい。幼い姫の泣き声に、私はただ黙って、その場に跪いていた。






ミランダ姫の泣き声が、静かな寝息になったのは…もう日が傾き、日差しが部屋の奥まで入り込むようになった頃だった。

「シリル。」

「はい、殿下。」

「ミランダは、人の心根を色として見ている。
だから…心がある以上、必ず見えるものだ。
だが、王大后と王妃にあるはずの……その色が見えないらしい。」

「それは、どういうことなのですか?」

「なにものかに、操られているのか…あるいは…」

そう言われると、眠っているミランダ姫をしっかりと抱きしめると

「もうすでに…人であらざるものになられたかも知れない。」

「……人であらざるもの?!」

「もしそうであれば…シリル。ミランダを頼む。」

「殿下…。」

「これより、お前の主君はミランダだ。」

「えっ?」

ルシアン王子は、ベットにミランダ姫を横にすると
「お前が守るべきはミランダということだ。」

「殿下!」

「…頼む。ミランダがあれほど慕っている者を俺は見たことがない。だから、お前に頼みたいのだ。」

「嫌です!私はおふたりを守ります!ルシアン王子もミランダ姫も…おふたりを必ず!…」

ルシアン王子は、私の肩に両手を置くと
「俺と、ミランダのふたりをどうやって守る。」

「そ、それは…」

「…自分の命をかけてか…」


ガタン!!


ルシアン王子が私の肩に置いた手に力を入れられ、私は壁に押し付けられた。

「…うっ…」

「お前が守るべきは…ミランダだ。頼む…頷いてくれ。」

「で、でも…殿下にもしもの事があれば…」

「俺の腕もさっき見ただろう。そう簡単にはやられはしない。だがミランダはようやく4歳になる子供だ。ミランダを守る騎士は、ミランダが気に入り、そしてミランダの力を知る者じゃないと勤まらない。それはお前しかいない。ましてやその腕は一流だ。」

眼の前のルシアン王子の顔は、苦しそうだった。
私は下を向いた。もう見れなかった。

この方は…人を殺める覚悟も、そして死ぬ覚悟も出来ている。

そんな覚悟を決めた方に、私は…もう頷くしかない。

私の思っている事を見通すように、
「シリル。俺はそう簡単には死ぬつもりはない。いや…まだ死ぬわけには行かない。シリル…力を貸してくれ。」

「……はい。」

私の言葉に、笑みを浮かべ
「お前を信じている。」


それは綺麗な微笑みだった。

私の両肩に置かれた手は大きくて、そして温かった。


やっぱり、この方を守りたい。
私は…おふたりをやっぱり守りたい。




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