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結婚までの7日間 Lucian & Rosalie

7日目 ルシアン

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俺はウィンスレット侯爵に連れて行かれるヒューゴの後ろ姿を見ていた。


昔、同じような場面を見た。
かけつけた同僚の兵士に、母の血で染まった両手を差し出した男の後ろ姿を…今と同じように俺も見ていた。
母の亡骸にしがみ付き、次々と零れる涙と、憎しみに溢れる瞳で、男の後ろ姿を見ていたんだった。

あの兵士も、血に拘り、惑わされ、そして狂ってしまった男だったからなのか…ヒューゴと重なって見える。
いや…そうではない。それはただ背格好が似ているというだけのことだ。


なぜなら、ヒューゴを取り巻いていた空気がほんの少し変わった事を感じる。
ミランダのように、色として人の心を見ることは出来ないが…感じる。ヒューゴの変化を…。

それは恐らく、ロザリーだ。

横で同じようにヒューゴの後ろ姿を見ているロザリーに視線を送ると、同じようにロザリーを見ていたミランダと目が合った。ミランダはにっこり笑い、俺に向かって

(ロザリーには敵わないわね。)と唇を動かした。

流石のミランダもロザリーには敵わないか…。

(俺はロザリーにも、おまえにも敵わない。)

そう唇を動かすと、ミランダがクスリと笑った。



ようやく、ミランダにも笑みが零れるようになったが、だがまだ終わっていない。

俺はゆっくりと振り返り、バウマン公爵に剣を向けた。

「…こ、殺すのか?ヒューゴが私に暗示を…いや唆したのだ!だから私は悪くない!ヒューゴを殺すべきだ!」

「我が子を簡単に捨てるのは、おまえの専売特許だな。」

バウマンは青い顔で
「…あいつは…本当に私の子なのか?」

「ヒューゴの素性は謎だ。どこで生まれ、どうやってブラチフォード王家の秘技を覚え、なぜこのような暴挙にでたのか…。だがこれだけははっきり言える。ヒューゴはおまえの子だ。ミランダの力がそう言っている。」

バウマンは肩を落とし
「…あと少しで届くはずだった王座に、いや、もう半分は足を掛けていたのに…。まさかヒューゴに…突き落とされるとは…。」

そう言って、ハッとしたように顔を上げ
「あ、あいつも王座を狙っていたのか?!私の子ならローラン王家の血を引く者…。だから、このような計画を立てたのか?!」

「おまえは何を聞いていた。ヒューゴが話していた言葉の一言一句がそんなふうに聞こえたのか?!あの血が溢れ出る叫びをそんな風に…おまえは哀れな男だな。」

バウマンには通じていないのだろう。目を泳がせ、ただこの瞬間から、この場から、逃げ出す嘘を考えている。

「…おまえの裁きは後からだ。」

誰かにバウマンを牢屋に連れて行くように命じようと周りをみると、ミランダを抱いたロイ、ナダル、そしてケガをしたアストン。
ロイにはミランダについていて欲しい、でもナダルは…まだバウマンと二人きりにするのは時期早々だ。

その時、アストンと目があった。

だがアストンは足に短剣を受けている。視線を外すとアストンが言った。
「俺の主君はミランダ姫だが…ミランダ姫の許しがあれば俺がバウマンを牢屋に案内するぜ。」

「ありがたいが、おまえはケガしている。」

「あぁ、でもあんたよりはマシだ。それに今、この男を連れて行けるものは…俺が一番だと一瞬、思ったんだろう。それは俺も正解だと思うぜ。」

「アストン…。」

「足を引きずってはいるが、このポンコツ公爵よりは俺は強いぜ。」

俺は頷きミランダを見た。ミランダは微笑むと

「アストン、お願いね。」

「御意。」


引きずられるように、バウマンはアストンと一緒に行った。

バウマン…。
あの男も…血で狂った男のひとりか。

そう思うと、胸が苦しい。

だが、そんな気持ちを吹き飛ばせとばかりに、ミランダの声が庭園に響いた。

「さぁ、叔父様はケガの治療をなさって。それからロザリーはマクドナルド医師と私で診察するわよ。時間がないから急いで!

「時間?」

「そうよ。叔父様。用意が出来次第、リドリー伯爵邸に行くの。」

「リドリー伯爵邸に…何のために?」

「リドリー伯爵邸の事はご存じないの?他国であるブラチフォードでも評判なのに!ロザリーは知っているわよね!」

突然、話題を振られたロザリーは何が何だかわからないようで
「あ、あの、まったく話が…」と、しどろもどろ。

ミランダはロイの腕から「バラ園!」と叫びながら、飛び降り
「見事なバラ園があるのよ。」

リドリー伯爵邸のバラ園の話は知っている。
俺がローラン王になるために、骨を折ってくれたリドリー伯爵は、先々代が亡くなった後、政治から離れ隠居をしていた。その間、力を入れていたのがバラ園だった。

リドリー伯爵…。
ローラン国の為とはいえ、伯爵にスパイのような真似をさせてしまった。
だが伯爵がいなければ、ブラチフォードにいた俺には状況が掴めなかった。

今でも、あの力強い声が頭に残っている。
『子供がいない私には、失うものは何もありませんから、このローラン国の為に老体に鞭を打って、ルシアン様にお仕えします。』

もういい歳なのに、この戦いに参加するとまで言っていたが、さすがにそれは止めてもらい、もし、この戦いに負けそうになった場合、リドリー伯爵邸での籠城をお願いしていた…。

だが戦いは勝った、勝ったのに…なぜ?

俺は問うようにミランダを見ると、口をとがらせ俺とロザリーに向かって、「は・や・く」と言うと、今度はロイに向かって

「準備は?」

「はい、整っております。」

ミランダは満面の笑みで頷き
「アストンといい、ロイといい、私の両輪の動きは最高だわ。ナダル、あなたもロイやアストンに負けないように頼むわよ。」

話を振られたナダルはキョトンとした顔で
「…えっ?一体何の話なんだ?」

ミランダは笑みを浮かべると
「スカウトしてるのよ。次期ブラチフォード国の女王自ら、あなたをスカウトしてるの。」


この国でのナダルの立場を考えたミランダの配慮だとすぐに思った。
ナダルは呆けた顔でミランダを見ていたが、気付いたのだろう。

泣きそうな顔で
「…ジャスミンも…頼めるか…」

「もちろんよ。キャロルをロザリーに取られたから、頼りになる侍女が欲しかったの。ジャスミンなら度胸もあるし、ありがたいわ。叔父様、悪いけど…ロザリーやキャロルを私から取っていったんだから、他の優秀な人材は頂くわよ。」

彼らを取られるのは少々痛い。腕も度胸も、そして優しさをも持った彼らを本当は手放したくはないが、この国でジャスミン、ナダル、ロイは生きづらいのは間違いない。残念だがブラチフォードに行くのが一番だろう。

だが、俺は勝ち誇ったようなミランダの顔を見て、ふと思った。

…そう簡単にはやりたくないな…と。


ニヤリと笑い
「俺はウィンスレット侯爵が欲しいのだが、どうだ交渉しないか…時期ブラチフォードの女王。」

ミランダは真っ赤な顔で
「ダメ!!叔父様!絶対誘わないでよ!侯爵は絶対…叔父様のところに、ロザリーのところに行きたいと思っているんだもの。誘われたら行っちゃうわ。」

怒っているのか、泣いているのか、何とも言えない顔で懇願するミランダ。
そして、そんなミランダを見て、クスクスと笑うロザリー。

幸せだと思った。この幸せな空気を胸いっぱいに入れたくて…空を仰いだ。


薄曇りだった空に、だんだんと青空が広がって行くのが見えた。
それはまるで広がって行く晴れ間から、希望という明るい陽射しがこの場にいるすべての者にさしているようだ。

「ロザリー」

「はい。」

微笑んで返事をしてくれたロザリーの頬に手を伸ばした俺に
「血だらけの手でロザリーを触らないの!時間がないんだから、叔父様はすぐにその手を治療しなさい!」

そう言って、さっきの仕返しなのだろう。
ミランダはフンと鼻をならすと、下のまぶたを人差し指でさげると舌をだした。

だがその顔があまりにも可愛くて、俺の口元は笑みを作った…と同時にミランダが
「叔父様の人たらし~!そうやって、私の優秀な人材を奪おうとする!渡さないんだから!」

ミランダの声に、俺は腹の底から笑った。




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