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結婚までの7日間 Lucian & Rosalie
7日目㉒
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「ロザリー様、お時間でございます。」
「…はい。」
扉を開けると、もう後戻りはできない。
そう思うと、一歩がなかなか踏み出せなかった。
「ロザリー様?」
微笑んでそっと右足を踏み出せば、左足が追うように動きだし、長い廊下へと出る。
そして…
ここを真っ直が行けば中庭へと続く、今日結婚式となる中庭に。
だが今…
きっとそこは互いが仕掛けたであろう罠が、蜘蛛の糸のように張り巡らされた場所。
そう思ったら、頭の中に蜘蛛の糸に絡めとられた自分の姿が見え、ドキン!…と心臓が大きな音を立てた。
心臓が大きな音を立てたのは、何かがしっくりこないと感じるからだろうか…。
思わず胸に手を置き…目を瞑った。
顔を覗き込まれるまで、ミランダ姫やルシアン殿下の気配を感じなかったことが…そのひとつだ。
胸に置いた手が小刻みに震える。
何かがおかしいとはわかるが…でもその何かが…わからない。
混乱する頭の中に、付き添う侍女の声に体が止まった。
「ロザリー様の結婚式だからと、はりきっていたキャロルさんは残念でしたが、でもケガが思っていたより、軽くてよかったですね。」
「背中のケガは…」
「いえ、お腹の方のケガです。」
「…お腹のケガ?」
私の声の震えに気づかなかった侍女は
「やはりロザリー様が側にいらしたから、あのケガで済んだんですね。それにしても、犯人が捕まらなかったのは悔しい。犯人はどんな男だったんですか?!」
えっ?
犯人?
側に…その時…キャロルさんの側に私がいた?
心臓の音がどんどん大きくなって行く。
体の熱がどんどん下がって行く。
「…犯人は…」
掠れるような私の声に、侍女は何を思ったのか、ウキウキとした声で
「一太刀浴びせられたのですか?」
蜘蛛の糸は、見えない糸なのだろうか…。
キャロルさんが襲われたことも…、犯人と私が対峙したことも記憶にない私は…気づかないまま、蜘蛛の糸にすでに体を巻かれている?
だから…か。
大きく息を吐くと先ほどの、おふたりの様子が浮んだ。
きっと、ミランダ姫も、ルシアン殿下も、私がすでにバウマン公爵が張った蜘蛛の糸に囚われていると気がついていらっしゃるんだ。
だから…ルシアン殿下は仰ったんだ。
【もう大丈夫だ。俺がおまえを守る。】
【必ず、おまえを守る。】
【守る。】
唇をキッと噛んだ。
足手まといになるくらいなら、私はあの場に行くべきじゃないかもしれない。
足はもう動かなかった。
廊下の先には…
ここからでも花々に飾られた式場が見える。
甘い花の香りもここまで香る。
「ロザリー様、どうなさいました?」
ただ前を見て、動かない私に、侍女はそう聞いた。
肝心な時に役に立たないなんて。大事な人達を守るどころか、足手まといなるかもしれないなんて。
悔しい。
潤んだ目には、式場に飾られた花々のその形が崩れ、廊下の先が赤、ピンクや白の淡い色に包まれた中、黒い色が私の目に飛び込んできた。
「…ぁ…」
廊下の先の黒い…大きな人の姿が、私へと近づいてくる。
息を呑んだ。
それははっきりとその姿が見えたから。
黒い士官用の礼装に、肩から斜めに掛けたブルーのサッシュと、片肩から前部にかけて吊るされる金糸の飾り紐が、はっきりと見えたから。
「…ルシアン殿下。」
ルシアン殿下はゆっくりと私に近づくと
「遅いぞ。ロザリー。」
温かい声に私は、不安な気持ちが溢れてしまった。
「…私はおかしいです。キャロルさんがお腹をケガしたことも…犯人を追ったことも…記憶にないんです。私は…おかしい。」
怯えた私の声に、ルシアン殿下は微笑むと
「守ると言っただろう。」
「私は騎士です!守られるのではなく、守るために腕を磨いてきたんです!」
ルシアン殿下は黙って、私へと手を伸ばされた、私はその手へと自分の手を伸ばすことができず、
「私は!ルシアン殿下の背中を守る事を許された騎士なんです!それが!それが、誇りでもあり、自信でも…うっ…」
声がもう出なかった。
ルシアン殿下は手を私へと伸ばしたまま
「臣下としては、おまえの言う通りだろうが。おまえは俺の騎士でもあるが、俺の妻だ。夫婦とはお互いが守り、守られる対等の関係だろう。だから俺が不安な時はおまえが…、おまえが不安な時は俺が守る。だから、不安なら俺の手を取れ、取ってくれ。」
闘う事が出来なかったら…。
そのせいで誰かを失う事になったら…。
この方を失う事になったら…嫌だ。
頭を小刻みに横に振る私に
「おまえの中で生まれた不安や恐怖から俺が守る。ロザリー…だからおまえも俺を守ってくれ。俺の中で生まれた不安や恐怖から俺を守ってくれ。おまえが側にいてくれたから、ここまで来れたんだ。最後まで俺と一緒にいてくれ。」
私の手はゆっくりと【夫】の手へと伸びて行った。
【夫】は大きく肩で息を吐くと、私の手を握り
「勝とう。一緒にこのローラン国を守ろう。」
私はゆっくりと頷いたが…
でも、もし私のせいでこの方を危険に晒すことになるなら…私は…隠し持っているタガーナイフをドレスの上からそっと触れた。
「…はい。」
扉を開けると、もう後戻りはできない。
そう思うと、一歩がなかなか踏み出せなかった。
「ロザリー様?」
微笑んでそっと右足を踏み出せば、左足が追うように動きだし、長い廊下へと出る。
そして…
ここを真っ直が行けば中庭へと続く、今日結婚式となる中庭に。
だが今…
きっとそこは互いが仕掛けたであろう罠が、蜘蛛の糸のように張り巡らされた場所。
そう思ったら、頭の中に蜘蛛の糸に絡めとられた自分の姿が見え、ドキン!…と心臓が大きな音を立てた。
心臓が大きな音を立てたのは、何かがしっくりこないと感じるからだろうか…。
思わず胸に手を置き…目を瞑った。
顔を覗き込まれるまで、ミランダ姫やルシアン殿下の気配を感じなかったことが…そのひとつだ。
胸に置いた手が小刻みに震える。
何かがおかしいとはわかるが…でもその何かが…わからない。
混乱する頭の中に、付き添う侍女の声に体が止まった。
「ロザリー様の結婚式だからと、はりきっていたキャロルさんは残念でしたが、でもケガが思っていたより、軽くてよかったですね。」
「背中のケガは…」
「いえ、お腹の方のケガです。」
「…お腹のケガ?」
私の声の震えに気づかなかった侍女は
「やはりロザリー様が側にいらしたから、あのケガで済んだんですね。それにしても、犯人が捕まらなかったのは悔しい。犯人はどんな男だったんですか?!」
えっ?
犯人?
側に…その時…キャロルさんの側に私がいた?
心臓の音がどんどん大きくなって行く。
体の熱がどんどん下がって行く。
「…犯人は…」
掠れるような私の声に、侍女は何を思ったのか、ウキウキとした声で
「一太刀浴びせられたのですか?」
蜘蛛の糸は、見えない糸なのだろうか…。
キャロルさんが襲われたことも…、犯人と私が対峙したことも記憶にない私は…気づかないまま、蜘蛛の糸にすでに体を巻かれている?
だから…か。
大きく息を吐くと先ほどの、おふたりの様子が浮んだ。
きっと、ミランダ姫も、ルシアン殿下も、私がすでにバウマン公爵が張った蜘蛛の糸に囚われていると気がついていらっしゃるんだ。
だから…ルシアン殿下は仰ったんだ。
【もう大丈夫だ。俺がおまえを守る。】
【必ず、おまえを守る。】
【守る。】
唇をキッと噛んだ。
足手まといになるくらいなら、私はあの場に行くべきじゃないかもしれない。
足はもう動かなかった。
廊下の先には…
ここからでも花々に飾られた式場が見える。
甘い花の香りもここまで香る。
「ロザリー様、どうなさいました?」
ただ前を見て、動かない私に、侍女はそう聞いた。
肝心な時に役に立たないなんて。大事な人達を守るどころか、足手まといなるかもしれないなんて。
悔しい。
潤んだ目には、式場に飾られた花々のその形が崩れ、廊下の先が赤、ピンクや白の淡い色に包まれた中、黒い色が私の目に飛び込んできた。
「…ぁ…」
廊下の先の黒い…大きな人の姿が、私へと近づいてくる。
息を呑んだ。
それははっきりとその姿が見えたから。
黒い士官用の礼装に、肩から斜めに掛けたブルーのサッシュと、片肩から前部にかけて吊るされる金糸の飾り紐が、はっきりと見えたから。
「…ルシアン殿下。」
ルシアン殿下はゆっくりと私に近づくと
「遅いぞ。ロザリー。」
温かい声に私は、不安な気持ちが溢れてしまった。
「…私はおかしいです。キャロルさんがお腹をケガしたことも…犯人を追ったことも…記憶にないんです。私は…おかしい。」
怯えた私の声に、ルシアン殿下は微笑むと
「守ると言っただろう。」
「私は騎士です!守られるのではなく、守るために腕を磨いてきたんです!」
ルシアン殿下は黙って、私へと手を伸ばされた、私はその手へと自分の手を伸ばすことができず、
「私は!ルシアン殿下の背中を守る事を許された騎士なんです!それが!それが、誇りでもあり、自信でも…うっ…」
声がもう出なかった。
ルシアン殿下は手を私へと伸ばしたまま
「臣下としては、おまえの言う通りだろうが。おまえは俺の騎士でもあるが、俺の妻だ。夫婦とはお互いが守り、守られる対等の関係だろう。だから俺が不安な時はおまえが…、おまえが不安な時は俺が守る。だから、不安なら俺の手を取れ、取ってくれ。」
闘う事が出来なかったら…。
そのせいで誰かを失う事になったら…。
この方を失う事になったら…嫌だ。
頭を小刻みに横に振る私に
「おまえの中で生まれた不安や恐怖から俺が守る。ロザリー…だからおまえも俺を守ってくれ。俺の中で生まれた不安や恐怖から俺を守ってくれ。おまえが側にいてくれたから、ここまで来れたんだ。最後まで俺と一緒にいてくれ。」
私の手はゆっくりと【夫】の手へと伸びて行った。
【夫】は大きく肩で息を吐くと、私の手を握り
「勝とう。一緒にこのローラン国を守ろう。」
私はゆっくりと頷いたが…
でも、もし私のせいでこの方を危険に晒すことになるなら…私は…隠し持っているタガーナイフをドレスの上からそっと触れた。
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