上 下
185 / 214
結婚までの7日間 Lucian & Rosalie

7日目㉒

しおりを挟む
「ロザリー様、お時間でございます。」

「…はい。」
扉を開けると、もう後戻りはできない。
そう思うと、一歩がなかなか踏み出せなかった。

「ロザリー様?」

微笑んでそっと右足を踏み出せば、左足が追うように動きだし、長い廊下へと出る。

そして…
ここを真っ直が行けば中庭へと続く、今日結婚式となる中庭に。

だが今…
きっとそこは互いが仕掛けたであろう罠が、蜘蛛の糸のように張り巡らされた場所。

そう思ったら、頭の中に蜘蛛の糸に絡めとられた自分の姿が見え、ドキン!…と心臓が大きな音を立てた。

心臓が大きな音を立てたのは、何かがしっくりこないと感じるからだろうか…。
思わず胸に手を置き…目を瞑った。

顔を覗き込まれるまで、ミランダ姫やルシアン殿下の気配を感じなかったことが…そのひとつだ。

胸に置いた手が小刻みに震える。
何かがおかしいとはわかるが…でもその何かが…わからない。


混乱する頭の中に、付き添う侍女の声に体が止まった。
「ロザリー様の結婚式だからと、はりきっていたキャロルさんは残念でしたが、でもケガが思っていたより、軽くてよかったですね。」

「背中のケガは…」

「いえ、お腹の方のケガです。」

「…お腹のケガ?」

私の声の震えに気づかなかった侍女は
「やはりロザリー様が側にいらしたから、あのケガで済んだんですね。それにしても、犯人が捕まらなかったのは悔しい。犯人はどんな男だったんですか?!」



えっ?

犯人?

側に…その時…キャロルさんの側に私がいた?


心臓の音がどんどん大きくなって行く。
体の熱がどんどん下がって行く。

「…犯人は…」

掠れるような私の声に、侍女は何を思ったのか、ウキウキとした声で
「一太刀浴びせられたのですか?」


蜘蛛の糸は、見えない糸なのだろうか…。

キャロルさんが襲われたことも…、犯人と私が対峙したことも記憶にない私は…気づかないまま、蜘蛛の糸にすでに体を巻かれている?

だから…か。
大きく息を吐くと先ほどの、おふたりの様子が浮んだ。

きっと、ミランダ姫も、ルシアン殿下も、私がすでにバウマン公爵が張った蜘蛛の糸に囚われていると気がついていらっしゃるんだ。


だから…ルシアン殿下は仰ったんだ。

【もう大丈夫だ。俺がおまえを守る。】

【必ず、おまえを守る。】

【守る。】


唇をキッと噛んだ。

足手まといになるくらいなら、私はあの場に行くべきじゃないかもしれない。


足はもう動かなかった。


廊下の先には…
ここからでも花々に飾られた式場が見える。
甘い花の香りもここまで香る。

「ロザリー様、どうなさいました?」

ただ前を見て、動かない私に、侍女はそう聞いた。

肝心な時に役に立たないなんて。大事な人達を守るどころか、足手まといなるかもしれないなんて。

悔しい。

潤んだ目には、式場に飾られた花々のその形が崩れ、廊下の先が赤、ピンクや白の淡い色に包まれた中、黒い色が私の目に飛び込んできた。


「…ぁ…」

廊下の先の黒い…大きな人の姿が、私へと近づいてくる。

息を呑んだ。
それははっきりとその姿が見えたから。
黒い士官用の礼装に、肩から斜めに掛けたブルーのサッシュと、片肩から前部にかけて吊るされる金糸の飾り紐が、はっきりと見えたから。

「…ルシアン殿下。」

ルシアン殿下はゆっくりと私に近づくと
「遅いぞ。ロザリー。」

温かい声に私は、不安な気持ちが溢れてしまった。
「…私はおかしいです。キャロルさんがお腹をケガしたことも…犯人を追ったことも…記憶にないんです。私は…おかしい。」

怯えた私の声に、ルシアン殿下は微笑むと
「守ると言っただろう。」

「私は騎士です!守られるのではなく、守るために腕を磨いてきたんです!」

ルシアン殿下は黙って、私へと手を伸ばされた、私はその手へと自分の手を伸ばすことができず、
「私は!ルシアン殿下の背中を守る事を許された騎士なんです!それが!それが、誇りでもあり、自信でも…うっ…」

声がもう出なかった。

ルシアン殿下は手を私へと伸ばしたまま
「臣下としては、おまえの言う通りだろうが。おまえは俺の騎士でもあるが、俺の妻だ。夫婦とはお互いが守り、守られる対等の関係だろう。だから俺が不安な時はおまえが…、おまえが不安な時は俺が守る。だから、不安なら俺の手を取れ、取ってくれ。」



闘う事が出来なかったら…。
そのせいで誰かを失う事になったら…。

この方を失う事になったら…嫌だ。

頭を小刻みに横に振る私に
「おまえの中で生まれた不安や恐怖から俺が守る。ロザリー…だからおまえも俺を守ってくれ。俺の中で生まれた不安や恐怖から俺を守ってくれ。おまえが側にいてくれたから、ここまで来れたんだ。最後まで俺と一緒にいてくれ。」


私の手はゆっくりと【夫】の手へと伸びて行った。

【夫】は大きく肩で息を吐くと、私の手を握り
「勝とう。一緒にこのローラン国を守ろう。」


私はゆっくりと頷いたが…
でも、もし私のせいでこの方を危険に晒すことになるなら…私は…隠し持っているタガーナイフをドレスの上からそっと触れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、私は妹として生きる事になりました

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。 そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

主婦と神様の恋愛事情

花咲蝶ちょ
恋愛
祈り姫の番外編です。 詳しくは祈り姫の『運命と宿命の縁』にて。 三十五歳の主婦と息子の上司で神様との恋愛事情 10話で読める甘い恋愛のお話になってます あやかしと神様の恋愛成就 8歳のハルの活躍中

処理中です...