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結婚までの7日間 Lucian & Rosalie

7日目⑫

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「はぁ~。」

アストンは参ったように、ため息をつくと
「なぁ、言っちまおうぜ。」

「…待て!アストン!」

「何、慌ててんだよ。チビ姫は不思議な力があるんだ。腹に一物もったヒューゴはチビ姫を操るどころか、近づけやしないはず。だから、チビ姫はこっち側だ。心配はないさ。」

「…私を操る?」

ミランダのその言葉に、ルシアンが息を呑んだ。

「あぁ…ヒューゴってやろうが、なんか気持ち悪い技でこっちの陣営を崩しにかかってんだ。」

アストンの中途半端な説明だったが、ミランダは顔色を変え、呟くように言った。

「暗示ね。」と言った。

「おい…。チビ姫までもその暗示とやらを知ってんのかよ?裏の世界を歩いてきた俺がその言葉さえ知らないのに…だいたい暗示ってなんだ?俺にはさっぱりわからん。」


お手上げと言っているかのように、アストンは両手を広げ、ミランダを見た。
ミランダは小さく息を吐くと


「アストン、人の心の色が見えるというのは、その人が何を考えているのか読めるという事なの。だから…心の色の変わり具合を見ながら、その人が思っていない方向に誘導することもできるの。」

そう言って、また息を吐くと
「…暗示とは…人の心を色として見える、この不思議な力を、技術として確立したもの。」

「何でそこまで知ってるだ?」

ミランダは無表情に言った。
「それはね。ブラチフォード王家が、それを利用していたからよ。」



驚くアストンにミランダは淡々と
「ブラチフォード王家には、人の心を色として見える者が生まれるのは知っているわよね。そう現国王の私のお爺様。そして私。でもこれは王家の歴史上、同じ時代にこの力を持つ者が二人も存在するは、初めてのことらしいわ。だから本来はブラチフォード王は、この力を持たない王がほとんどなの。」


ミランダは遠くを見ると
「人の心を色として見えるこの力は、他国への脅威となる得る。だからこの力を持たないブラチフォード王家の人間は、どうにかして不思議な力の代わりになり得る物を探し研究したそうよ、そこから生まれたのが暗示。
そして、暗示を使って、他国へ不思議な力を持っているようにみせる事を考えたの。

でも、国を守るためにと、考えられた暗示を利用し、邪魔な人間を殺そうとした者が王家の中にでてきた。」

「ほぉ~。王家の中からねぇ…」

「そう、王家の人間。王太后だった私の曽祖母と、王妃だった私の祖母。」

アストンがハッとした顔で、ミランダを見た。ミランダは目を伏せると
「ねぇ、アストン。あなたは私が不思議な力があるから、腹に一物もったヒューゴが私を操るどころか、近づけやしないはずだと言ったけど…私は暗示にかかり、叔父様を殺すところだったの。

あなたも、あの時の事は知っているのでしょう。」


アストンは思わず視線を、ミランダから避けると
「…俺は…」

「私はあなたの色を見ているから、あなたがあの事に関与していない事は知っているわ。
だから、あの時の事を責めているんじゃないわ。

ただ聞いて欲しいの。
私は見事に暗示にかかり、大好きな叔父様を死の淵に突き落とそうとしたことがあるということを…。」

「…ミランダ、もういい。もう何も言うな。」

「叔父様…。」

ミランダは、軽く頭を横に振り、話をさせてくれとルシアンを見ながら
「あの時、曽祖母と祖母は、悪魔に魅入られた自分達の心の色を、暗示を使って私に、自分達の心の色が見えないことを、不思議な事だと思わせず、それどころか毒を…叔父様に盛らせようとしたの。

アストン、あなたは私が人の心を色として見る不思議な力があるから、暗示なんかにかからないと言ったけど、そんなのは関係ない。暗示は心の一番弱いところ突いてくるの。

私は人の心が色として見えるこの力に、慢心していた。
そして、そんな私に誰も手を出せないと思っていた。

だから、私ひとりでも、私を一番理解し、愛してくれる叔父様を守れるって思っていた。

…そこを突かれたの。

自分の力に慢心していたところを突かれ…守るどころか、この手で殺すところだった。私が叔父様を殺すところだったの。」
ミランダはそう言って、ぽろぽろと涙を零したが、大きな深呼吸をすると


「でも…あの頃とは違う。」

そう言って、アストンを、ウィンスレット侯爵を見て、微笑むと
「今度は大丈夫。この力を持つからと言って、私ひとりでは、困難を乗り越えることはできないとわかっているから…。もう、慢心なんてないわ。」

ミランダは涙を拭いながら
「暗示はブラチフォード王家の専売特許。紛い物の暗示になんかに負けないんだから!」


ルシアンはクスリと笑った。


俺はミランダがあの時の事を思い出し、心を傷つけるのではないかと怯えていたが、ミランダは…俺が思っていたよりもずっと強くなっていたんだ。

それはきっとロザリーのおかげだな。

あの力のせいで、ミランダは幼い子どもでありながら、大人の思慮を持たねばならず、そのバランスが取れなくて、周りから孤立していた。そんなミランダの心の中に、ロザリーはすっと溶け込み、ミランダの子供の部分と、力によって大人になってしまった心の部分に、自然に寄り添う事ができた。
だからミランダは心のバランスがとれるようになったのだ。

それは…ミランダだけじゃない。

ここにいるアストンもだ。
暗い世界で、誰にも従う事を嫌い一匹オオカミだったアストンを変えたのは…ロザリーだ。


そして…俺も…。

髪も、肌も、瞳も薄い色で身に纏うブラチフォード王家。
そんな王家に、黒髪と赤い瞳のを持って生まれた俺は、王太后と王妃に忌み嫌われ、挙句の果てには、俺がブラチフォードの王になろうとしているという妄想に囚われ…何度も命を狙われた。
その度に自分の体に流れるブラチフォード王家の血が疎ましく、生まれてこなければよかったとさえ思うほどだった。

そんな俺の心は…俺を守ろうとしてくれる騎士さえも信じられず、背中を預けることができないくらい張り詰めていた。

そんな俺に、愛することを、信じることを教えてくれたロザリー。
ブラチフォード王家の血に雁字搦めになっていた体と心を、救ってくれたのはロザリーだった。


ロザリー…

俺は目を閉じ、先ほどの悲しげなロザリーの顔を思い出し唇を噛んだ。


何も言えなかったのは、ロザリーが暗示にかかっていたら、何がスイッチとなるのかわからなかったせいだった。
だがスイッチは俺の言葉ではなくて、キャロルに関することがスイッチだったんだろう。そしてロザリーのあの様子を見ると、恐らく…第一段階へのスイッチ。

そんな面倒な手を使ったのは、恐らくロザリーが簡単に暗示にかからなかったからだ。
それはきっと、ロザリーが無意識に拒否する事だったからではないだろうか…。

ロザリーが無意識に拒否すること…それはきっと人を殺める事。

どうやら、バウマン公爵はロザリーを己の剣にして、俺を殺るつもりなのだ。
ドラマチックな終わりを期待しているという事か…。


ロザリー…。

今度は俺が、いや俺達がおまえを必ず救う。
おまえをただの人殺しには絶対させない。
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