上 下
165 / 214
結婚までの7日間 Lucian & Rosalie

7日目③ ロザリーの決意

しおりを挟む
体が…震える。
夜が明けたばかりだから、体がそう感じるのだろうか?

いや…違う。

それは…

「ロザリー様、これでいかがでしょうか?」


髪を、そして化粧を私に施してくれたキャロルさんの声に、閉じた瞼さえ開けられないほど体が震えているのは…そんな理由ではない。




ただ…

そう、ただ見たくないんだ。

殺意を持った自分の顔は見たくない。

どんなに人を切る覚悟があっても、目を開ければ鏡に映った私の青い瞳は、凍えるほど冷たく光っているだろうと思うと…自分の顔を見るのが怖い。

だから、目を開けることができない。




「不安ですよね。練り上げた計画ではなくて、急に決まった計画ですもの。」



不安…?

私は不安げな顔をしているのだろうか?

恐る恐る目を開けて、鏡に映る自分の姿を見ると、鏡の中の私の青い瞳は、冷たく光るどころか、不安気に瞳を揺らしてる。




【不安げな顔をして、本当に大丈夫?】



…これは…仮面舞踏会のあの日、見慣れない栗色の髪の鬘をつけ、青いドレスで泣きそうな顔で立っていた私?







剣を手にした頃のまだ幼かった私は、練習をすればするほど、強くなっていくことが嬉しくてたまらなかった。だから、将来騎士として生きて行くことに何の不安も疑問もなく、寧ろ国をそして民を守るために、剣を極めることが私を熱くさせていた。

でもある日、ふと思ってしまった。


国の為に、民の為に、そして家族の為に命をかける事はやぶさかではないが、たがこの手で人の命を奪う事は、敵である騎士のみならず、その人を愛する人達の心をも殺すことだと思ったら、たまらく怖くなってしまった。

だが…切らなければ反対に、自分の大切な人達の命を…心を殺すことにもなるかもしれない。

そのジレンマを断ち切るために、最後に女として舞踏会に出ようとした。
騎士になろうと覚悟を決めたのなら、侯爵令嬢の自分との決別の為の仮面舞踏会にするつもりだった。
だが、あの時鏡に映った私は、騎士にも侯爵令嬢にも、どちらにも迷いを残す18歳の私が映っていた。


鏡に映った私は、まだ女として生きて行く道に未練を残し、そして人を殺める覚悟もないのに騎士になろうとしていると思った。

そしてこの迷いが…守るべき人を危険にさらすのではないかと不安になって、思わず鏡に映った私に問いかけたんだった。

騎士の私は侯爵令嬢の私に…

侯爵令嬢の私は騎士の私に…


【不安げな顔をして、本当に大丈夫?】

その言葉の中には…

確かにドレスに、ダンス…好きだよね。
でも出来るのか?
国を守るためにそして民の為に極めた剣を捨てて、どこかの貴族の妻として生きて行けるのか?

…と言う騎士の私と。


騎士として、いやシリルという男としてやって行けるのは…恐らくあと数年。
どんなに剣の腕はあっても、女の体をそう長くは隠せない。もし男と偽っていたことがわかれば…侯爵家はおとり潰しになるかもしれないのよ。どうするの?

…ううん…問題はそれだけじゃない。一番は…


人を殺める覚悟がなくて、剣を抜くことができるの?
その迷いが自分の命を、いや大事な人の命を救う事ができないのではないの?

…と言う侯爵令嬢の私がいた。





クスッ…


「ロザリー様?」

そうだった。
あの時の私はそうだった。

でも私はその答えを見つけたじゃない。

あの…前ローラン王との戦いで…。



人を殺める事は怖くて当たり前だ。
それを当然のように思えたら、私は私でなくなる。
いや人間でもなくなる。化け物になるということを知ったじゃない。


人を殺めるという事を、私は一生悩むだろう。
それは人である限りずっと悩むことだ。
なら、悩むことで少しでも剣を抜くような状況を打開する努力を、ルシアン殿下とやって行くんだ。



でも…それでも…
悪意を持った者達を押さえきれない場合は剣を抜き……戦う。





クスッ…


「ロザリー様?」


騎士の私、侯爵令嬢の私…か、まるで別の人間のように考えるはやめだ。

どちらの私もあるから、私なんだ。

どちらの私もあるから、ルシアン殿下のその背中を守る事が出来ることも、そしてこの愛する思いでルシアン殿下の心を支えることができるんだ。

私は幸せだ。


「ロザリー様、どうなさったのです?」

「えっ?」


いけない。
鏡に映ったキャロルさんの顔が、心配そうに私を見ているじゃない。

キャロルさん…。

おしゃれで、美人で、優しいキャロルさんなら、縁談は引く手あまただったろうに…なのに…
生まれ育ったブラチフォード国を離れ、私について来てくれたキャロルさん。
いつも私を女として、より上のステージへと導いてくれるキャロルさん。

私を陰から支えてくれるキャロルさんを守りたい。

この思いが伝わったのだろうか、私の顔を見たキャロルさんが微笑んでくれる。

そうだ。

私は私を信じ、そしてルシアン殿下を信じついてきてくれる人たちを守り、幸せへと続く道を切り開きたい。


だから…
「キャロルさん!私…『鏡に映った自分に見とれてました。』」

へっ?!
ええっ~?!!

私の声に被さるように聞こえた…い、今の声は…

ひょっとしたら…いや、ひょっとしなくても

「ミ…ミランダ姫?」


ゆっくり後ろを振り向くと


ロイさんに抱っこされたミランダ姫がため息をつきながら
「確かに綺麗よ。でもね、自分の姿に見とれるのはどうかと思うわよ。ロザリー。」

「ど…どうしてここに?…じゃない!!!み、み、見とれてなどいません!!わ、私は!」

「いいじゃない。ホントに綺麗よ。ねぇ~キャロル。」

「はい。もともとお美しいロザリー様に、この美の伝道師キャロルの腕があればご本人であるロザリー様とて、うっとりして当然でございます。」

「あ、あの…確かにキャロルさんの腕があるから、ここまで綺麗にしてもらったのは間違いないですが、で、でも見とれていたのではなくて…私は…」

だけど、ミランダ姫は私の声を無視して
「ロイも、ロザリーは綺麗だと思うでしょう?」

ロイさんは満面の笑みを浮かべ
「御意!」

「ロイさん!!!」

ミランダ姫はケラケラと笑いだすと
「キャロルも、ロイもわかっているわよ。そんなことを思っていないことは。」

「ミランダ姫…。」

ミランダ姫は柔らかい笑みを口元に浮かべて、すべてを見透かすその瞳を揺らし
「心配…しなくてもいいみたいね。」

「…はい。」

私の声にただ頷いたミランダ姫だったが、突然ニンマリ笑われ

「こんなに綺麗なロザリーを見たら、日頃…威厳充分の叔父様の顔もデレ~となりそうね。」

そう言って下を向かれた。

「想像したら、可笑しくなっちゃった。」

「ミランダ姫~!!」

私の叫び声にクスクスを声を立てて笑われたミランダ姫だったが、だが、ゆっくりと顔をあげられたその顔は、だんだんと引き締まり

「でも叔父様には悪いけど…デレデレした顔は…もう少し待ってもらわなくはね。」

そう言われ、厳しい顔で

「だからロザリー。必ず生きて帰って来て、叔父様のデレ~とした顔を私に見せてよ。」

「ミランダ姫…」

ミランダ姫はそう言うと、顔を歪め小さな声で
「…死んだら……許さないから…」

その時、この部屋にいたキャロルさんもそしてロイさんも感じたのだろう。驚いたように目を見開きミランダ姫を見ていた。みんなの目に映ったミランダ姫はあの…そうあのミランダ姫ではなかった。


幼い少女の顔だった。


守りたい。
そう思った。この少女の命を、そして心を守りたいと。

「私は強いですよ。だから…」
そう言って私は笑いながら、少女を抱きしめようと大きく手を広げると、少女は堪え切れなかったのだろう。大粒の涙を零し、ロイさんの腕から飛び出すと私の腕の中に飛び込んできた。

あぁ…こんなに小さな体だったんだ。
いつも大人以上の気迫と、威厳を持つ少女は、こんなに小さかったんだ。

守る。

いや、必ず守って見せる。


「だから……任せてください。私はルシアン殿下の妻であり、そしてその背中を唯一守る事を許された騎士です。必ずこの手で、勝利を持ち帰ってきます。」



私の腕の中で少女が…ミランダ姫が頷いていた。





勝つ。


この戦いは必ず勝つ。










しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました

桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて… 小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。 この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。 そして小さな治療院で働く普通の女性だ。 ただ普通ではなかったのは「性欲」 前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは… その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。 こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。 もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。 特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

【R18】ショタが無表情オートマタに結婚強要逆レイプされてお婿さんになっちゃう話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

兄がいるので悪役令嬢にはなりません〜苦労人外交官は鉄壁シスコンガードを突破したい〜

藤也いらいち
恋愛
無能王子の婚約者のラクシフォリア伯爵家令嬢、シャーロット。王子は典型的な無能ムーブの果てにシャーロットにあるはずのない罪を並べ立て婚約破棄を迫る。 __婚約破棄、大歓迎だ。 そこへ、視線で人手も殺せそうな眼をしながらも満面の笑顔のシャーロットの兄が王子を迎え撃った! 勝負は一瞬!王子は場外へ! シスコン兄と無自覚ブラコン妹。 そして、シャーロットに思いを寄せつつ兄に邪魔をされ続ける外交官。妹が好きすぎる侯爵令嬢や商家の才女。 周りを巻き込み、巻き込まれ、果たして、彼らは恋愛と家族愛の違いを理解することができるのか!? 短編 兄がいるので悪役令嬢にはなりません を大幅加筆と修正して連載しています カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。

もしも○○だったら~らぶえっちシリーズ

中村 心響
恋愛
もしもシリーズと題しまして、オリジナル作品の二次創作。ファンサービスで書いた"もしも、あのキャラとこのキャラがこうだったら~"など、本編では有り得ない夢の妄想短編ストーリーの総集編となっております。 ※ 作品 「男装バレてイケメンに~」 「灼熱の砂丘」 「イケメンはずんどうぽっちゃり…」 こちらの作品を先にお読みください。 各、作品のファン様へ。 こちらの作品は、ノリと悪ふざけで作者が書き散らした、らぶえっちだらけの物語りとなっております。 故に、本作品のイメージが崩れた!とか。 あのキャラにこんなことさせないで!とか。 その他諸々の苦情は一切受け付けておりません。(。ᵕᴗᵕ。)

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

【R18】翡翠の鎖

環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。 ※R18描写あり→*

処理中です...