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結婚までの7日間 Lucian & Rosalie

6日目⑩ 前日の夜にロイは…

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ロイは窓から、賑やかな城下町を見ると、にっこり笑った。
それは待ちわびた人が見えたからだった。


ここは、王都にある宿。
ロイはこの宿に半月前から、ふたりで泊まっていた。

いや、正確にいうと、宿泊名簿にはふたりの名前があったが、いつもこの部屋に泊まるのはひとり。
二人一緒に泊まることはなかった、なぜならどちらかが必ず王宮にいなくてはならなかったからだ。

そしてここ数日は、もうひとりの男が王宮に泊まり、ロイはこの宿に泊まっていた。

明日に迫った結婚式と戴冠式に、ロイの心ははやっていたのだろう。
ゆっくりと階段を上ってくる足音に、溢れてくる思いが思わず口に出た。

「ルシアン殿下も、ロザリー様も、確かにローラン国を平和で豊かない国にして下さると思うが…やはり、私は…」

そう口にすると、ゆっくりとした歩みで階段を上ってくる足音の主を思い
「この方に王座について頂きたい。」



ガタンと小さな音を立てて扉が開くと、ロイは跪き

「おかえりなさいませ。」
そう言って、頭を深く下げた。ロイのその姿に、部屋に入ってきた男は小さくため息をつき

「…私にそんな態度は無用だ。」

「ですが…閣下は…」

「閣下も無用。今や私は放浪の身だ。頭を下げられる身分ではない。」

男はそう言うと、先ほどまでロイがいた窓際に立ち、ロイにこれ以上(閣下)と呼ばれることを遮るように、背中を向けた。

拒絶する背中に、ロイの熱い思いはより熱を持ち、言ってはいけないことを口にしてしまった。
「ルシアン殿下はきっとローラン国を平和で豊かな国へと導くことだと思います。ですが…私は」

そう言って、ゴクンと息を呑みこむと
「私は王にはやはり…閣下になって頂きたい。」

男は背を向けたままクスリを笑った。
その笑い声に、ロイは唇を噛み締め
「閣下はご立派な方です!閣下はあの王を…あの町を作った王を王座から引きずり降ろし、町にいた私達を助けようとされた。」

窓ガラスに映った男の顔が、眉ひとつ動いていないことに、ロイは顔を歪め

「閣下は…あの日、町が襲われたあの日の朝、ひとりであの町に乗りこみ、連れ去られようとしていた私を助けてくださいました。いいえ、それだけではない。牧師の姿でジャスミンとナダルまでも助けてくださった。ご立派な方です!」


熱い思いをぶつけてくるロイに、男は小さく息を吐き

「だが…すべて後手。それどころか、おまえもナダルやジャスミンもバウマンに攫われた。」

「でも!あの日は…あの日の夕方…スミラ様が…。」

迷いながら口したロイの言葉は、途切れ途切れだったが、何が言いたいのかわかっていた男は、窓の下の町を見つめ

「…15年前、あのイロボケを王座から引きずり下ろし、ようやく私がローラン王としてこの国を守ろうと思った日。お前たちが住むあの町が襲われた。イロボケが自分の所業がバレるのを恐れて、町を潰すことは…有り得る事だったのに私は失念していた。それひとつとっても、私は王には相応しくない。」


窓ガラスに映る男の顔が、微かに表情を変えた。

「おまえは私を立派だと言うが…どこが立派なものか。父である王をイロボケと蔑みながら、私は妹を愛してしまった自分にどこか恐れ、お前たちを助けることで心のバランスをとろうとした私のどこが立派だ。15年前、同じあの日に、私が仕掛けた罠でスミラが死んだのは…罰が当たったのだ…いや、あのイロボケの呪いかもしれんな。フッフフフ…。」



突然、男の冷めた笑いが、大きな声で物を売る男の声と、その声に(もう少しまけてよ。)と女の声、そして(お母さん~、買って)と泣く子供の声で掻き消えた。

窓を閉めた2階のこの部屋に、町の喧騒がこの部屋に流れ込んできたことに、ロイは一瞬眉を顰めたが、背中を向けていた男には、その町の喧騒が愛おしく聞こえたのだろうか、窓ガラスに映った男の顔に笑みが浮かんでいた。


その顔にロイは驚いたように「ぁ…」と声をあげると、男はその声にクスリと笑い

「ロイ、私が王として相応しくないのはそれだけではない。スミラのその魂が恋しくて、悪魔に魂を売り、民の事など考えずに妹を追いかけた。そんな王が立派なはずなどない。」



そう言って、振り返った男はロイと同じ顔だったが、だが、その顔はだんだんと変わって行き



前ローラン王、その人になった。



前ローラン王は目を細め
「それに…もう王座には飽きた。だがバウマンの馬鹿にこの国を任せられない。」

「閣下…。」

「閣下などと呼ぶな。私とおまえは兄弟だ。」

その言葉にロイは息を呑んだ。前ローラン王はニヤリと笑うと

「だろう…兄弟だろう。あのイロボケが励んだことで、親子ほどの年齢差になったが…兄弟だ。まぁ、私と兄弟だと言われるのは迷惑だろうがな。」

「閣下…。」

ロイがまた閣下と呼んだことで、前ローラン王は苦笑すると
「おまえの生真面目さは、ルシアンとそっくりだ。」

前ローラン王はロイを見つめ
「生真面目なおまえが王となっても、このローラン国はうまく行くだろう。リドリーもおるしな。だが、それは平時のみだ。おまえには悪いが、ルシアンに似ていても大きな違いがある。それは…混乱に巻き込まれた時、空気感が変わるような凄まじい存在感を持つのがルシアンだ。 人を惹きつけ、この人の為にと思わせるものが…ルシアンにあるのだ。それは努力でどうこうなるものではない…神からのギフトだ。そのギフトを持つ者が国を豊かにする。だから…私やおまえでは無理なのだ。」

そう言って、ロイを見てニヤリと笑い
「ましてやバウマンなどは最悪。本当は私が手を下すのが一番簡単なのだが…私がいることをルシアンやロザリー…」

そこまで言って一旦言葉を止め
「あのミランダには気付かれたくはないからな。特に人の心を色として見えるミランダには絶対に。」


ロイはミランダがスミラの生まれ変わりだという事は知らなかったが、ただ、前ローラン王から絶対にミランダに会うなという事を言われた時、人の心を色として見えるだけではないと感じていた。

なぜなら、ミランダの事を話す前ローラン王は、とても優しい顔だったからだ。


「…やはり、お会いにならないのですか?」

前ローラン王は、やはりロイの思っていた通り、優しい顔で
「あぁ、ここに来たのは、この国の未来を見たかったからだ。それに私がノコノコ出て行けば、また混乱するだろう。まぁそれはそれで面白いが…あはは…」

前ローラン王は笑い声に…ロイは思った。
姿を変えて城に入り、バウマン公爵の牙城を少しづつ崩して行っているその姿に、やはり前ローラン王は王座にまた戻るべきだと

「…ノコノコ戻ればいいんですよ。」

ロイの言葉に、前ローラン王は大きな声で笑い
「私は繊細でな。化け物だとみんなに言われると悲しくなるのだ。だからもう人前には出たくない。」

「嘘だ!あなたが王として民の為にとられた政策は、素晴らしいものでした。あのような素晴らしい政策を考え、実行できるあなたは、王としての器を持った方だと思っております!だから…戻ってきてください。」

前ローラン王は赤い目を細め
「…ロイ。」

抑揚ない低い声に、ロイの体は固まった。その声は初めて聞く前ローラン王の声だったからだ。

「おまえがどう思っていようがかまわない。たが、その考えを私に押し付けるな。」

「…閣下…。」

「妹に懸想し…人を捨てた男の心の中に、民の事を考える場所などない。私の心は今もスミラだけしかない。」

茫然と前ローラン王を見るロイに、笑みを浮かべた前ローラン王は
「さぁて、もうこんな話はおしまいだ。最後の夜はふたりで呑みあかしたい。」

「…えっ?!でも明日…明日は…」

「…もう飽きた。」

「飽きた?!」

「結果が見えた戦いなど…どうでもいい。」

「今夜が…最後なのですか?嘘ですよね?また…お会い出来ますよね?」


前ローラン王の顔を泣きそうな顔で見つめるロイに、前ローラン王はフッと口元を緩め、同じ赤い瞳から涙を零すロイの頭をポンと叩き
「なんだその顔は、まるで父親を慕う子供の顔だぞ。」

そう言って微笑むと、小さな声で
「おまえにしか言えない。頼む、ローラン国を、そしてルシアンを助けてやってくれ。」




ロイはこの夜の事を忘れたくなかった。
いや、前ローラン王との事を忘れたくなかった。


だが、きっとこの記憶は…

今宵、消されるのだろうと思った。
前ローラン王は、自分に関する記憶をすべて消すのだろうと思った。


「わ、私は…結構呑みますよ。」
嗚咽を漏らし、そう言ったロイに前ローラン王は

「ほぉ…それは楽しみだ。」

「破産させるくらい呑みますよ……兄さん。」


ロイの言葉に目を見開いた前ローラン王は、何も言わずただ黙って笑っていた。





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