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結婚までの7日間 Lucian & Rosalie
5日目①
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「悪い。起こしたか?」
「いえ…でも…お酒は…」
飲まないと、落ち着かないその気持ちがわかるから、言葉がそれ以上出てこない。
部屋を出られたのは気が付いていた。
恐らく…明日からの事を考えていらっしゃるのだろうと、声を掛けずにいたが…なかなか戻って来られず…
私は階段を降り、食堂で大きな背中へと…一歩足を進めたのだった。
午前2時…。
大きな氷の塊が茶色い海で大きく揺れ、グラスの内側に当たって、ルシアン殿下の手の中でカチリと音が鳴った
その音が響くほど静まり返った食堂で、ルシアン殿下の背中を見ていた私に、ルシアン殿下がポツリと
「なぁ…ロザリー。おまえは……ナダルをどう思う?」
私はルシアン殿下の横に立つと、首を傾げ
「どう思うとは?」
「いや…。」
ルシアン殿下は気まずそうに、グラスを揺らした。
ナダル…?
そう言えば…ミランダ姫が
ゴクンと息を呑んだ私の口は、ミランダ姫の仰ったとおりに、言葉を紡いだ。
「『纏う色が違う。ローラン王家の血を持つ者なら…あんな色は出ない。』」
「…おまえも…聞いたのか?」
「…はい。でも…」
私の次の言葉を察したかのように
「…俺も…ナダルは悪人ではないと思っている。寧ろ…ローラン国の犠牲者だ。だからローラン王家の血が、流れていようがいまいが…味方に入れたかった。」
その言葉に私も頷いた。
ルシアン殿下は私を見つめ…そして俯かれると呟くように
「リドリー伯爵から伝令が来たんだ。」
ルシアン殿下の口から、その言葉が絞り出されるように出てきた。
「ナダルは…バウマン公爵の息子だ。」
「…バ…バウマン公爵の?…だったら、ナダルは父親に剣を向けることに…。」
「ジャスミンや…ロイを…いや、この里にいた者を家族と呼ぶナダルは、家族というものに憧れていたのだろうな。なのに俺はナダルを引き入れてしまった。」
そう言って、目を瞑られ
「だが、王と言う権力に魅了されたバウマンの悪行を…このまま見逃すわけには行かない。知らなかったとはいえ…俺はナダルに、父親を…殺せと命ずることになってしまった。そう思ったら…呑まずにいられなくてな。」
ルシアン殿下は微かに笑みを浮かべ
「むごい…事をさせることになるかもしれない…。」
私は思わず、ルシアン殿下を抱きしめた。
怖かった…。
ルシアン殿下のその優しさが怖いと思った。
バウマン公爵とナダルが剣で相対することにならないように、ルシアン殿下は無理をされるのではないかと思ったから…
それは…ルシアン殿下が危険な賭けをするという事だ。
「…ロザリー…」
私の胸で…ルシアン殿下が私の名を呼ばれた。
私だって、ナダルにバウマン公爵に向かって、出来れば剣を抜かせたくない。
でも…それ以上に、ルシアン殿下に、無理な戦いをさせたくない。
深手ではなかったが、背中の傷というのは…剣を振るのに必要な筋肉が集まっているところ…、きっとルシアン殿下の剣のスピードは落ちるだろう。
思うように、ルシアン殿下の剣は動かないと私は見ている。
そして…ルシアン殿下はもちろんその事はわかっているはず、わかっていて…ナダルをバウマン公爵に剣を抜かないように、先に…バウマン公爵に切りかかるおつもりだ。
騎士ならば…止める。
では妃なら…王の心を守るのが妃ならどうする?
もし…ナダルがバウマン公爵を切ることになったら…。
ルシアン殿下の心は、後悔という傷を抱えて、一生…泣くことになる。
騎士であり、そして妃の私は…
胸元にあるルシアン殿下の頭に触れた。
ビクンと動かれたルシアン殿下の頭をそっと撫でながら…
「あなたの背中は…お任せください。」
「…ロザリー?」
「必ずあなたの命を…騎士として、そしてあなたの心に溢れる優しさを…妃として守ります。」
ルシアン殿下の腕が私の腰に回り、「ロザリー」と私の名前を呼ばれると、私を肩に担ぎあげ立ち上がられた。
「ル、ルシアン?!」
「俺の心に溢れる優しさも守ってくれるのだろう?守ってくれ。おまえが愛しく堪らないこの思いが溢れるんだ。
このままだと明日は冷静でいられない。だから、受け止めてくれ。」
「…ルシアン!!」
私の叫び声に笑われたルシアン殿下は、私を下におろすと、微笑んで言われた。
「守ってくれるのだろう。」
赤い瞳はズルい。その色はより心の熱が…体の熱が、熱く滾っていると思わせる。
「ロザリー…。」
ルシアン殿下はまた笑みを浮かべ、私の頬に触れ
「…王は優しさと、そして相反する非情さを持たなければならない。だが、王とて人だ。人だからその優しさと非情さの間で心が揺れ動く。その思いはきっと一生付きまとうものだと思っている。
一時の感情に左右されるな…強くなれと、王家に生まれた者はそう育てられるが…心はそう簡単に強くならないと俺は思っていた、でもおまえを知って俺は知ったんだ。
おまえが俺を愛してくれるその愛は…俺の心を強くしてくれるという事に。
ロザリー…俺をもっと愛してくれ。
俺が優しさと非情さのどちらにも傾き過ぎないように、俺の心を…おまえの愛で守ってくれないか。」
笑っておいでだが…赤い瞳が不安そうに揺れている。
私は広い胸に触れ、体を寄せて
「守ります。だから教えてください。あなたの揺れ動く心は何を思っているのか…。すべてを教えてください。その唇で…その手で…私に触れて教えてください、あなたの気持ちを受け止めたいから教えてください。」
ルシアン殿下の腕が、縋るように私に回った気がした。
「いえ…でも…お酒は…」
飲まないと、落ち着かないその気持ちがわかるから、言葉がそれ以上出てこない。
部屋を出られたのは気が付いていた。
恐らく…明日からの事を考えていらっしゃるのだろうと、声を掛けずにいたが…なかなか戻って来られず…
私は階段を降り、食堂で大きな背中へと…一歩足を進めたのだった。
午前2時…。
大きな氷の塊が茶色い海で大きく揺れ、グラスの内側に当たって、ルシアン殿下の手の中でカチリと音が鳴った
その音が響くほど静まり返った食堂で、ルシアン殿下の背中を見ていた私に、ルシアン殿下がポツリと
「なぁ…ロザリー。おまえは……ナダルをどう思う?」
私はルシアン殿下の横に立つと、首を傾げ
「どう思うとは?」
「いや…。」
ルシアン殿下は気まずそうに、グラスを揺らした。
ナダル…?
そう言えば…ミランダ姫が
ゴクンと息を呑んだ私の口は、ミランダ姫の仰ったとおりに、言葉を紡いだ。
「『纏う色が違う。ローラン王家の血を持つ者なら…あんな色は出ない。』」
「…おまえも…聞いたのか?」
「…はい。でも…」
私の次の言葉を察したかのように
「…俺も…ナダルは悪人ではないと思っている。寧ろ…ローラン国の犠牲者だ。だからローラン王家の血が、流れていようがいまいが…味方に入れたかった。」
その言葉に私も頷いた。
ルシアン殿下は私を見つめ…そして俯かれると呟くように
「リドリー伯爵から伝令が来たんだ。」
ルシアン殿下の口から、その言葉が絞り出されるように出てきた。
「ナダルは…バウマン公爵の息子だ。」
「…バ…バウマン公爵の?…だったら、ナダルは父親に剣を向けることに…。」
「ジャスミンや…ロイを…いや、この里にいた者を家族と呼ぶナダルは、家族というものに憧れていたのだろうな。なのに俺はナダルを引き入れてしまった。」
そう言って、目を瞑られ
「だが、王と言う権力に魅了されたバウマンの悪行を…このまま見逃すわけには行かない。知らなかったとはいえ…俺はナダルに、父親を…殺せと命ずることになってしまった。そう思ったら…呑まずにいられなくてな。」
ルシアン殿下は微かに笑みを浮かべ
「むごい…事をさせることになるかもしれない…。」
私は思わず、ルシアン殿下を抱きしめた。
怖かった…。
ルシアン殿下のその優しさが怖いと思った。
バウマン公爵とナダルが剣で相対することにならないように、ルシアン殿下は無理をされるのではないかと思ったから…
それは…ルシアン殿下が危険な賭けをするという事だ。
「…ロザリー…」
私の胸で…ルシアン殿下が私の名を呼ばれた。
私だって、ナダルにバウマン公爵に向かって、出来れば剣を抜かせたくない。
でも…それ以上に、ルシアン殿下に、無理な戦いをさせたくない。
深手ではなかったが、背中の傷というのは…剣を振るのに必要な筋肉が集まっているところ…、きっとルシアン殿下の剣のスピードは落ちるだろう。
思うように、ルシアン殿下の剣は動かないと私は見ている。
そして…ルシアン殿下はもちろんその事はわかっているはず、わかっていて…ナダルをバウマン公爵に剣を抜かないように、先に…バウマン公爵に切りかかるおつもりだ。
騎士ならば…止める。
では妃なら…王の心を守るのが妃ならどうする?
もし…ナダルがバウマン公爵を切ることになったら…。
ルシアン殿下の心は、後悔という傷を抱えて、一生…泣くことになる。
騎士であり、そして妃の私は…
胸元にあるルシアン殿下の頭に触れた。
ビクンと動かれたルシアン殿下の頭をそっと撫でながら…
「あなたの背中は…お任せください。」
「…ロザリー?」
「必ずあなたの命を…騎士として、そしてあなたの心に溢れる優しさを…妃として守ります。」
ルシアン殿下の腕が私の腰に回り、「ロザリー」と私の名前を呼ばれると、私を肩に担ぎあげ立ち上がられた。
「ル、ルシアン?!」
「俺の心に溢れる優しさも守ってくれるのだろう?守ってくれ。おまえが愛しく堪らないこの思いが溢れるんだ。
このままだと明日は冷静でいられない。だから、受け止めてくれ。」
「…ルシアン!!」
私の叫び声に笑われたルシアン殿下は、私を下におろすと、微笑んで言われた。
「守ってくれるのだろう。」
赤い瞳はズルい。その色はより心の熱が…体の熱が、熱く滾っていると思わせる。
「ロザリー…。」
ルシアン殿下はまた笑みを浮かべ、私の頬に触れ
「…王は優しさと、そして相反する非情さを持たなければならない。だが、王とて人だ。人だからその優しさと非情さの間で心が揺れ動く。その思いはきっと一生付きまとうものだと思っている。
一時の感情に左右されるな…強くなれと、王家に生まれた者はそう育てられるが…心はそう簡単に強くならないと俺は思っていた、でもおまえを知って俺は知ったんだ。
おまえが俺を愛してくれるその愛は…俺の心を強くしてくれるという事に。
ロザリー…俺をもっと愛してくれ。
俺が優しさと非情さのどちらにも傾き過ぎないように、俺の心を…おまえの愛で守ってくれないか。」
笑っておいでだが…赤い瞳が不安そうに揺れている。
私は広い胸に触れ、体を寄せて
「守ります。だから教えてください。あなたの揺れ動く心は何を思っているのか…。すべてを教えてください。その唇で…その手で…私に触れて教えてください、あなたの気持ちを受け止めたいから教えてください。」
ルシアン殿下の腕が、縋るように私に回った気がした。
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