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第五話(最終話) 相称の翼

第三章:二 至翼

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「そうです。もう予想はされているようですが、朱里あかり緋国ひのくにの六の宮、朱桜すおうです。私の最後の妃で、私が愛をって真実の名を捧げた翼扶つばさだった。けれど、彼女は相称の翼となった。どんな経緯いきさつがあって禁術を望んだのかは、私にはわかりませんが」

 以前の彼方かなたなら、なぜすぐに黄帝のいる金域こんいきへ導かなかったのかと、彼を責めたのかもしれない。不思議と今はそんな気持ちが沸いてこなかった。遥が何の理由もなく天地界てんちかいおきてを破るとは思えない。

 朱里が、――朱桜が望まない限りは。
 彼女がなぜこちらの世界に逃避行したのかはわからない。
 ただ全てを思い出した彼女が、何を考えてしまうのかは彼方かなたにも想像がつく。
 相称の翼としての役割と、それ以上に望むのは、おそらく闇呪あんじゅの未来。 

「副担任は、これからどうするの?」

 何気なく訊いたつもりだったのに、声が乾いていた。遥はちらりと彼方を一瞥しただけで答えない。つまらないことを言ったと彼方も視線を伏せた。
 朱里がーー朱桜が立ち去った今、彼方かなた自身も目的がなくなったような気がしていた。こちらで共に過ごした記憶から、朱里が自身に与えられた役割や責務を放棄するとは思えなかった。

 天地界は相称の翼を得て、輝きを取り戻すだろう。
 そう安堵できるのに、心は晴れない。遥の胸中を思うと、ただ全てが暗く哀しく見えた。

「ねぇ! 我が君は天界に戻ったの?」

 しんみりとしそうになる彼方の隣で、鳳凰の二人がけたたましい声をあげる。さっきまで辟易へきえきしていたのに、今は甲高い声に救われる気がした。

「俺たち、早く我が君に会いたいんだけど。っていうか、会わなきゃならないの!」

 遥が不思議な色合いの眼差まなざしを鳳凰に向ける。目が合うと、少年は首を傾けた。

「あなた、なんだか、やっぱり変な感じだな」

「私が? まぁ、そうだろうな」

 無理もないという自嘲を含んだ遥の声に、少年はきょとんとした顔になった。

「悪い意味じゃないよ。あなた、とっても綺麗だ」

「うん。それは私も思う。まるで黄王おおきみみたいね」

 少女の言葉に、少年が指を鳴らす。

「そう!それ! 黄王おおきみみたいな感じ」

 少年はいたく納得したようだったが、彼方には皆目かいもくわからない。思わず助け舟を期待して雪を振り返ると、彼女も首を傾げた。
 さらなる助け舟を求めて奏を見るが、彼方は思わず息を呑んだ。得体の知れない気迫のこもった灰褐色の瞳が、鳳凰の相手をしている遥をじっと凝視している。

「奏?」

 声をかけると、彼はハッとしたように彼方を見た。それでも成り行きは心得ているようで、すぐに知的な声が答える。

「彼らの言う黄王おおきみとは、至翼しよくのことでしょう」

「え? たしかに副担任は委員長の至翼だけど……」

 彼方が遥を見てから鳳凰を見ると、こちらを見ていた二人としっかりと目が合った。
 幼い二人は「やっぱり!」と漆黒の瞳を輝かせて、再び遥を仰ぐ。

「じゃあ、やっぱり黄王おおきみじゃん!」

「とっても綺麗!」

 嬉しそうな二人の様子に戸惑ったまま、遥も助け舟を必要としたらしく奏を見る。嬉々として二人に懐かれている状況が吞みこめないらしい。彼方も鳳凰が思い違いをしている気がして、同じように奏の答えを待った。

「鳳凰の云う黄王おおきみとは、基本的には黄帝のことになります」

「えっ?」

 彼方が思わず声をあげると、奏が口元に手を当てて遥にまとわりついている鳳凰を見る。

「相称の翼の至翼しよくは黄帝ですからね」

「あ。そういうことか」

 鳳凰は「黄王おおきみ黄王おおきみ」と声を揃えて、再び遥にまとわりつく。遥は苦笑しながらも、朱桜すおうの守護だと心得ているためか、二人を邪険にすることはなく受け答えしている。

闇呪あんじゅが、委員長の……、相称の翼の至翼なんて」

 皮肉だなと彼方は複雑な気持ちになる。
 至翼しよくは、自身に真名を捧げた者を指す。
 彼方にとっては雪が翼扶つばさであり、同時に至翼しよくでもある。相思相愛の恵まれた関係だが、もちろんそうではない場合もある。

 翼扶つばさが、必ず至翼しよく比翼ひよくに望むとは限らない。
 同じように、比翼ひよくが、必ず至翼しよく翼扶つばさに望むとは限らないのだ。

 本来、翼扶つばさまたは比翼ひよく数多あまた持つことは天意の定めに反する行為ではない。
 けれど天界ではいにしえから繰り返されてきた悲劇により、数多の翼扶つばさ比翼ひよく、または至翼しよくを持つことは禁忌であるという風潮があった。

 唯一、その暗黙の了解を無視できるのは、四国の王を至翼しよくとする黄帝だけである。

「じゃあ、委員長は闇呪あんじゅと黄帝を至翼として持つことになるんだね」

 それがいにしえにも起こりえたことなのか、やはりまれなことなのか、彼方かなたには分からない。

(……分からない?)

 不意に気づいた自分の変化に、彼方は戸惑う。相称の翼が黄帝以外の至翼を持つこと。以前なら間違いなく、ありえない事態だと考えていた筈だった。
 けれど、今はわからない。自分の内に形作られてきた天帝てんてい御世みよとは、全てがかけ離れている。

 遡れば、相称の翼が必ずしも黄后ではない例もあるのだ。
 親子で築かれたと言う、天帝の御世。

 そして、今。
 黄帝を愛してはいなかった、相称の翼。
 これまでに刷り込まれてきた感覚には、許しがたいほど添わない形。

「相称の翼は、誰を比翼とするのでしょうね」
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