上 下
187 / 233
第五話(最終話) 相称の翼

第一章:一 残された者

しおりを挟む
 先ほどまでと同じ光景が、色を失ったように暗く沈む。本性を取り戻した朱里あかりがはなった圧倒的な輝き。今はもう見ることも叶わない。 
 彼女は立ち去ってしまった。 

 はるかはふっと糸が切れたように寝台に腰掛ける。ずっと覚悟していた別れが訪れた。それが予想よりも早かったのか、あるいは遅すぎたのか。 

 あえて考えることを放棄する。そんなことに思いを巡らせても意味がない。遥は再び寝台から立ち上がる。他愛ない身動きによって傷痕がひきつれたのか、じわりと痛みが広がった。思わず胸に手をあてて、遥ははっと守護のことを思い出す。決して主を傷つけることのない黒麒麟くろきりんの凶行。 
 身を貫いた、暗い衝撃。 

 麟華りんかの角を体に受け止めたとき、底知れない悪意を感じた。 
 遥は守護の様子をたしかめるために、部屋を出た。ためにしに麒一きいちを呼んでみたが、何の気配も現れない。まだこちらの世界に戻ってきていないのだろう。 

 何かが起きたにしても、やはり麒華の行動は腑に落ちない。黒麒麟くろきりんの力をもってしても抗うことの出来ない何か。 
 遥には自身の命運が終焉に向かいつつあるのではないかという予兆のように感じられる。 

(――その方が良いのかもしれない) 

 世界は相称そうしょうつばさをとりもどした。今となっては、朱桜すおうの知らないところで破滅することを望んでいるといっても過言ではない。 

 麒華の部屋へ入ると、まるで何事もなかったかのように寝台に横たわり目を閉じている姿を確認できた。ひとまず安堵して歩み寄ると、遥はふっと室内にある鏡台に目を奪われた。 
 自身の姿を映す鏡。 
 おもわず自分の髪に触れる。麒華に貫かれて目覚めた後、まるで本性を暴露するかのように、頭髪も瞳も本来の闇色を取り戻していたはずなのだ。 

 それが。 
 元に戻っている。 

 こちらに来て歪んだ姿が映していたように、あるいはそれ以上に明るい色合いに。 
 漆黒よりも色味を含んだ茶髪に戻っているのだ。鏡の向こうからこちらを見ている瞳も、同じ色合いを帯びている。 

 遥はすぐに眩しい輝きを思い出した。 
 相称の翼。触れた金色こんじき。 
 こちらの世界が歪ませた姿よりも、ひときわ明るくなった色合い。彼女の放った輝きが、わずかにはるかの――闇呪あんじゅの闇をはらったに違いない。 

 誰にも侵されない闇を、いとも簡単に。 
 やはり自分は彼女に討たれて終わる。もっとも避けたい結末であるのに、思い描くことはたやすい。 
 遥は記憶を閉じ込めるように、朱桜のはなった輝きを脳裏からふりはらう。 

 麒華りんかに歩み寄って無事をたしかめると、にわかに麒一きいちの行方が気になった。 
 一度天界に戻り、麒一を呼び戻す必要がある。黒麒麟くろきりんが同胞の凶行に気が付かなかったとは思えない。 
 麒一にも何かが起きている、あるいは起きたと考えるのが道理だった。 

 黒麒麟に何が起きているのかを突き止めなければならない。遥は寝台に横たわる麒華を見つめたまま、これからのことを考えた。すぐにでも天界へ戻り、麒一の行方を追うべきだろうか。 

 遥は貫かれた胸元に触れながら、麒華をこのまま置き去りにはできないと考え直す。寝顔は安らかだが、その身に変化がないのかどうかはわからない。正気を取り戻しているのなら、目覚めを待って事情を聞くこともできる。 

 状況を整理しながらも、遥は暗い思いに占められていくのをどうしようもなかった。 
 麒華の目覚めを期待しながら、それを恐れてしまう。 
 朱里あかりの、――朱桜すおうの不在。 

 守護には朱桜が相称の翼として旅立ったことを告げなくてはならない。これまで家族のように過ごした記憶を抱えたまま、黒麒麟は朱桜をどのように思うのだろう。 

 主の敵として、これまでに培われた情愛は失われてしまうのだろうか。それは考えるだけで、ひどく遥を落胆させた。 
 遥は重苦しい憶測を払うように、麒華の部屋を後にした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R-18】踊り狂えその身朽ちるまで

あっきコタロウ
恋愛
投稿小説&漫画「そしてふたりでワルツを(http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/630048599/)」のR-18外伝集。 連作のつもりだけどエロだから好きな所だけおつまみしてってください。 ニッチなものが含まれるのでまえがきにてシチュ明記。苦手な回は避けてどうぞ。 IF(7話)は本編からの派生。

魔法使いに育てられた少女、男装して第一皇子専属魔法使いとなる。

山法師
ファンタジー
 ウェスカンタナ大陸にある大国の一つ、グロサルト皇国。その国の東の国境の山に、アルニカという少女が住んでいた。ベンディゲイドブランという老人と二人で暮らしていたアルニカのもとに、突然、この国の第一皇子、フィリベルト・グロサルトがやって来る。  彼は、こう言った。 「ベンディゲイドブラン殿、あなたのお弟子さんに、私の専属魔法使いになっていただきたいのですが」

【完結】悪気がないかどうか、それを決めるのは私です

楽歩
恋愛
「新人ですもの、ポーションづくりは数をこなさなきゃ」「これくらいできなきゃ薬師とは言えないぞ」あれ?自分以外のポーションのノルマ、夜の当直、書類整理、薬草管理、納品書の作成、次々と仕事を回してくる先輩方…。た、大変だわ。全然終わらない。 さらに、共同研究?とにかくやらなくちゃ!あともう少しで採用されて1年になるもの。なのに…室長、首ってどういうことですか!? 人見知りが激しく外に出ることもあまりなかったが、大好きな薬学のために自分を奮い起こして、薬師となった。高価な薬剤、効用の研究、ポーションづくり毎日が楽しかった…はずなのに… ※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))中編くらいです。

旦那様に勝手にがっかりされて隣国に追放された結果、なぜか死ぬほど溺愛されています

新野乃花(大舟)
恋愛
17歳の少女カレンは、6つほど年上であるグレムリー伯爵から婚約関係を持ち掛けられ、関係を結んでいた。しかしカレンは貴族でなく平民の生まれであったため、彼女の事を見る周囲の目は冷たく、そんな時間が繰り返されるうちに伯爵自身も彼女に冷たく当たり始める。そしてある日、ついに伯爵はカレンに対して婚約破棄を告げてしまう。カレンは屋敷からの追放を命じられ、さらにそのまま隣国へと送られることとなり、しかし伯爵に逆らうこともできず、言われた通りその姿を消すことしかできなかった…。しかし、彼女の生まれにはある秘密があり、向かった先の隣国でこの上ないほどの溺愛を受けることとなるのだった。後からその事に気づいた伯爵であったものの、もはやその時にはすべてが手遅れであり、後悔してもしきれない思いを感じさせられることとなるのであった…。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます

しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。 子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。 しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。 そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。 見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。 でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。 リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

日乃本 義(ひのもと ただし)に手を出すな ―第二皇子の婚約者選定会―

ういの
BL
日乃本帝国。日本によく似たこの国には爵位制度があり、同性婚が認められている。 ある日、片田舎の男爵華族・柊(ひいらぎ)家は、一通の手紙が原因で揉めに揉めていた。 それは、間もなく成人を迎える第二皇子・日乃本 義(ひのもと ただし)の、婚約者選定に係る招待状だった。 参加資格は十五歳から十九歳までの健康な子女、一名。 日乃本家で最も才貌両全と名高い第二皇子からのプラチナチケットを前に、十七歳の長女・木綿子(ゆうこ)は哀しみに暮れていた。木綿子には、幼い頃から恋い慕う、平民の想い人が居た。 「子女の『子』は、息子って意味だろ。ならば、俺が行っても問題ないよな?」 常識的に考えて、木綿子に宛てられたその招待状を片手に声を挙げたのは、彼女の心情を慮った十九歳の次男・柾彦(まさひこ)だった。 現代日本風ローファンタジーです。 ※9/17 少し改題&完結致しました。 当初の予定通り3万字程度で終われました。 ※ 小説初心者です。設定ふわふわですが、細かい事は気にせずお読み頂けるとうれしいです。 ※続きの構想はありますが、漫画の読み切りみたいな感じで短めに終わる予定です。 ※ハート、お気に入り登録ありがとうございます。誤字脱字、感想等ございましたらぜひコメント頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。

さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~

遠雷
恋愛
「フローラ、すまない……。エミリーは戦地でずっと俺を支えてくれたんだ。俺はそんな彼女を愛してしまった......」 戦地から戻り、聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。エリオットの傍らには、可憐な容姿の女性が立っている。 周囲の者達も一様に、エリオットと共に数多の死地を抜け聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを称え、安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラを庇う者はごく僅かだった。 「……わかりました、旦那様」 反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。 その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。

処理中です...