105 / 233
第三話 失われた真実
第九章:4 新たな訪問者
しおりを挟む
休学中の彼方=グリーンゲートが、慣れた手つきで冷蔵庫を開いた。庫内は豊富な食料品や飲料水で保たれている。住まいとして用意された部屋は、全てにおいて東吾の管理が行き届いているようだ。思いがけない事件によって著しく消耗した体力も、一夜で取り戻すことが出来た。
彼方は麦茶を取り出してグラスに注ぐと、室内の人影へ差し出す。座卓についていた白川奏は礼を述べて、差し出された物を手に取った。
異界からの訪問者である二人は、隣同士に居室を用意され、何不自由なく過ごしている。全てが天宮の配慮や思惑の上に成り立っているのかどうか、彼方には知る術がない。確かに言えることは、奏が隣人であれば行き来が容易く、ひたすら心強いと云うことだけだった。
二人は彼方の部屋で、今後の成り行きについて相談していた。
「偶然の機会を待っていても、時間の無駄でしょう。こちらから出向くしかありません。幸い、闇呪――いえ、こちらでは黒沢教諭と言った方が相応しいですね、彼の所在は明らかなのですから」
「うん。この状況だと、僕もそう思う」
奏の提案に、彼方は素直に賛成した。先日の事件に対する辻褄を合わせるため、彼方は登校を禁じられている。副担任である黒沢遥に、一生徒として顔を見せることも出来ない。奏と遥を偶然引き合わせることなど、どう考えても不可能だった。
今となっては、遥の気性が非道でも非情でもないという確信を持っている。こちらから出向くことに、それほどの危機感を持たなくなっていた。
「でも、それで彼が何かを明かしてくれるとは思えないけど」
彼方が問題を指摘すると、奏は小さく笑う。
「何もしないでいるよりは有益だと思います。顔色を眺めているだけで、判ることもあるでしょうし。それに、彼方の話を聞く限り、天宮のお嬢さんは利用できそうです」
「利用って、委員長を?」
「ええ。こちらの者を巻き込むことは心苦しいですが。そのお嬢さんは黒沢教諭と関わりを持っている可能性が高い」
「――うん」
彼方は頷いて見たが、朱里を利用するという手段には快諾できないものを感じてしまう。彼女は生真面目で素直な女生徒だ。たしかに立場や環境には一目置かなければならないが、それは天宮の縁者であるからだろう。他には不審な面を感じない。彼方の目には、ただ健気でその一生懸命さがいじらしく思えるほどだ。単に何の思惑もなく、親友を救ってくれた副担任に想いを寄せただけなのかもしれない。
奏は彼方の胸中を感じ取ったのか、悪意の感じられない声で続けた。
「彼女に危害を加えたり、騙したりするわけではありません。黒沢教諭が過保護に護っているのなら、なおさらです。私は彼に敵視されることは避けたいですし。彼方が憂慮するのであれば、その辺りのことは私に任せてください」
奏が強引なことをするとは思えない。彼方は深く頷いて、「任せる」という意思表示をした。奏は穏やかに微笑むと、室内の時計に目を向けて時刻を確かめる。
「彼方も体力を取り戻したようですし、本日の夕刻に天宮家を訪ねてみましょう」
「え? 今日?」
彼方が仰天すると、奏は何でもないことのように「はい」と笑う。時刻は既に三時を回っており、学院の高等部はもうすぐ最後の授業を終える筈だ。夕刻まではそれほど猶予がない。彼方は慌てたが、これ以上迷っていても仕方がないと思い直す。心の準備をしなければと、気を引き締めた。
その直後、室内に訪問者を教えるインターホンの音が鳴り響いた。この部屋を訪れてくるのは、東吾しか考えられない。食料の補充でもしに来たのかと、彼方は来訪者を映す小さな画面を見た。
「あれ?」
映像は予想を裏切らずに東吾を映している。けれど、その傍らにもう一人誰かが立っていた。彼方はじっくりと目を凝らし、瞬きを繰り返す。
「え?――まさか」
信じられないものを見つけて、知らずに小さく声を漏らした。彼方の様子に異変を感じたのか、奏も同じように画面を見つめる。
「――玉花?」
彼方は奏の呟きで、それが錯覚ではないことを確かめた。はっと我に返り、事実を受け止めると途端に気持ちが逸る。居ても立ってもいられない。「雪っ」と叫ぶと、彼方は慌てて現れた彼女の元へ向かった。
彼方は麦茶を取り出してグラスに注ぐと、室内の人影へ差し出す。座卓についていた白川奏は礼を述べて、差し出された物を手に取った。
異界からの訪問者である二人は、隣同士に居室を用意され、何不自由なく過ごしている。全てが天宮の配慮や思惑の上に成り立っているのかどうか、彼方には知る術がない。確かに言えることは、奏が隣人であれば行き来が容易く、ひたすら心強いと云うことだけだった。
二人は彼方の部屋で、今後の成り行きについて相談していた。
「偶然の機会を待っていても、時間の無駄でしょう。こちらから出向くしかありません。幸い、闇呪――いえ、こちらでは黒沢教諭と言った方が相応しいですね、彼の所在は明らかなのですから」
「うん。この状況だと、僕もそう思う」
奏の提案に、彼方は素直に賛成した。先日の事件に対する辻褄を合わせるため、彼方は登校を禁じられている。副担任である黒沢遥に、一生徒として顔を見せることも出来ない。奏と遥を偶然引き合わせることなど、どう考えても不可能だった。
今となっては、遥の気性が非道でも非情でもないという確信を持っている。こちらから出向くことに、それほどの危機感を持たなくなっていた。
「でも、それで彼が何かを明かしてくれるとは思えないけど」
彼方が問題を指摘すると、奏は小さく笑う。
「何もしないでいるよりは有益だと思います。顔色を眺めているだけで、判ることもあるでしょうし。それに、彼方の話を聞く限り、天宮のお嬢さんは利用できそうです」
「利用って、委員長を?」
「ええ。こちらの者を巻き込むことは心苦しいですが。そのお嬢さんは黒沢教諭と関わりを持っている可能性が高い」
「――うん」
彼方は頷いて見たが、朱里を利用するという手段には快諾できないものを感じてしまう。彼女は生真面目で素直な女生徒だ。たしかに立場や環境には一目置かなければならないが、それは天宮の縁者であるからだろう。他には不審な面を感じない。彼方の目には、ただ健気でその一生懸命さがいじらしく思えるほどだ。単に何の思惑もなく、親友を救ってくれた副担任に想いを寄せただけなのかもしれない。
奏は彼方の胸中を感じ取ったのか、悪意の感じられない声で続けた。
「彼女に危害を加えたり、騙したりするわけではありません。黒沢教諭が過保護に護っているのなら、なおさらです。私は彼に敵視されることは避けたいですし。彼方が憂慮するのであれば、その辺りのことは私に任せてください」
奏が強引なことをするとは思えない。彼方は深く頷いて、「任せる」という意思表示をした。奏は穏やかに微笑むと、室内の時計に目を向けて時刻を確かめる。
「彼方も体力を取り戻したようですし、本日の夕刻に天宮家を訪ねてみましょう」
「え? 今日?」
彼方が仰天すると、奏は何でもないことのように「はい」と笑う。時刻は既に三時を回っており、学院の高等部はもうすぐ最後の授業を終える筈だ。夕刻まではそれほど猶予がない。彼方は慌てたが、これ以上迷っていても仕方がないと思い直す。心の準備をしなければと、気を引き締めた。
その直後、室内に訪問者を教えるインターホンの音が鳴り響いた。この部屋を訪れてくるのは、東吾しか考えられない。食料の補充でもしに来たのかと、彼方は来訪者を映す小さな画面を見た。
「あれ?」
映像は予想を裏切らずに東吾を映している。けれど、その傍らにもう一人誰かが立っていた。彼方はじっくりと目を凝らし、瞬きを繰り返す。
「え?――まさか」
信じられないものを見つけて、知らずに小さく声を漏らした。彼方の様子に異変を感じたのか、奏も同じように画面を見つめる。
「――玉花?」
彼方は奏の呟きで、それが錯覚ではないことを確かめた。はっと我に返り、事実を受け止めると途端に気持ちが逸る。居ても立ってもいられない。「雪っ」と叫ぶと、彼方は慌てて現れた彼女の元へ向かった。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
王太子殿下の執着が怖いので、とりあえず寝ます。【完結】
霙アルカ。
恋愛
王太子殿下がところ構わず愛を囁いてくるので困ってます。
辞めてと言っても辞めてくれないので、とりあえず寝ます。
王太子アスランは愛しいルディリアナに執着し、彼女を部屋に閉じ込めるが、アスランには他の女がいて、ルディリアナの心は壊れていく。
8月4日
完結しました。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います
結城芙由奈
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので
結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる