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第十四章 アラディアと聖なる光(アウル)
5:聖女の心臓
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「う……、うく」
号泣するのを堪えながら歩いていたが、向こう側に道の果てが見え始めると、ミアは声をあげて泣いた。これ以上は進みたくない。立ち止まりたい。そして、振り返って走り出したい。
シルファの傍に帰りたい。
(もっと一緒にいたかった)
ミアは耐え切れず、子どものようにその場に突っ伏してわんわん泣いた。
映画のように感動的な別れ方ができないのは仕方がない。それが現実なのだろう。けれど、やはり全てが解決して、良かったねと笑いあってから立ち去りたかった。
(――みんなも、泣いてた)
セラフィも、ベルゼも。
「――……」
(ベルゼも?)
得体の知れない不安がよぎる。何かがおかしいという違和感。
あれは、自分との別れを惜しむ涙だったのだろうか。
セラフィだけなら素直にそう思えるが、ベルゼが自分のために泣いてくれたりするだろうか。
ミアはひくひくとしゃくりあげながら、顔を上げた。
(あのベルゼが泣くなんて――)
嫌な予感がする。芽生えた不安が一気に胸を占めた。
(ベルゼは、誰のために泣いていたの?)
考えをまとめるまでもなく、ミアは来た道を戻るように走り始めた。
(まさか――)
長く歩いた気がしていたが、戻るための道の果てはすぐに見えた。小さな穴から除くように、向こう側の景色が見え始める。やがてそれは大きくなって、ミアに一つの光景を突きつけた。
横わたる人影の周りに、撒き散らされたかのように広がる赤。
夥しい血に濡れて、シルファが倒れている。胸が潰れてしまいそうな不安が弾ける。
「シルファ!」
ミアは勢いのまま、輝く道から飛び出す。血で汚れるのも構わずシルファの傍に駆け寄った。胸元に避けたような傷口が広がっている。
「う、嘘」
「ミ、ミア!?」
セラフィの声に振り返って、ミアは涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま叫んだ。
「いったい、どういうこと?」
「ど、どうして」
セラフィが濡れた瞳で仰天しているが、完全に取り乱しているミアには気遣うような余裕がない。
「シルファは大丈夫じゃなかったの? 大魔女にやられちゃったの?」
泣きながら叫んで、ようやくシルファの傍らにアラディアが倒れていることに気付く。周りを見ると、翠光子は青い炎で焼かれ、翠の光が失われていた。
さっきと比べ物にならないくらい辺りは暗い。輝きを失い、まるで送り火のように所々で青い炎が揺れている。
シルファの赤く輝く心臓が、どこにも見つけられない。
「シルファ、シルファってば!」
ミアは彼の身体に取りすがって何度も呼びかける。
「……ミア、無駄です」
落ち着いたベルゼの声がミアの叫びを遮った。ミアがくわっと食って掛かる。
「何が無駄なの?」
「シルファ様は崇高な一族の終焉を望んでいました。これは、この方が望んだ結末です」
「はぁ!? そんなの聞いてない! シルファがいなくなるなんて聞いてない! 大丈夫だって言ったのに、約束が違う!」
「――ミア」
「何か方法はないの? シルファの力が残っていたりとか」
まだ彼の身体が温かい。ミアは投げ出されたシルファの手をぎゅうっと握りしめる。
「死んじゃうなんて聞いてない。こんなことになるなら、帰りたくないって言えば良かった! もっとワガママを言えば良かった!」
ミアは泣きながら、シルファの顔に触れる。
「う、嘘つき。……大丈夫って、言ったくせに……」
だんだんと温もりが失われていく。ミアはひやりとした唇に触れて、聖女の恩恵を思い出す。自分の血肉や心臓には力があるはずだった。
(もしかして、わたしの、――心臓なら)
ミアは聖なる光の話を思い出す。自分にはきっと覚悟が足りないだろう。
けれど、彼に死んでほしくない。シルファが与えてくれた元の世界に戻る機会も、自分でぶち壊してしまったのだ。
シルファのいないこの世界で生きるくらいなら、どんな形であってもシルファの傍にいたい。
彼を失う絶望よりも、心臓を抉り出す痛みの方が耐えられる気がした。
具体的にどうすれば良いのかわからないまま、ミアは着ているブラウスの前を開いた。ぼんやりと胸の辺りが発光しているように見える。
ああと思った。聖女として為すべきことは示されている。
ミアが光を意識すると、輝きが増した。すぐに辺りに影を落とす程の眩い発光になる。
不思議な光景だった。まるで自分の体が透けて失われてしまったように、白く輝く光だけが見える。自分の鼓動に合わせて光が緩く明滅する。まるで呼吸をしているようだった。
ミアは迷わず胸の中にある光に手を伸ばす。痛みはない。
それは温かく脈打っていた。
(――これで、シルファを助けられるかな)
ゆっくりと胸の奥から光の塊を取り出す。
「シルファ、死なないで」
夥しい血に濡れた、裂けた胸元にそっと光をあてがう。光は迷わず彼の胸に沈んでいく。ミアは光を呑み込んだ彼の胸に頬を寄せた。
「わたしは、シルファと一緒にいたいよ」
目の前が光に満たされるように、白く染まった。
何も見えないけれど、恐ろしくはない。
心地よい温もりに触れている。
緩やかな鼓動を感じていた。
ゆっくりと眠りに落ちるように、ミアは眼を閉じた。
号泣するのを堪えながら歩いていたが、向こう側に道の果てが見え始めると、ミアは声をあげて泣いた。これ以上は進みたくない。立ち止まりたい。そして、振り返って走り出したい。
シルファの傍に帰りたい。
(もっと一緒にいたかった)
ミアは耐え切れず、子どものようにその場に突っ伏してわんわん泣いた。
映画のように感動的な別れ方ができないのは仕方がない。それが現実なのだろう。けれど、やはり全てが解決して、良かったねと笑いあってから立ち去りたかった。
(――みんなも、泣いてた)
セラフィも、ベルゼも。
「――……」
(ベルゼも?)
得体の知れない不安がよぎる。何かがおかしいという違和感。
あれは、自分との別れを惜しむ涙だったのだろうか。
セラフィだけなら素直にそう思えるが、ベルゼが自分のために泣いてくれたりするだろうか。
ミアはひくひくとしゃくりあげながら、顔を上げた。
(あのベルゼが泣くなんて――)
嫌な予感がする。芽生えた不安が一気に胸を占めた。
(ベルゼは、誰のために泣いていたの?)
考えをまとめるまでもなく、ミアは来た道を戻るように走り始めた。
(まさか――)
長く歩いた気がしていたが、戻るための道の果てはすぐに見えた。小さな穴から除くように、向こう側の景色が見え始める。やがてそれは大きくなって、ミアに一つの光景を突きつけた。
横わたる人影の周りに、撒き散らされたかのように広がる赤。
夥しい血に濡れて、シルファが倒れている。胸が潰れてしまいそうな不安が弾ける。
「シルファ!」
ミアは勢いのまま、輝く道から飛び出す。血で汚れるのも構わずシルファの傍に駆け寄った。胸元に避けたような傷口が広がっている。
「う、嘘」
「ミ、ミア!?」
セラフィの声に振り返って、ミアは涙でぐちゃぐちゃになった顔のまま叫んだ。
「いったい、どういうこと?」
「ど、どうして」
セラフィが濡れた瞳で仰天しているが、完全に取り乱しているミアには気遣うような余裕がない。
「シルファは大丈夫じゃなかったの? 大魔女にやられちゃったの?」
泣きながら叫んで、ようやくシルファの傍らにアラディアが倒れていることに気付く。周りを見ると、翠光子は青い炎で焼かれ、翠の光が失われていた。
さっきと比べ物にならないくらい辺りは暗い。輝きを失い、まるで送り火のように所々で青い炎が揺れている。
シルファの赤く輝く心臓が、どこにも見つけられない。
「シルファ、シルファってば!」
ミアは彼の身体に取りすがって何度も呼びかける。
「……ミア、無駄です」
落ち着いたベルゼの声がミアの叫びを遮った。ミアがくわっと食って掛かる。
「何が無駄なの?」
「シルファ様は崇高な一族の終焉を望んでいました。これは、この方が望んだ結末です」
「はぁ!? そんなの聞いてない! シルファがいなくなるなんて聞いてない! 大丈夫だって言ったのに、約束が違う!」
「――ミア」
「何か方法はないの? シルファの力が残っていたりとか」
まだ彼の身体が温かい。ミアは投げ出されたシルファの手をぎゅうっと握りしめる。
「死んじゃうなんて聞いてない。こんなことになるなら、帰りたくないって言えば良かった! もっとワガママを言えば良かった!」
ミアは泣きながら、シルファの顔に触れる。
「う、嘘つき。……大丈夫って、言ったくせに……」
だんだんと温もりが失われていく。ミアはひやりとした唇に触れて、聖女の恩恵を思い出す。自分の血肉や心臓には力があるはずだった。
(もしかして、わたしの、――心臓なら)
ミアは聖なる光の話を思い出す。自分にはきっと覚悟が足りないだろう。
けれど、彼に死んでほしくない。シルファが与えてくれた元の世界に戻る機会も、自分でぶち壊してしまったのだ。
シルファのいないこの世界で生きるくらいなら、どんな形であってもシルファの傍にいたい。
彼を失う絶望よりも、心臓を抉り出す痛みの方が耐えられる気がした。
具体的にどうすれば良いのかわからないまま、ミアは着ているブラウスの前を開いた。ぼんやりと胸の辺りが発光しているように見える。
ああと思った。聖女として為すべきことは示されている。
ミアが光を意識すると、輝きが増した。すぐに辺りに影を落とす程の眩い発光になる。
不思議な光景だった。まるで自分の体が透けて失われてしまったように、白く輝く光だけが見える。自分の鼓動に合わせて光が緩く明滅する。まるで呼吸をしているようだった。
ミアは迷わず胸の中にある光に手を伸ばす。痛みはない。
それは温かく脈打っていた。
(――これで、シルファを助けられるかな)
ゆっくりと胸の奥から光の塊を取り出す。
「シルファ、死なないで」
夥しい血に濡れた、裂けた胸元にそっと光をあてがう。光は迷わず彼の胸に沈んでいく。ミアは光を呑み込んだ彼の胸に頬を寄せた。
「わたしは、シルファと一緒にいたいよ」
目の前が光に満たされるように、白く染まった。
何も見えないけれど、恐ろしくはない。
心地よい温もりに触れている。
緩やかな鼓動を感じていた。
ゆっくりと眠りに落ちるように、ミアは眼を閉じた。
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